ブスという言葉が死に向かいつつあるね

なんかのきっかけで昨年のお笑い芸人の好感度ランキングの一位がサンドウィッチマンだったということを知って、これほど素晴らしいことはないと思って触れ回っていた。そして彼らの好きなところを語る過程で「"ブス"みたいな言葉を使わない」という話になった。その後、別の芸人について「こいつらは優しそうな顔をして”ブス”で笑いを取るから嫌い、干されたらいいのに」と、別にそこまで思ってはいない悪口を言い始めたら本当にこの人たちのこと嫌いだなという気持ちになり始めて危ないと思ったので途中でやめた。

それで、後になってお笑い芸人がそれぞれ「ブス」という言葉を使うか使わないかという軸で考えたときに、見ていて「あ、好きな人が出てきた」と思う、好き中の好きな人と、面白いことを言ったら笑うけど積極的には見に行かない、中の上止まりの人を考えたときに、明確にこのあたりに差があることに気付いた。


誰かがブスという言葉を言い切ったあとの、陰惨な感じというか、向こう50年草も生えないといった殺伐とした感情は何なんだろうと思う。同じ見た目を貶める言葉でも、不細工という言い方だと、なんだか他のところに責任があるというか、神が悪いとか、メイクが悪いとか、変な表情をしているという状況に感じられる部分があるのだけれど(だからといって聞きたい言葉ではないが)、ブスと言われると、生まれつきのその人の性質で、なのにその人に責任があって、そのことを攻撃されているような、救いようのない差別意識みたいなのを感じて、落ち込んでしまう。


最近ではこういう見た目を貶める言葉にまつわっていくつか印象的な出来事があった。

相席スタート・山崎ケイの著書「ちょうどいいブスのススメ」を基にしたドラマが炎上して、気付いたら「人生が楽しくなる幸せの法則」というよくわからん洋画に配給会社が適当につけたタイトルみたいになっていた。原型がなさすぎて笑ってしまう。ブスという言葉の使用に関してだいたいの加害者は男性だと思うけれど、女性がそうなることもままある。「ブス」という言葉が使用されたときの「お、ワシのことか」と耳がピクッとなる感じを利用して、売れてほしい本のタイトルに混ぜ込むとか、そういうことはけっこう昔から行われていると思う。悪意はないにしろ。

年末のM-1グランプリでギャロップが自身の頭髪が非常に少ないことを利用したネタを披露したところ立川志らくに「ハゲ方が面白くない」という散々な言い方をされて物議を醸したということもあった。僕はこの言い方に関して、テレビ的に身も蓋もない言い方をしてひと笑いを取るという都合があって本心ではないにせよ、「もはや見た目を笑う、という文化が無理になってきているので諦めてください」というのを圧縮して言ったのではないかと思っている。

最近ではTwitterを眺めていたらCHAIのインタビューが流れてきて、ブスなどという言葉この世から消えてよしと言っている。こういう力強い人を見ると何だかありがとうございますという気持ちになって泣きそうになる。芸能とか表現まわりでこういうことを言うと必ず言葉狩りだとかいう人が出てくるけど、ブスとかいう言葉で発生している笑いなんてどうせ調子に乗った大学生に毛が生えたレベルなんだから消えていいと思う。



芸能界という遅れがちな世界のくくりで考えたとき明らかにこういう流れより早かったのは2015年だから4年近く前のアジアン隅田の休養騒動だと思う。彼女は「ブスと言われるせいで婚期を逃している」と主張してテレビから数年の間姿を消した。このことに関しては当初「ブスと言われるのが嫌で」というというふうに説明されていたが、後になって本人が「ブスと言われること自体が嫌なんじゃなくて、それが婚活の邪魔になることが困るだけ」と言っていて、情報の出所が食い違っているのか本人が発言の主旨を変えているのかは分からない。

でも、個人的に言わせてもらうと、「ブスと言われる」ことが嫌じゃないわけないだろ、と思う。そんなこと分かり切ってるし、本人に言わせるなよ、と思う。周りが分からないとダメだろ。

コンプレックスというものの性質について触れておくと、「恥ずかしいと思っていることがばれること自体が恥ずかしい」というところを忘れてはいけない。コンプレックスとはある性質を持っているということではなく、その性質を持つ自分を受け入れられないということだ。少し前に、「人間は見た目じゃないよ」みたいなところで止まっているちゃちな玩具みたいな道徳がいっせいに普及した時期があって、それはいま「自分の見た目を気にするのもルッキズムの延長だからブスとかチビとか言われても受け入れる器がないと人間として成熟していると言えないよ」みたいな強迫観念になって皆の心底に居座っている。見た目をバカにされたら怒っていいです。

たとえば、太っていることをコンプレックスに思っている女性が「今日無人のエレベーターに乗ったらブザーが鳴ったんです!」みたいに自分で冗談にして日常的に予防線を張っているということは十分にあり得る。というかよくある。その場合は「恥ずかしいと思っていることを悟られたくない」から言っているわけで、そのことを周りに一緒に面白がってほしいわけではない。

だから、相手が親しい人でも、見た目がどうのこうのとかいうことに関しては、褒める以外では基本的に言わない方がよい。まれに、私はあなたのことが好きだからあなたの欠点も受け入れているんですよ、という善意のスタンスでそういうことを積極的に言ってくる人がいるが、そんなの化け物としか言いようがない。


僕は「嫌だと思っていることを嫌だと言う」という行動に関しては手放しで称賛したくなるタイプだから、彼女のしたことに関してはいずれにしろ偉大な行為だったと思っている。あと彼女は「自分はブスじゃない」と反論しているところも好きだ。そんなこと絶対に認めなくていい。だけれど、当時の空気からいって、休養のニュースに関して「?」という感じがあったのは拭えない。というのも、あの世界には、「どんなことも冗談にできる、笑いに変えられるのが芸人としての器」という大前提があって、その器を信頼してひどいことを言ってもらえる、というのもある意味では当人にとって利益であったり、信頼の一種であったりするのだ。

だが、どうだろう。たしかに彼女はお笑い芸人で、その場に笑いを発生させる職業としての門戸を叩いてあの世界に入ったわけだ。しかし、「私の外見をけなしてください」と自分で言ってやってきたわけではない。それが、蓋を開けてみると「人間同士が互いの尊厳を守って会話する」という前提がぶっ壊れた世界で、外見をいじられて「嫌だ」と言ったら、シャレのわからない奴、器の小さい奴、ということになって、つまらない烙印を押されてしまうのである。そういう空気が完全に出来上がっている。この「嫌だ」ということがノリの悪い奴、ということになる孤立感は体験してみた人間にしか分からないと思う。両者の間には明らかに立場と経験差の隔たりがあって、ちょっと言葉で言いくるめて考えを改めてもらったりするのは難しいと思う。

見た目がああだとかこうだとかいう言葉について一番厄介なのはそれを信頼している誰かに言われることだと思う。よくわからん、悪意の輩に「お前は顔がひん曲がってるんだよ」と言われても、「うるさいバカ、お前だよ、死ね、バカ」とその場で言って、三日で忘れてしまうかもしれない。しかし、信頼している人、間違っても自分に悪意を向けないであろう人にそれを言われたとき、否定したり反駁することが難しく、飲み込んでしまうしかなくなることがある。そういう精神の外傷ではない、毒のようなダメージは何か月、何年も残り続けるものだ。だから、悪意なく人を傷つけるということには、誰かに言われてからではなくて自分で気をつけなければ手遅れになる。



そういえばサンドウィッチマンが好きだという話をしていたんだった。芸人の面白さということに関連していうと、見た目のよろしくない人がいてその人にブスと言う、ということは、無人のゴールの前にボールが置いてあって、それを蹴り入れるようなことだと思う。誰にでもできるし全然凄くない。おもんなゴールだ。でも一応、そういうゴールもゴールなので、それでやっていく人というのもこれまたいるだろう。

では、と考えたときに、そういう確実に決められるおもんなボールを蹴らないで、他よりゴールを決めてきているサンドウィッチマンはやっぱり最高だなということになる。いてくれてありがとうという気持ちになる。いや、本当に足の前にボールがあって蹴っちゃたことは絶対にゼロではないと思うけど。

僕はここで「ブスという言葉を使うな」と言っているわけではない。使わない人が好きなだけだし、言わなくても少しずつ確実にそういうふうになっていくと思っているからだ。大勢が「そういえばこういうことを言わない人って好きだな」と気付いていくにしたがって発信する側も勝手にそうなっていくと思う。今は、言われなくてもそういうふうにしている人たちと、そうでない人たちがいる。

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小野ほりでい

ライター/イラストレーター小野ほりでいのブログです。

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コメント6件

まあサンドはデブネタ使いまくってるけどねw
ボクには先天性の障害があります。右手指が奇形で、見た人は必ず驚きます。
表情に出さない人も、心に衝撃を食らっているはずです、ボクはとても明るいから。
「サンドイッチマン」の一人は「伊達政宗」さんの血を引いているのだから、
認められることもおっしゃるのでしょう。ゆえに人気があるのでしょう。
血筋は大切ですよ。
確かに身体に関わるコメントで、最近聞いたのは「ヘアスタイル(薄い濃いではなく)」。これは変えることが可能なのでアリ、なのでしょうか。
ずっとモヤモヤしていたことを、言葉にしてくださってありがとうございます。
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