故モーリス・ホワイト(アース・ウインド&ファイア)に寄せて。

 アース・ウインド&ファイアのモーリス・ホワイトが亡くなりました。

アース・ウインド&ファイアーのモーリス・ホワイトさん死去

 ここしばらくパーキンソン病を患っての闘病生活が続いていて、ミュージシャンとしては現役第一線を退いて久しかったけど、偉大なアーティストを失ったことに変わりない。心からご冥福を祈ります。

 bmrのツイートで私も知ったんですが、ドリカムの中村正人が半年ほど前に、こんなことを言ってます。

中村正人×大森靖子「私とドリカム2」

俺、アースのモーリス・ホワイトを大尊敬してて、自分の曲に参加してもらったときにモーリスに告白したのね。「私はあなたの作った音楽をさんざんパクって日本で今売れちゃってます」って。そしたらモーリスが「それでいいんだ」って。(中略)「私もジョン・コルトレーンやFunkadelicやKool & the Gangからいろいろ盗んでる。そこにオリジナリティを足して次の世代に受け渡すのがお前たちの仕事だ」って。それ聞いて俺もうめっちゃうれしくって大泣きして(笑)。(中略)やっと父に許された息子のように、やっと神に許してもらったかのように、ロサンゼルスのスタジオで大泣きしちゃって。

 さすがにモーリス・ホワイトは大衆音楽(大衆芸能)の本質がわかっていると思いました。かってキース・リチャーズも言ってました。「先人から伝統を受け継いで、次の世代に渡して行くのが俺たちの役割なんだ」

 さて、そんなモーリス及びEW&Fの偉大な功績については、私などより詳しい方々にお任せするとして、ここでは私とEW&Fの個人的な関わりを書いてみたいと思います。

 おそらくはほかの多くの人たちもそうであるように、私がEW&Fを知ったのは1975年の『暗黒への挑戦』(That's The Way Of The World)と、そこからシングル・カットされた「Shining Star」でした。

"Shining Star"(1975)
https://www.youtube.com/watch?v=rl-WSmryfSY

 それまでほとんどロックしか知らなかった私にはえらく新鮮でかっこよく聞こえたし、思えばあれがファンクというものに本格的に触れた最初だったわけです。もちろんその前にJBやスライという偉大すぎる先駆がいたわけですが、ぶっちゃけ当時はJBやスライの良さは、いまいち理解できなかった。ウッドストックの映画で見たスライはまだしも、JBのあの漆黒のハードコア・ファンクの激渋でミニマルな魅力をわかるには、70年代のチャラチャラしたロック好き高校生にはまだ早すぎた。そこでファンクや黒人音楽の魅力をわかりやすく教えてくれたのがEW&Fだったわけですね。

こんな曲も当時は新鮮でした。

"Sing a Song"
https://www.youtube.com/watch?v=wXhsb7pdPbI

 70年代後半はロック全般がいまひとつ元気がなかったこともあって、ロック以外の多方面に関心がいっていて、ブルースやオーティス・レディングなどサザン・ソウルのディープな魅力やボブ・マーリーやジミー・クリフなどレゲエとともに、EW&Fの華やかな明るさ、シャープでキレのいいサウンドに、しばらくはまっていた時期がありました。2枚組のライヴ・アルバム『灼熱の狂宴』(Gratitude)(1975)、『魂』(Spirit)(1976)、それから『太陽神』(All 'n' All)(1977)ぐらいまでが私とEW&Fの蜜月期。一般にEW&Fの全盛期も、そのへんだと思います。

"Africano:Power"(1975)
https://www.youtube.com/watch?v=bcs1InJqVGY

"Getaway"(1976)
https://www.youtube.com/watch?v=xN_3nib4r3Y

"Brazilian Rhyme"(1977)*ただしこれはダニー・クリヴィットが2004年にエディットしたヴァージョン。
https://www.youtube.com/watch?v=h2qgfQu3Dho

 ところが私はそこからパンクに出会って180度人生が変わってしまいます。青天の霹靂というか、音楽の聴き方が根底から変わり、ハードで性急でシンプルで荒々しい刺激を求めるようになって、それまで聴いていたロックやポップはすべてガラクタになってしまうという「革命」。ちょうどEW&Fは、ガンガン売れてどんどんポップになっていった時期で、それとともに私の彼らに対する関心も急速に薄れていきます。今でこそ大好きなこの曲も、当時はずいぶん軟弱になってしまったと嘆いたものです。

"September"(1978) *オリジナル・アルバム未収録
https://www.youtube.com/watch?v=Gs069dndIYk

 そして私の大嫌いな、こんなディスコ便乗曲が流行った時点で、私の彼らへの熱は完全に冷めます。今はそんなことないですが、当時のパンク/ロック・ファンにとって「ディスコは敵」でしたから。だから当時爆発的にヒットしていたマイケル・ジャクソンの『Off The Wall』も、まったく関心がなく、その魅力を理解するのはずいぶんあとのことです。

"Boogie Wonderland"(1979)
https://www.youtube.com/watch?v=god7hAPv8f0

 その後の私はパンク/ニュー・ウエイヴに一気に傾倒して、そこからオルタナティヴ、ヒップホップ、テクノやワールド・ミュージックと興味が爆発的に広がっていくわけですが、EW&Fの存在は忘れたままでした。私だけでなく、特に80年代以降、日本でもPファンクのような、より濃厚でハードコアなファンク集団が広く知られ評価されるようになり、プリンスやリック・ジェイムスなど新世代のファンク・アーティストが登場し、そして御大JBの再評価などで、EW&Fの軽くて明るくて薄味の音は「ポップ・ファンク」などと馬鹿にされて、シーンの片隅に追いやられてしまうわけです。もちろんアメリカではコンスタントにアルバムは出していたけど、セールスは低迷。そうするうち、リーダーであるモーリス・ホワイトは病で倒れ、表舞台から消えてしまう。

 そしてすっかり忘れたころ、私にEW&Fの魅力を再認識させてくれたのが、NYのDJ、フランソワ・K(フランソワ・ケヴォーキアン)のミックスCD『essencial mix』(2000)でした。

 タワー・オブ・パワー、ジェイムス・ブラウン、ジョージ・ベンソンと続く心地よい流れを断ち切るように鳴り響くこの曲のイントロを聴いた時の衝撃は一生忘れられません。

"In The Stone"(1979)
https://www.youtube.com/watch?v=6Z2xClustQo

 もちろんこの曲はリアルタイムで聴いてましたし、レコードも持ってましたけど、当時はやたら大げさなイントロと、ゴージャスと言えば聞こえはいいが厚ぼったいストリングスの音が、かってのEW&Fのシャープでスパルタンな魅力を損なっているようで、全然いいと思えなかった。それから20年以上、すっかりその存在すら忘れていた曲が、フランソワ・Kの魔術的なミックスで突如蘇った。こんなにかっこいい曲だったのか!と目からウロコが100枚ぐらい落ちまくり。自宅で聴きながら「うわー!!」と思わず声が出たことを今でも覚えてます。たぶん80年代のパラダイス・ガラージやセイントみたいな、ハウスを生んだ当時のNYの先鋭的なゲイ・ディスコではこの曲がかかりまくっていたはずで、日本にいた視野の狭いロック・ファンの私がその真価をようやく理解するのにたっぷり20年はかかったというわけです。

 そんなわけでEW&Fの魅力に再び気づかされた私は、やっと彼らの音楽にフラットに向き合うことができました。あの時フランソワ・Kのミックスを聴いていなかったら、彼らの音楽をちゃんと評価する機会は訪れなかったかもしれない。ほかにもいろんなダンス・ミュージックの魅力を教えてくれたフランソワには感謝です。でもその時すでにモーリス・ホワイトは病魔に冒されていたんですね。

 でも当然ながら、彼がいなくなってもその音楽は残る。彼らの全盛期のCDはいつでも手に入りますし、Apple Music等でも聴けますから、かってファンだった人も、未体験の人も、ぜひこの機会に彼と彼のバンドの音楽を聴いてみてほしい。きっと幸せな気持ちになりますよ。残念ながらフランソワ・Kのミックス・アルバムは廃盤だと思いますけど。

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小野島 大

コメント1件

はい、自分も悲しいです。
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