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Serphインタビュー「生きている実感を、音楽ヤバイ!という感覚をぶちこみたい」

 今や日本を代表する……と言っても過言ではない電子音楽家Serphの活動が活発だ。長年所属したレーベルnobleからの独立を表明したのが今年1月。それから別名義のAqira Klosaw、Reliqも含め、毎月1~2作のペースでなんらかの音源をリリースするという多作ぶりだ。しかもオリジナル・フル・アルバムも2枚含まれている。(太字はオリジナル・フル・アルバム)

2023/1/12 nobleから独立を表明
2023/2/1 Aqira Klosaw 『Shampoo Flips EP』(EP)
2023/3/23 Egoist / All Alone With You (Serph Remix)
2023/3/24 Serph - Sohn Jamal 「Simhuman Fortitude」(sprit album)
2023/5/24 Aqira Klosaw / Sensient (album)
2023/5/31 Aqira Klosaw / Akasha Summer Mix (DJ-Mix)
2023/6/5 Serph / Wedding Song (単曲)
2023/6/17 Aqira Klosaw / Tahmlah Mix (DJ-Mix)
2023/6/30 Aqira Klosaw / Sound Boya (単曲)
2023/7/7 Serph / Snow Fox (単曲)
2023/7/7 Reliq / Beagle Dancehall (単曲)
2023/7/27 Aqira Klosaw / Norimaki Mix (DJ-Mix)
2023/8/10 Aqira Klosaw / Ninja Mix (DJ-Mix)
2023/8/13 Aqira Klosaw /Shashkina Tape (DJ-Mix)
2023/8/20 Aqira Klosaw / Maze Walker Mix (DJ-Mix)
2023/9/1 Serph / Apsaras (album)
2023/9/9 Aqira Klosaw / Stein Alive Mix (DJ-Mix)
2023/9/28 Serph / Apricot Blend (DJ-Mix)

 独立し完全なインディペンデントでの活動となって音楽制作以外の作業も増えたはずが、一気に解放されたかのようなこのハイペースのリリースぶり。もちろん2枚のアルバムはいずれも近年の最高傑作と言っていい充実ぶりだ。公私ともに絶好調なSerphことTakumaに話を訊いた。

自分で全てやったほうが人のせいにしなくて済む

──今年の頭にnobleから独立されて、そこからの動きというのがものすごく活発というか急激というか、毎週のように音源を出している状態が続いてますね。

Serph:(笑)そうですね。


──もともと作品の数はかなり多い方だったと思いますけども、ワーカホリックが加速している感じが凄い (笑)。今回は独立してから Serphのアルバム『Asparas』までに至る過程をお聞きしたいと思います。

Serph: nobleから独立して、もともと自分のやりたかったことをやっている感じです。インストゥルメンタルのヒップホップ、ブラック・ミュージックに由来したエレクトロニカみたいなものを作りたくて。それでアキラ・クロサワっていう別名義を始めたんです。

──あ、Aqira Klosawって、アキラ・クロサワなんですか(笑)

Serph:そうです。読み方が難しいですよね(笑)。

──なるほど。その名前の由来はあとでお訊きするとして、我々は当然nobleとSerphは切っても切れない関係とずっと思っていたんですけど、そこから独立した経緯をお聞かせください。

Serph:一番具体的な理由としては、nobleを経営していた人が、音楽から手を引いて新しい仕事を始めるということで…新規リリースはもうしないってことなんで、だったらもう自分一人でやるしかないなという感じで。

──そうだったんですか。では現在はどこにも所属せず、ご自分で全てをやっていらっしゃるということですか?

Serph:そうですね。自分でやった方が人のせいにしないで済むというか…なんでしょうね。納得がいくというか。

──制作も何もかも自分でコントロールできて、責任もすべて自分にある。そういう環境が欲しかった。

Serph:そうですね。

──nobleから離れることが決まったのは去年くらいですか?

Serph:一昨年の年末くらいにはそういう話が出ていました。

──ずいぶん前だったんですね。そこから準備をしていた。

Serph:そうです。流れがあって。

──独立してすぐの今年2月、Aqira KlosawのEPを2月に出されました。そして早くも5月にはファースト・アルバム『Sensient』をリリースしています。改めて、どういうコンセプトで始められたんでしょうか?

Aqira Klosaw /『Shampoo Flips EP』(EP)

Aqira Klosaw / Sensient (album)

自分という人間はSerphだけじゃないんだよ

Serph:もともと音楽を始めたきっかけがディムライト(Dimlite)っていうアーティストだったんですけど。その人は、Prefuse 73とかの流れを汲むような、インストゥルメンタルのサンプリングの混ざった打ち込みのビートものというか。そういうのが自分の目指すべき方向だって思ったんですね。インストゥルメンタルだけどヒップホップ的要素があってサンプリングの面白さみたいなところがある、というのが音楽を始めた時に自分のやりたいことだったんですよ。でも、その後デビューをする時はSerphっていう形になって、もっとポップな方向になった。でも、ずっと燻っていたんですよね。ビートものを作りたいっていうのが。

――なるほど。

Serph:もともと鍵盤も弾けない状態で、ノートパソコンだけ、サンプリングだけで作っていたので、自然とサンプリングベースの音楽が好きになってハマっていたというか。Prefuse 73なんかは、ヒップホップの人たちともコラボしているじゃないですか。そういうオタクっぽい作り込みの電子音でやっていても、生身のリアルな感じで、ヒップホップの人も納得させるようなビートを作れる。そういうのをやってみたいというのがずっとありまして。

──Serphみたいなポップな音楽を始めたのは、どちらかというとレーベルからの要請だったということですか。

Serph:そういうわけでもないんですけど、Aqira Klosaw的な方向に行くにはまだ技術とかセンスが追いつかなかったから。そっちの方向、自分でできる精一杯のこととして、メロディとハーモニーを重視して。あと、速さというか。加速する疾走感みたいなもの。

──それでSerphになったという。

Serph:そうですね。

――Serphが非常に受け入れられて、Takumaさんにとってはある種のシグネイチャーになる状況が訪れました。内心では忸怩たるものがあったということですか?

Serph:そこまで、「忸怩たる」というほどのことでもないですけれど。ただ自分という人間はこれだけじゃないんだよっていう想いは常にありました。Serphの音だけじゃないんだよっていうのはありましたね。

──ReliqはもっとPrefuse 73的な、尖った音にするっていうコンセプトでやっていたんではないですか?


Serph:そうなんですけど、ちょっとダンスよりというか、テクノっぽいとか。タイミング的にまずそういう感じでしたね。

──なるほど。尖った方向性に行きたかったけども技術的に中々追いつかない部分があった。でもやっていくうちにスキルも身についてくるし、やりたい欲というのが高まってきた感じが。

Serph:あとは、再婚して妻から90年代のヒップホップとかいろいろ教えてもらったのがAqira Klosawにすごく関わっていますね。

自分がダメージを食らうような聴き方をしたくない

──再婚!(笑)それはおめでとうございます。いつ頃の話なんですか?


Serph:2年前くらいですね。

──奥様の影響でそういうものをまた聴き始めて。

Serph:ヒップホップと再会したというか。

──そういえば見た目も垢抜けましたよね。奥様の影響ですか?

Serph:(笑)そうですね。

──おお、素晴らしい(笑)。

Serph:あと、ヨガと。

──あぁ。体形にも関係してきますか?

Serph:体重はもう20キロくらい痩せました。

──ですよね。ずいぶん痩せましたよね。じゃあ食生活もだいぶ、健康的になって。

Serph:そうですね、前よりは。

──そういうのって作る音楽に関係してきますか?


Serph:してきますね。エネルギーの強さというか。体調が良くなると。それに応じて音楽も変わってきた。音楽の聴き方としても、こう、自分がダメージを食らうような聴き方をしたくないと思うようになってきたかもしれないですね。

──というと。

Serph:なんというか…、気分が落ち込んだり、攻撃的な気持ちを煽るような音楽はあまり聴かなくなったかもしれないです。

──あぁ…そういえば以前、前はもっと実験的で陰鬱とした音楽を聴いていたけど、ある時期から聴かなくなったみたいなことをおっしゃってましたね。

Serph:陰鬱としたものは、最近は聴いていないですね。

――それはここ2,3年の変化であると。

Serph:そうですね。猫を飼いだしたので。あまりノイズが厳しいのはかけないというか。

──猫ってデカい音が嫌いですよね。

Serph:そうですよね。生き物に優しい音が良いというか。

──(笑)なるほどね。Aqira Klosawのトラックづくりを去年くらいから始めて。けっこう時間がかかったということですか?

Serph:いや、早かったですね。けっこう安産?というか。

──いつも1曲にあまり時間をかけないですよね。性分ですか?

Serph:一つの曲にこだわっていると、最初の直感が見えなくなる。直感が鈍ってきて、感覚がマヒしてくるんです。

──当初自分が何をやりたかったのか、わからなくなってくる。

Serph:そうなんです。

──DTMの作業って終わりがなくてずっとやっている人っていますよね。

Serph:止めどころが難しいですけど、ある程度は自分で決めて深追いをしない。直感的・本能的に「これ、いいじゃん」っていう感覚が薄れないうちに仕上げる。フレッシュな感覚のまま仕上げて作業の時間は短い方が鮮度が保てると思います。そういう意味ですごく動物的なんですよね。

──なるほどね。Aqira Klosawっていうのはどういうところからのネーミングですか?

Serph:アキラっていう言葉、名前自体がもともと好きで。漫画の「AKIRA」も好きだし黒澤明も。アキラっていう響きも好きだし、カリスマ性みたいなものを感じたりもして。で、黒澤明監督は映画監督としてもある種わかりやすい日本の良さを伝えていて、それも共感できるし。それでロシア語風にちょっとスペルを変えたりしました。そういうユーモアもあって。

──海外を意識していることもある?


Serph:意識しています。日本発のエレクトロニカというところで。

──曲想とか、練っていくというよりはパッとすぐに浮かんだものをすぐに音にして、という感じですか?。

Serph:そうですね。短時間で構築して、直感、ひらめきをそのまま積み重ねるというか。

──ひらめきはどういうところから生まれてくるんですか?

Serph:だいたい朝起きて、音をかけ始めると、気分が上がってきて。人の音を聴いている場合じゃないな、自分もやらないとな、みたいな(笑)。気持ちを上げるのもあるし、音の構成からインスピレーションを受けることもあるし。物足りない曲に対しては、自分だったらもっとこうするな、とか。あぁ、だったらもう作っちゃおうみたいな。

──じゃあ朝起きてすぐ始めるんですね。

Serph:そうですね。作り続けていないと体調を崩しちゃうんですよね。やることがないとネガティヴになりがちで。

複数の名義を使い分けることで、振り切った音楽制作ができる

──わかる気がします。ご自分で全部やることによって、何か変わってきたことってありますか?

Serph:誰にも頼らずに出来ているっていうのは自信になっているかもしれないです。

――以前だったらレーベルが代行していた部分を自分でやらないといけないわけですよね。

Serph:プレスリリースを作ったり、音源を送ったり、あとは、Tunecore(世界中の配信サービスへのディストリビューションを代行する会社)との交渉とかですかね。

──そういう音楽制作以外の事務作業みたいなものもこなしつつ、Aqira Klosaw名義でメチャクチャいっぱいDJ MIXを出していますね。ほとんど毎月出されている(笑)。これは何なんですか?

Serph / Aqira Klosawの各種DJミックス音源はSerphの公式Soundcloudで公開中

Serph:(笑)これはなんだろう、数少ないAqira Klosawファンへのサービスというか。

──サービスだけでこんなに?(笑)

Serph:(笑)趣味ですね。完全に。

──ご自分で実際にフロアでDJをされる機会というのはどれくらいあるのでしょうか?

Serph:いや、全然ないです。イベントなんて全然行ってないので。客としても出る方も。

──じゃあもう完全なインドアの趣味。

Serph:インドアですね。ネットを通して共有できれば、という。

──フロアで流すことを前提としていないなら、踊らせるというタスクも別にないし。

Serph:そうですね。ミックスで物語を語りたい、みたいなのがあるんです。日々色んなレコードを聴いて、ミックスしたらどうなるかなぁとかいつも考えています。

──人の曲であろうが、自分の曲であろうが、あまり分け隔てがないという感覚もあるのではないでしょうか。

Serph:あぁ、ありますね。音楽がないと生きていけないくらい好きなので。常に聴いている感じなので。それが自分の曲である必要もないというか。

──そういう音楽漬けの生活が息苦しくなったりしませんか?ちょっと音から離れてみようみたいな。

Serph:あ、そういう時間もたまには作りますけどね。自然の音とかを流して。

──やっぱり音を流しているんですね(笑)。

Serph:そうですね(笑)。

──音のない空間とかではなくて(笑)。

Serph:自然音とか、窓を開けたりとかして。瞑想とか、ヨガは毎日しています。ネガティヴな感情を呼吸と一緒に出すという感じですかね。音楽を聴き過ぎて夢中になってわからなくなってきた時に、ちょっとクールダウンして。インスピレーションという感じじゃないけど、チャージという感じですね。

──なるほどね。Aqira Klosawでアルバムを出されて、その後Serphの新曲やReliqの曲を交互に発表されていますよね。これはどういうふうに切り替えというか名義の使い分けをされるんですか。 

Serph:Reliqの方はSerphファンは聴かないだろうという曲調だったので。これはReliqだなと思って。

2023/7/7 Reliq / Beagle Dancehall

――確かにそうですね。Aqira Klosawにはならないのですか?


Serph:あれはダンスホールレゲエの要素が強すぎて。Aqira Klosawはもっとヒップホップに寄せたいと思っているので。

──なるほど。でも今年始めたばかりの名義だから別に何をやってもいいような気はしますけど(笑)。

Serph:確かにそうですね(笑)。でもファーストとなるべく連続性があるような出し方はしていきたいんです。

──ReliqもSerphもAqira Klosawも、以前やっていたN-qiaもそうですけど、いろんな名義を使い分けられてますよね。一つの名義に統一することは考えませんか。


Serph:(分けることで)極端なことができる。

──あぁ。振り切りたい?

Serph:振り切りたい。Serphは楽しいところに振り切りたい。Aqira Klosawはハードだったりダンスよりだったり。

──そこでミックスしちゃおうというよりは、ハッキリ分けようという。

Serph:そうですね。Aqira Klosawで激しいこと、自分のやりたい放題をやって、発散したらSerphの方でサービス精神を出して。そういう流れはできてきましたね。

枠を突破する瞬間を音楽で記録したい

──実際問題、SerphのファンAqira Klosawのファンってどれくらい被っているんですか?

Serph:ほとんど被っていないですね。

──Serphの中から一部の層にはAqira Klosawの音楽が届いている感じ。

Serph:そうですね。

──でも私からすると、確かにAqira Klosawは実験的で尖ったことをやっているんだけど、でもやっぱりSerphの人がやってるというのは、すごく感じますけどね。

Serph:うん、ですよね。

──それはご自分で何だと思いますか?要するに「自分らしさ」ということだと思うんですけど。

Serph:ほどほどのところで止めないで突っ走る、枠を突破する瞬間を音楽で記録したい、みたいな。ジャンルの枠とか、心の壁だったりとか、自分が普段、抑えているものを突破するエネルギーだったり、そういうものを爆発させるというか。

──抑えているんですか?

Serph:まぁ、抑えているというよりは,自分の元気なエネルギーを発明に還元したいというか。

――発明?

Serph:音楽的な発明ですね。いろんなカルチャーが混ざって新しい音楽が出来ているというのが一つ自分の理想なんですよね。

──なるほど。Serphがサービス精神だとさっきおっしゃったけど、そういう人を喜ばせたという気持ちと、突き抜けたいという気持ちが、常に宿っている。

Serph:そうですね。カタルシスだと思いますね。ロック的なカタルシスというか。こう…聴く前と聴いた後では、だいぶ気持ちの持ち方が違う、みたいなところまで行けたらもう最高です。

──ハードなものであってもエクスペリメンタルなものでもダンサブルなものでもポップなものであっても最終的に同じところを目指している。

Serph:そう、そうですね。

──長年やってらっしゃるから、Serphのファンがどういうものを求めているか、おわかりになりますよね。

Serph:ある程度は。Serphの一番目立つ良さというのはキャッチーというか、キラキラした疾走感のエレクトロニカみたいな感じなので。そこは自分が変わらずに好きでいる部分でもありますし。

──そこはサービスというだけではなくて、ご自分の好きな部分としてあって。それをお客さんと共有したいという。

Serph:そうですね、はい。

──一方で、ポップでキラキラして疾走感がある、ということだけでは満たされない自分というのがやっぱりそこにある。

Serph:そうです。Aqira Klosawでのハードな音の中での実験の成果をSerphのポップな形に昇華させるということはありますね。

──常にフィードバックされる関係性であるということ?

Serph:そうですね。

──そこで、もっとビザールなダンスチューンみたいなものはReliqになっていく、みたいな。

Serph:そうですそうです。Serphの場合はポップでいたい、と思っています。

──ポップの定義って何でしょうか?

Serph:何なんでしょうね…直感で楽しめるというか。予備知識とか経験値にかかわらず気持ち良さ、楽しさがあるのがポップっていうことだと思います。

──例えばご自身の音楽以外で、これはポップだと思うものはどういうものですか?

Serph:あまり普段ポップな音って聴かないんですけど…、そうですね…(メモを見ている)、カーク・フランクリンっていうゴスペルのアーティストがいるんですけど。その人なんかはポップだと思います。ソウルとかR&Bの美味しいコード進行みたいなものをすごくうまくアレンジして、そこにゴスペルのコーラスを持ってくるのがすごいなと。アレンジャーとしてもクオリティが高いというか。隙がないというか。あと、ゴスペル自体の一体感、高揚感はすごく影響を受けています。最近ならドージャ・キャットとかもそうですね。

──なるほどね。それをSerph流に翻訳した形のが、9月1日にリリースされたアルバム『Apsaras』ということになるわけですね。

2023/9/1 Serph / Apsaras (album)

90年代テクノの、いろんなカルチャーの人が混ざって新しいことをそれぞれがやっている感じがすごくカッコよかった

Serph:そうですね。R&Bの影響はけっこう受けています。あと『Apsaras』を作る時はドラムンベースのテンポでどこまで加速できるか、それにR&B的なコードとかメロディを乗せたというのはありますね。

──ドラムンベースのリズムというのは前から使われていましたけど、ご自分にとって、ある種の疾走感を表すのに一番適したリズムである?

Serph:そうですね。ヒップホップとドラムンベースのテンポ感って、シーケンサーだと一緒なんですけど、そのテンポ感って、なんかこう、ヒロイックな感じというか 。

──ヒロイック?

Serph:主人公のためのBPMというか。

──ヒーローものっぽい?

Serph:ヒーロー的なサウンドだなと。スパイダーマンとか。

──あぁ、ああいうのが好きなんですか。

Serph:はい、MARVELは好きです。

──なるほど。ああいうわかりやすさみたいな部分と疾走感と。それである種のエネルギーのようなものを与えたいというか。

Serph:うん、そうですね。

──ご自分自身が音楽からそういうものを求めている?

Serph:そうですね。なんかこう、元気というか、良い気分になりたいというか。自分の自由を託した対象というか。でもAqira Klosawの制作の間は、ダークなものをいっぱい聴いていましたけどね。

──でもご自分の音楽はダークなものにはならない。

Serph:ならないですね。自然とそうなるんだと思いますね。あとは、今のエレクトロニックミュージックの、ダンスミュージックでも、ポップでも、ダークな雰囲気っていうのはかなり多く見られますよね。時代の空気ということなんだろうけど。すごく抑制が効いていてダーク、みたいな。そういうのを聴いていて、「あれ?この時間は何なんだろう?」ってなってしまう自分がいるんですよ。

──違和感を感じるようになったと。アッパーで明るいダンスミュージックだったらEDMとかもそうですけど、そういうのがお好きなわけでもないですよね。

Serph:そうですね。その…思春期というか20代のころに日本のクラブ・ミュージックみたいなものを吸収して育ったので、それをベースに同じことを、自分なりのスピード感、高揚感でやりたい、みたいなものはあります。竹村(延和)さんとかDJ KRUSHとか。その辺の人ですね。

──ハラカミ(レイ・ハラカミ)さんも?

Serph:そうですそうです。

──なるほどね。じゃあそういう人の意思を継いで自分の音楽を作っている。

Serph:「意思を継いで」っていうとおこがましいですけど…、その、その辺の人たちのコンビネーションってすごくて、ドラムンベースだったりアブストラクト・ヒップホップだったり、クラブ・ジャズもいたりハウスもいたり、そういういろんなカルチャーの人が混ざって新しいことをそれぞれがやっている感じがすごくカッコよかったんですよね。

──なるほど。さきほどの「いろんなカルチャーが混ざって新しい音楽が出来ているというのが一つ自分の理想」という話に通じますね。あるシーンが立ち上がる最初期の頃ってそういう感じですね。シーンが確立されてジャンルが細分化される前の姿。

Serph:そうですね。すごく自由な感じがするというか。

──以前もおききしたかもしれませんが、Takumaさんがダンスフロアの方に行かなかったのはどういう理由なんですか?

Serph:あまりクラブに行かないからでしょうね。踊るための音楽というよりは、もうちょっと精神的な、エモーションというか、身体性というよりは心の機微みたいなもの(を求めている)。テクノじゃなくエレクトロニカっていうのがそういう表現にあっているというか。

──よりロマンチック、ドラマチックであって、ようするにDJ向けの道具に徹するような音楽とはちょっと違うと。ご自分のやろうとしていることは。

Serph:そうですね。自分を語りたい、ではないですけど、言葉に出来ない思いとか、自分の頭の中に描かれるビジョンとか。そういうものを表現していきたい。描きたいビジョンが何かといわれたらちょっと具体的にはなかなか難しいことですけど。

──自分が音楽を通じて与えたいものというのは、ある種の高揚感であったり、エモーショナルでドラマチックな感動であったり。それはやっぱりAqira Klosawみたいな実験的な音楽であっても、共通しているということですかね?

Serph:そうですね。そう思います。

どんなカルチャーとも共感できて、それをミックスできる、無国籍で多国籍なありかた

──『Apsaras』を作る時に考えていたことというか、どういうものを作られようと?

Serph:さっきの、「シーンができる前の色々なものが混ざり合っている状態」っていう話にも通じるんですけど…『Apsaras』はアルバムを通して、南米だったり中東だったりアジアの音をほんのり散りばめている感じなんです。自分の考えるカッコよさの条件として、どんなカルチャーとも共感できて、そしてそれをミックスできる、無国籍で多国籍なありかた、そういうのを音楽でやりたかったことはありますね。

──理想的な意味でのワールド・ミュージックというか。

Serph:そうですね。地球規模、地球サイズの音楽を作りたかったんですね。

──特定の民族性とか地域性とか国民性とか、そういうものに依拠しない音楽。それは、いつ頃から芽生えた志向ですか?


Serph:そうですね…坂本龍一の影響は大きいと思います。彼はいろんな辺境の音楽というか、当時知られていないようなモノをどんどん取り入れて自分なりにミクスチャーしていて。それがある種カッコよさの原型になったかもしれませんね。

──それを今回、思いっきりやってみたのが今回の『Apsaras』であると。具体的な制作工程はいつ頃から始まったのでしょうか?

Serph:6月か7月ですね。

──今年のですか?6月、7月に始めて9月に出したということ? 短いですね!

Serph:今回はもう特に、ノリノリ、キレキレで作ったというか。

──なんでそんなにキレキレだったんでしょうか(笑)。

Serph:なんなんでしょうね。『Apsaras』を作りたくなったきっかけの一つに、『PSYCHO-PASS』っていうアニメの主題歌をやった、EGOISTっていうアーティストのリミックスをしたんですけど。

Egoist / All Alone With You (Serph Remix)

Serph:アカペラありきで自由にトラックを作れるというのがものすごく楽しくて。で、『Apsaras』では、今はヴォーカル・トラックも素材サイト(月々定額でサンプリング素材がダウンロードできるサイト)にいっぱいあるし、それでヴォーカルを一つの軸に楽しさを追求してみようと、いう感じですかね。

──今作はヴォーカルが入っていましたけど、あれは素材サイトから引っ張ってきたヴォーカルということですか?


Serph:そうですね。

──じゃ別にどこの誰でもない、匿名の歌。

Serph:そうですね。

──なるほど。人の声というのはご自分にとってはどういう位置づけですか?

Serph:声はやっぱり、人に与える影響が凄く強いというか。主役になるというか。楽器では出せない魅力がある。インストゥルメンタルを聴かない人にとっても、声がちょっと入っているだけで聴けちゃう。だから、強力なスパイスだと思います。1曲目の「Heart Breaker」っていう曲が出来た時点で、ヴォーカルがあって、メロウで、疾走感があるアルバムにしようっていうのが一つ見えたんです。素材が先にあって、そこで全体像が思い浮かぶというのは、ありますね。それで、そのヴィジョンに近づけていく。

──なんとなく作っていくうちにこうなっちゃった、という感じではないわけですね。

Serph:それももちろんあります。途中でアイデアの即興というか、即興でリアレンジしたりとかっていうのはありますね。

──自分のヴィジョンを目指していく部分と、予想を超えた部分が混ざり合っているのが今回のアルバムであると。

Serph:そうですね。やっぱり自分の作った音じゃない素材というのはある意味、冷静・客観的に遊べるというか、そういうのがスムーズにできた理由かもしれないですね。

──素材というのは素材サイトにあるサンプリングソースということですね。

Serph:そうです。昔は中古CD屋で何の手がかりもない状態とかで探したりとかもしていたんですけど。そう考えると、ずいぶん楽になりましたね。ウハウハじゃないけど、天国じゃないですかね(笑)。

――素材というのはあくまでも素材であって、そこにどう自分なりのイマジネーションを加えていくかがポイント。

Serph:そうですね。いろいろな素材を結び付けてハーモニーを作るというか。

──完全に一から作ることはないんですか?

Serph:ありますね。でも結局、サンプルはどこかで使ったりとか。

──あぁ、じゃあストレートに言えばTakumaさんの音楽はサンプリングミュージックであるという。

Serph:そうですね。それと鍵盤で打ち込んだものが融合しているというのが一つ、特徴なのかなと。

生きている実感というか、音楽ヤバい!っていう感覚をぶち込みたい。

──楽器は、元々はできなかったんですよね?

Serph:できなかったです。

──必要に駆られて弾けるようになった?


Serph:そうですね。演奏力はないですけど、コードを拾うくらいは。

──例えば坂本龍一はピアニストとしても一流ですけど、ああいう演奏家としてもちゃんとできる人と、自分の作る音楽は違うと思いますか?


Serph:あ、それは思いますね。そういう人の音楽は整理されたというか、すっきりしていて無駄がないですね。でも自分の場合はごちゃっとしている。それはそれで好きなので。

──あぁ。音数は多いですよね。

Serph:多いですね。装飾がちょっと強めというか。

──だいぶ強めのような気がするけど(笑)。

Serph:強めですね(笑)。なんか、3,4分の中で、とにかく生きている実感というか、音楽ヤバい!っていう感覚というか。それをぶち込みたい。

──あれもこれも加えたくなっちゃうというのはきっと、Takumaさんの性分なんだろうと思いますね。

Serph:そうですね。小学校の頃、美術の授業で「そんなに塗りつぶすな!」みたいに言われたことがあります(笑)。

──(笑)なるほどね。

Serph:ミニマルな方向には自分はたぶん行かないんじゃないかなぁ。

──ですよね(笑)。いずれにしろ、何かこう吹っ切れた風通しのよさ、見通しの良さみたいなものが、今回のAqira KlosawとSerphのアルバム両方に共通していると思いました。あとAqira KlosawのDJ MIXのとんでもない幅広さ。あのなんでもアリな感じはやっぱり、この一年間くらいのTakumaさんのモードとしてすごく感じられます。

Serph:ありがとうございます。究極の目標としては、地球最高の音楽家になりたいみたいな野心があるので。

──地球最高の音楽家って、何をすればできるんでしょうか。

Serph:そうなんですよ、そこですよ。身体だったり心に苦しさを抱えている人が、その音楽を聴いている間だけは完全に自由な気持ちを味わえるとか、そういうのが理想です。

──そういう目的意識って前からあったんですか?

Serph:自分はやっぱり、すごくどん詰まりだった時に目の前の音楽だけですごく浄化されて、魂が音楽に救われるというか。そういうことがあったので。まさにディムライトを聴いた時に。やるしかない、みたいな。そういう気持ちになりましたね。


――今回、SerphとAqira Klosawのアルバムが同じ年に2枚出て、それが今後のタクマさんの音楽の一つの指針になっていくと思うんですけど。今後の活動としてはどういう風なヴィジョンを持っていますか?

Serph:ライヴをやりたいですね。しばらくやってないので。『Apsaras』を引っ提げて。

──具体的な計画はあるんですか?

Serph:時期は未定です。来年の前半くらいにやれればなとは思っています。

──どういう形のライヴを?ビジュアル込みの?

Serph:映像は、つけられればつけたいと思いますね。で、ワンマンで、エフェクターを使ってその場ならではのアレンジを施して。まずは(自分が)楽しみたいですし、ファンの顔を見たい、ファンを楽しませたい、そういう感じですかね。

(インタビューは2023年10月9日、東京・中野にて)

Serph

東京在住の男性によるエレクトロニカプロジェクト。 2009年7月、ピアノと作曲を始めてわずか3年で完成させたアルバム『accidental tourist』を発表。 以降、コンスタントに作品をリリースしている。 2014年1月には、初のライブパフォーマンスを満員御礼のリキッドルームにて単独公演で開催した。 2016年7月には、自らの代表曲をアップデートさせたベスト盤『PLUS ULTRA』を発表。 2018年4月には、自身2度目となる4年ぶりのライブを再びリキッドルームにて単独公演で行い、見事に成功させた。 2020年9月には、Walt Disney Recordsよりディズニー音楽の公式カバーアルバム『Disney Glitter Melodies』をリリースした。 2021年4月には、Porter Robinson主催のオンラインフェスティバル「Secret Sky 2021」に出演。 ビートメイカー名義Aqira Klosawとしても活動 自身の作品以外にも、他アーティストのリミックスやトラックメイキング、CMやWEB広告の音楽、連続ドラマの劇伴、プラネタリウム作品の音楽なども手掛ける。ビートメイカー名義Aqira Klosawとしてもリリースを続ける。

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