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ausインタビュー :リミックス・アルバム『Revise』を巡って 


aus a.k.a. Yasuhiko Fukuzono

 ausの15年ぶりのアルバム『Everis』は本当に素晴らしかった。日本のみならず世界的に見ても優れたエレクトロニカ作品であり、間違いなくausらしい個性がありながら、時間を巻き戻すような作品ではなく、15年ぶりとは思えないぐらい2023年の音として機能していた。不幸な事件もありアーティストとしては開店休業の状態だったものの、主宰する FLAUのレーベルオーナーとしてはコンスタントに活動していたのも大きいのだろう。

 一聴した私は、ぜひインタビューしたいと思い、東京・三軒茶屋でおこなわれたFLAUのイベントでご本人にお会いしたとき、その意思をお伝えした。だが私の側の事情でその時は実現せず、『Everis』のリミックス盤『Revise』リリースのタイミングで、やっと取材することができた。主に海外の気鋭のアーティストが『Everis』の世界を再解釈・再構築した『Revise』は、『Everis』に勝るとも劣らぬ傑作であり、いわばありえたかもしれないもう1枚の『Everis』である。

なおインタビューがおこなわれたのは10月末の『Revise』のリリース当日だったが、掲載が大きくずれ込んでしまったのは、私の怠慢が原因である。貴重な時間を割いていただいたausことYasuhiko Fukuzono氏にお詫びしたい。

aus / Revise

自分が100%良いと思った形だと、結局今までと変わらないんじゃないか


──いろいろと災難なことがあって。
aus:そうですね。

──事件があってから6年ですか。前作『After All』からは15年。
aus:ずっと作品は出してなかったですから。

──はい。でも一旦出してしまえば一気にね。
aus:そうですね。だいぶ、自分の中でのハードルが下がるというか。

──気持ち的にも変わって来るんじゃないですか?
aus:変わりましたね。今年出した『Everis』は、前までの時間の総決算的なものもあったので。ここから新しいものを出していけたらなと。

──『Everis』のインタビューでも触れられていましたけど、ああいうことがあって、自分の過去が全部失われてしまった。
aus:そうですね。

──心機一転して一から全部作り直すのもありだったと思いますが、そうではなくてあちこちに散らばっていた自分の過去の記憶みたいなものを手繰り寄せていく作業だったわけじゃないですか。
aus:はい。

──やっぱり人間の心が穏やかに保たれるのって、過去の記憶とか思い出というのが大きいと思うんです。そういうものが一切なくなっちゃったら、自分のよりどころがなくなっちゃうような感じで、こんなに不安なことはない。
aus:そう思います。

──ただその、過去のよりどころとなる記憶というのは、違う言い方をするとある意味、足かせでもある。そこらへんのバランスを考えながら、過去の自分の記憶みたいなものを掘り起こしてみたいというのが、前作だったと思うんですけど。
aus:そうですね、はい。

──掘り起こしてみて、ご自分の中で変わった部分はありますか?

aus:自分の中で消化できていなかった部分が、とりあえず作品という形で出せた。音楽的に昔からやってきたやり方でやりきれた。そういう意味で、ようやく前を向けるという感じはありましたね。そのまま前を向くには、やり残したという感覚がずっとしていたんです。そこを一度スッキリさせたい。そういう執着があって。

──スッキリしましたか?
aus:音楽的なところで言えばそうですね。もうこういう作品を作ることはないだろうなという感じはあって。

──そういうやり方で作る作品が。
aus:過去10年間の自分の中での音楽との向き合い方でやったところがあって。こういう作り方はもうしないかな、ということですね。

──『Everis』はやっぱり、ご自分の内面の中でのいろんな処理みたいなものが一番大事で。
aus:そうですね。

──外部の状況とかモードとかは全然関係がなかった?
aus:今のトレンドみたいなものとかはできるだけ考えずに。

──でも、一応レーベル主宰者として、現在のトレンドは常に見ていたわけで。
aus:それもありました。

──それで何か感じるところはありましたか?
aus:レーベルをやっている自分の目線で考えると、今の流れみたいなものとは(自分の音楽は)マッチしていないところにあると、そういうことはわかりつつ(笑)。何て言うんですかね。ものすごくコンポジション寄りだし、音数を今回、ものすごく増やしたんですよ。いっぺんに鳴っている音をとにかくたくさん入れていった。自分が今好きで良く聴いている音楽は、もうちょっと即興的だしミニマルですからね。だから(自分の音楽は)そういうものとは違うなということは感じながらやっていました。

──それは自分の好みの問題なのか、あえて時流に逆らったものを作りたいと思って作ったのか。どっちに近いのでしょうか?

aus:それは、好みですかね。聴く方の好みで言うと、どっちも好きってなるんですけど。作り手としての好みとしてそういうものを作りたかったというか。

──音はたくさん入れたいと。
aus:そうです(笑)。音をたくさん、たくさん入れたかったですね。なんでなのかはわからないですけど。こう、全部が埋もれているようなものを作りたかったというか。そういうのがありました。

──へえ。でも確かにausの音楽ではあるんだけど、でも、と言って別に15年ぶりという感じもあまりしないというか。ちゃんと今のシーンにふさわしいアップデートがされているというか。
aus:おぉお。

──じゃあ何が変わっているかというと、まず録音がすごく良くなっている気がしました。
aus:あぁ。ありがとうございます。アップデートはもちろんしていたいです。出していなかった間も自分の中でのアップデートは常にあったんです。外からの影響とかもあって。さっきの、今とマッチしていないな、という感覚も、今これを出した時にどういう感じになるかなというのはちゃんと見えていたから感じられたと思うんです。あと録音で言うと、今回は初めてミックスの人を外部の人に頼んでいます。レーベルで出しているポート・セント・ウィロウ(Port St. Willow)というアーティスト(Nicholas Principe名義)。ニューヨークのBing & Ruthとかのミックスをしている人なんですけど、初めて完全に外に投げたんです。けっこう(ミックスの)時間も限られていたので、100%自分が満足できる形ではなかったんですけど、むしろそれが良かったのかなという気がします。

結果的にローファイ志向になってる感じはあります

──丸投げだったんですか?
aus:いや、一緒にやり取りはしていて。一応最初に、今回のミックスはこういう形にしたいと、リファレンスを伝えていて。そこに乗っかるようにはしてくれているんですけど、最終的に形になった時に、この感じで良いのかな?というのはいくつかあったんですよね。でも、自分が100%良いと思った形だと、結局今までと変わらないんじゃないかというのもあったので、そこはエンジニアの方を信頼してみました。

──彼からはこうした方が良いとか、ああした方が良いとか、そういうアドバイスは?
aus:ちょっと汚した方が良いな、みたいなことは言われましたけど。たぶん自分がそういうものを求めていたから、それを表現するにはもうちょっと汚していった方が良いんじゃないかっていう。かなりリヴァーヴを強調してくれているというか。空間的な音になっている、というのも大きいかもしれないです。自分のPCで作った音も、全部アナログのリヴァーヴを通してやってくれているので。そういうところですかね。それが良い感じに深みが出ていれば良いかなと思いました。

──今回は実際にマイクを通して録った音はどれくらいあるんでしょうか。
aus:実はコンピューターで作ったのは今回が初めてなんですよ。

──あ、そうなんですか。
aus:今まではハードのシンセで全部作っていて、MIDIというか、ソフトシンセは一切、使ったことがなかったんです。今回機材が全部(盗難で)なくなっちゃったんで、初めてパソコンの中で音を出すというのをやってみたんです。

──あーなるほど。
aus:パソコンに詳しそうな顔してるねってよく言われるんですけど、全然わかっていない (笑)。今回アルバムを作るにあたって、初めてソフトの音を色々使ってみたんです。

──ソフト音源はどうですか?
aus:自分が元々ハードを使っていた時って、音を全部作っていたんですよ。もちろんプリセット音もあるんですけど、自分が好きな音が全然なかった。なのでまず音作りからやっていたんです。でも(ソフト音源だと)今は本当に膨大な音がある。何でもあるといえばあるので、作るより先に選ぶようになった。そこが違うというか、けっこう衝撃で。機械の発展を何十年ぶりに知る、というか。すごく普通に、プリセットでめっちゃ良い音がいくらでもある。

──昔はプリセット音も限られていたから、他と違う音を求めたら自分で作るしかなかったけど、今は選択肢がめちゃくちゃ多いから、そこから選んでも同じものにはならない。
aus:そうですね。そこから探していく作業になるわけです。もちろんそこからエディットはするにしても、全然そのままでもものすごく良い音はいくらでもあるので。

──あぁ、でしょうねえ。
aus:僕、サポートで一回STUTSさんとやったことがあるんですけど、STUTSさんは“こういう音”って探すと、すぐにその音を出してくる。速いな!って思ったんですよ。僕は“家に帰って作ってきて良いですか?”って感じだったので、今はそういう時代なんだと、衝撃を受けました。

──イチから作るよりもそういうところから引っ張ってきて、修正する方が全然速い。
aus:速いです。効率も良いし。それにどれだけアクセスを良くしていくか。

──私は不勉強で知らなかったんですけど、この間Serphさんに話を聞いたら、サンプリングソースをサブスクで毎月、定額で提供してくれるサイトがあるって。
aus:あぁ、ありますね。

──そこにもう本当に、ヴォーカルから楽器から全部、あらゆるサンプルソースがあって。定額を払えばいくらでも使い放題で、アルバム作るのもそこから引っ張ってくる、みたいな話を聞いて。
aus:いっぱいありますね。あとは、すでにリリースされている昔のソウルとかファンクのレコードを、すでにライセンスを取って使えるようにしているTracklibみたいなサービスもあって。そこから自由にサンプリングしていいんですよ。サンプルを使った曲をリリースすると、自動的にアーティストやレーベルにお金がちゃんと行くような仕組みになってる。ライセンスがクリアされたモノしか載ってないから。昔だったらライセンスが難しかったようなサンプルもそこから取ることもできる。もう、半端なく作りやすくなってますね。

──そうなってくるとご自分の音楽の作り方というか、姿勢というか、向かい方もちょっと変わってきますよね。
aus:そうですね。それはやっぱり。ただ今回はソフトシンセ、サンプリングも使っているんですけど、ハードがソフトに変わっただけで、自分の編集の手癖だったりとかは、あまり変わっていない気がします。今回はSerphさんがお話しされていたようなサイトを使う機会もなかったし、僕はまだそこまではやってないです。いろいろ選択肢がありすぎるので、今までのやり方で、ソフトシンセだけは使って、みたいな。

──なるほど。
aus:自分は今までハードシンセ、ほぼ一台をずっと使ってやっていたんです。高校の時に買ったものをずっと使ってやっていた。一つの機材、道具を使いこなす方が好きなんです。

──そういう人は意外に多いですよね。
aus:自分はあまり新しい機材は使わなかったので。いつも使っている機材をどんどん深化させていくことの方が楽しかったです。

──さっきの「音を汚したほうがいい」という話ですが、いわゆるソフトシンセとか、データとかコンピューター内蔵の音で作っていくと、ノイズが減ってS/Nがすごく良くなるじゃないですか。自分の意図した音以外は一切入らないから、限りなくクリアな音になっていく。
aus:はい、そうですね。

──だからこそ汚した方が良いんじゃないかという意見が出てくるんですよね、きっと。
aus:そうですね。ただ、エンジニアさんもそう言っていたけど、そもそも自分がやっていると汚れるんですよね。何て言うんですかね、ローファイな方が多分、好きなので。音選びとかも全部そうですけど、結果的にローファイ志向になってる感じはありますよね。

──それはどういう部分で?
aus:クリアなものは勿論好きなんですけど、物凄くクリアにしてミニマルにしていった時に、自分のスキルでは無理じゃないかなっていうのが多分あるんです。クリアなものを聴くのは好きですけど、じゃあそれを作るってなると、スキルでは作れないなと思うのかもしれません。

──クリアにするのにスキルは関係ある? 
aus:自分にとってはありますね。クリアにするなら、ものすごく綺麗な音にしたいなら、録音もやり方がすごく変わると思うし。ミックスも。もっとハイファイにするならハイファイにしたいっていうのが出てくると思うし。それが(自分に)出来るかと言ったら、出来ないし。

──ハイファイにするには、機材を良くして、サンプリングする音源を良くして……
aus:あとは、アレンジとかもそうじゃないですか。例えば今のR&Bもそうですけど、同時発音の音がすごく少なくなっている。サビが歌とベース、リズムだけとか。どんどん音数が減ってミニマルなアプローチが増えていて。でもミニマルなアプローチって、けっこう作るのは大変だと思うんです。ハイファイなプロダクションを作るのってお金もかかるし、ものすごくスキルフルなことをやっていて。

──コーネリアスも同時発音はとにかく避けるって言ってますね。
aus:あぁー。コーネリアスさんの音像を作るの、ものすごく大変だと思います。アレンジもすごく難しいと思うんですよね。発音数をなくしつつも、それがうまく自然に聴こえているわけじゃないですか。それってすごく難しい。聴くのはすごく楽しいですけどね。

──聴く分にはすごく美しい音楽ですよね。でもやる側、作る側としては大変。
aus:めちゃくちゃ大変だと思います。ミニマルにしていけばしていくほど、自分にとってはスキルも必要なんです。だから自分の中で、ローファイな方にちょっと逃げているんじゃないかと思うことも時々あって。そっちの方が作りやすいから。

──でもausの場合、すごくキレイな音だけど冷たい感じがしないのが一番良いところだと思うんですよね。それはそのローファイ指向が関係しているのかも。
aus:そうですね。本当にそういうものが好きなんでしょうね。自分が始めた頃って、エレクトロニカやグリッチがすごく流行っていたんですけど、自分はそのグリッチの音があまり好きじゃなかったのと、あと、作れなかったというのが両方あって。たぶんその両輪がいつもありますね。耳としてもあまり気持ちよく聴けなかったので。

──オウテカみたいなのは好きではなかった?
aus:「Tri Repetae」(1995)とか聴いた覚えがありますね。でもそこから先は全然。

──わかります。もっと柔らかな、あたたかい方向。
aus:そうですね。指向としてはあたたかい、柔らかいものが好きだというのはあります。今回機材はソフトシンセになったけど、最終的に出てくる音は自分の音になっているというのは自分でも思っていて。機材が変わっても変わらない。落ち着くところは落ち着いて、自分の美意識みたいなものは、たぶん通底しているんじゃないかと。

──コンピューターで作って、その中で人間的な揺らぎとかあたたかみみたいなものを、どうやって表現していくのかっていうのがausの音楽で一番大きなポイントかもしれない。
aus:今回自信になったのは、パソコンの中で完結したとしても、ちゃんと自分のそういう、オーガニックなところって勝手に出てくるな、出せるなっていうのは、ありましたね。ハイファイなものを作ろうとしても、出てくるものはけっこう、オーガニック、ローファイなものになっていくのかなと。

──しかし『Everis』の音は、ローファイっていうんですかね?
aus:いや、わからないです。自分の中ではローファイで(笑)。普通はヒスノイズとか切っちゃうと思うんですけど、自分はそういうのを入れたがる方なんです。例えば今回参加してくれたボーカリストで横手ありささんという人がいるんですが、その方がホームレコ―ディングで。小さいお子さんがいらっしゃっったので、割と入ってたんですよ、(お子さんの)声が。ご本人は気にされていたけど、全然そのままで良いですよって言ったんです。むしろ自分はその方が面白いと思っている。

──それは、サブスクのサンプリング・サイトのヴォーカルにはない良さですよね。
aus:そうですね。はい。

──録っている時の状況とか、その人の周りにいる空気感もちゃんとそこにあるということですよね。つまりは「人間の体温」がある。
aus:そうですね。最後の曲で、フィドルを弾いてくださったベネディクトさん(Benedicte Maurseth)という方も、DATかなんかで録音していて、最後にその、DATレコーダーをガチャッと止める音も入っているんですけど、それも入れようと思って入れたんです。本人的には絶対に入れたくなさそうだったんですけど(笑)。その方が良いなというのはあって。けっこう色々やっていますね。

──なるほどね。それは面白い。
aus:例えばパソコンでソフトシンセでやっていたとしても、何か自分のミスプレイだったりとかで不協和音になっているところもあまり気にしないで入れています。

──それがある種のあたたかみ、空気感に繋がっていくのかもしれないですね。
aus:あぁ。そうかもしれないですね。

──すごく納得できます。
aus:そういうのを好きでやっているかもですね。

──みんなハイファイな音に疲れてきていて、それで15年ぶりのausのアルバムを聴いて、ほっとするというか。エレクトロニックな音楽なんだけどホッとする。そういうのをみんな新たに再認識したんではないかと思ったんです。
aus:ありがとうございます。最近のポスト・クラシカルが特にそうですけど、ピアノが間近で聴いているような音作りがものすごく増えている気がします。最初は耳馴染みがなくて面白いんですけど、自分にとってはあまり長く聴けないなというのがある。昔のクラシックって、もっと遠いじゃないですか、マイクの位置が。その(最近のポスト・クラシカルの)臨場感って、耳の新しさはあるかもですけど、長く聴くって考えた時に、この(マイクの)位置じゃないんじゃないかというのはずっとあって。で、今回もそういうのはすごく考えて録音しました。

リミックスって世界をちょっと拡張していくみたいなところがある

─なるほど。今回のリミックスアルバム『Revise』の話に移ります。これは最初から予定されていた感じなんですか?
aus:そうですね。アルバムを出すときにリミックスは作りたいなというのは、レーベル(英国のLo Recordings)とも話していて。自分で作って自分で出しちゃうと、客観性が一つもないので、リリースするときはできるだけ外部のレーベルとやりたくて。それでLo Recordingsにお願いした感じです。

──このリミキサーの人選はご自分でやられたんですか?

aus:そうですね、ほぼほぼ。一応あちらからも候補を出してもらって、Lo Recordingsのアーティストさんも3組入っています。最初のオーシャン・ムーン(Ocean Moon)、あとレッド・スナッパー(Red Snapper)とJQ。

──レッド・スナッパーは個人的には意外で。Warp時代から聞いていたので。
aus:僕としてもそうなんです。でもLo Recordingsの人で誰に頼みたい?ってなったら、やっぱりレッド・スナッパーかな、みたいな(笑)。

──あとはベテランといえばジョン・ベルトラン(John Beltran)とか。
aus:ジョン・ベルトランはこのリミックスがきっかけで一緒に曲を作ることになって、最近(12月時点で)完成したところです。

──全体に、ものすごく意外な人とか、こんな人に頼むんだっていう感じでもなくて。どちらかというと、オリジナル・テイクのよさみたいなものを自然に拡張してくれる人を選んでいるという印象があります。
aus:あぁ、それはそうですね。一応、アルバム全体もそうですし、曲ごとにも、この曲はこの人にやってもらったらとか、その辺はけっこう考えています。

──原曲を徹底的に破壊して跡形もなくみたいなものは、なかったかなと。
aus:ないですね。一曲だけ、グラントバイ(Grantby)という人だけ、完全に破壊系ですけど。

──リミックスを頼む時っていうのは、完全にお任せっていう感じなんですか?

aus:曲によりますね。自由にやってもらう時もあるし、一言添える時もある。

──こういう意図であなたに頼んだからよろしくお願いします、という。
aus:はい。お願いするときに伝えています、そういうのが必要な人は。特に何をしてくるかわからない人っているので(笑)。そういう時は一応、何か伝えるようにはしています。でも最終的に何が出てくるかはこっちで本当にコントロールできないので。

──でも、それが楽しみなんですよね。
aus:楽しいですね。アルバムを作るより全然楽しいというか(笑)。誰に頼もうとか考えるのも楽しいですし。何が出てくるかというのも面白いですし。

──リミックス・アルバムは前から出されていますけど、オリジナル・アルバムとリミックスがセットになって一つのプロジェクトが完結するみたいなイメージがある?

aus:そうですね。リミックスって世界をちょっと拡張していくみたいなところがあって。もちろん、全部相手に投げたものではあるんだけど、誰に頼むかも含めて、それもアルバムの延長にあると考えています。

──リミキサーの人選は、ご自分がそのアーティストに何らかのインスパイアを受けているよという表明の表れでもあるじゃないですか。最近よくサブスクで、「このアルバムを作った時に参照した曲はこれです」みたいな、そういうプレイリストを作る人がいますよね。それの一歩踏み込んだ形がリミックスかなという。
aus:それはありますね。確かに。

──例えば今回参加している中国のLi Yilei。この人の作品とか、めちゃくちゃクールじゃないですか。
aus:クールですね。

──これだけクールな人が、ausをリミックスしたらどうなるのかなって思いましたね。
aus:そうですね。頼んだ曲(「Steps」)がたくさんのフィールドレコーディングが入っている曲だったので、この人に頼んでみたいというのがあって。ご本人はアンビエントの文脈で紹介されることが多いですけど、もっとサウンドアートの人というか。コンセプトの段階からすごく考えている人だなというのを感じていたので。アルバムだとグーテフォルク(Gutevolk)さんに歌ってもらって、ポップス的なフォーマットなんですけど、その中に色んな種類のノイズがいっぱい入っている。それを違う形で構築していったらどういう風になるのかっていう興味があって、この人にお願いしたという感じです。

──なるほど。結果、どうでしたか?

aus:面白かったですね。まるごとそのままオープンリールに並べて入れて作りましたって。

──オープンリール?
aus:音素材を全部オープンリールに流して、それを再録音して、それをずっとリスニングしていったら、デジタルとアナログの中間みたいなところで、自分の中でのいい捉えどころが見えてきて、みたいなことをメールで書いてきてくれてたんです。でも最終的に曲(の形)はあまり変わっていないんですよね。

──デジタルで録った音をアナログのオープンリールにダビングして、それをスピーカーで再生して、それをまた録ったという話ですよね。そうなると、ちょっと曖昧な音になりますよね。
aus:ヒスノイズがめちゃめちゃ乗っていましたね。

──それは正にローファイ化する作業というか。
aus:あ、そうですね。なんか「聴こえを変える」みたいなことをやっている。あぁ面白いなと。確かにこれもリミックスだなと。

──曲の構造やバランスや構成を変えるのではなく、聞こえを変えるリミックス。
aus:この人ってすごくコンセプトの人だと思っていたから、そういう発想がすごく興味深いなと。音楽だけを聴くのも面白いですけど、どう考えてこれをやっているのかな、と想像しながら聴くのも面白いですね。

──ausの作ったすごく綺麗な音を、いろんなアナログの回路を通して曖昧にして、質感を変えることによって見せ方を変える。それもリミックスのやり方だと。ある意味リマスターに近い。
aus:面白かったですね。

もしかしたらアルバムが、こういう曲の形になっていた可能性もある

──他に何かご自分で、頼んで面白かった人はおられますか?
aus:オーシャン・ムーンもすごく面白かったです。アルバムで聴くと聴こえないような(でもパラ音源には入っている)フィールドレコーディングの音がいっぱい入っているんです。女性が子どもに子守唄を歌っている音が入っているんですけど、アルバムではほとんど聞こえない。その声をけっこう持ち上げている。僕にとっては普通の子守歌が、たぶんこの方にはものすごく新鮮に聞こえたんでしょうね。その声は僕がカフェでパソコンを打ってた時にたまたま遠くで聞こえてきて、全部ケータイで録っているんですけど、パソコンのカチャカチャの音とかも全部入っているんですよ。それもこの人は全部持ち上げてる。アルバムでは1曲目から3曲目まで繋がっていて、パラも一部繋がった状態のものを送ったんですけど、3曲目に入っていたノアさんの声も持ち上げてくれて使ってる。駅の改札の音とかも、全部元のアルバムに入っているんですけど、バランスが違うので聞こえない。そこで隠れていたものを持ち上げて、違う見え方ができるようにしてくれたというか。

──興味深いです。フィールド・レコーディングというのは、何かを録りに行こうと決めて録るんじゃなくて、日常的にふと気付いた音を録っているわけですか。
aus:フィールド・レコーディングをしようと決めて録る時もありますけど、「Everis」ではそういうのはないです。普通に日常の記録として録っていた、ただのビデオで撮ってるお祭りの音とか、本当に普通のケータイで録った音なので、音も悪いんですけど、それを使っています。

──それが良かったのかもですね。坂本龍一みたいに北極まで行って氷山の軋む音を録った、とかいう話を聞くと有り難みがあるけど(笑)、そういう大げさなものではなくて。
aus:そうですね、そういうのは一つもなくて。本当に普通の日常のシーン、別に音楽用に使おうと思っていたものではなくて。ただスマホで録った写真の延長のような感じ。

──それはアルバムでは聞こえているものもあるし、あえて聞こえていないようにしているものもある。
aus:いっぱいありますね。

──実際に聞こえてこなくても何となく、背景のざわめきみたいな部分で、全体の印象を形作っている。
aus:それはそうですね、意識してそうしています。

──それをリミックスではあえて引っ張り上げていて。
aus:そうしてくれたリミキサーがほとんどでした。とにかく一曲の音素材の量が半端ないというか。百とか余裕であるファイルなので。作る人もそこから選んで、音をチョイスして、そこから五つだけ鳴らすだけでも全然違う風になる。今回は自分の音を入れているリミキサーの方が少ないくらい。入れていたとしても一音だけ入っているくらいの人が今回は多くて。自分もそれは考えていたことだったので、すごく嬉しかったですね。

──あぁ、なるほど。
aus:例えばJQさんとかも、たぶんモジュラーシンセを一つ鳴らしているだけ。あとは元からある音…自分は作り手なので分かるんですけど(笑)。ジョン・ベルトランとかもそうですね。あれも本当に、家の近くで録ったお祭りのお囃子の音でリズムをとって作っていて。音はリズムとしてちゃんと鳴っているんですけど、ベルトランさんもリミックスの時にこの音を使ってくれていて、ただ組み替えているだけというか。それで聴かせ方を変えてくれているというか。

──よくぞここに注目してくれました、みたいな感じですよね。
aus:そうですね。嬉しかったですね。

──面白いですね。新しいものを付け加えてくれるというよりは、もともと曲が持っているものを組み替えて新しい表情に見せてくれるというか、原曲の持つ違う部分を引き出してくれたという。
aus:そうですね。本当にこれこそリミックスだなという。リミックスの字義通り、ミックスを変えて違うモノを見せてくれるというか。もしかしたらアルバムが、こういう曲の形になっていた可能性もあるんだなというのに気づくことでもありました。

──あぁ、なるほど。
aus:こういう風に変えていたら、例えばこれをこういう風に大きくしたら、これをこうしてこうしていたら、こういう形になっていたのか、とか。光の当て方で変わるというか。

──このプロジェクトであと十枚くらいアルバムを出すとか。(笑)
aus:お金があれば、したいです(笑)。今回、頼めなかった人もいるので。あ、Marucoporoporoさんは自分の音も色々入れてくれましたね。

──Marucoporoporoさんは、どういう経緯で?
aus:この方はたまたまデビューする前のライヴを拝見する機会があって。その時から素晴らしいなと思ってたんです。すでにKilk Recordさんところから出るって決まっていて。そのあとも自分の主催のイベントに何度か呼ばせていただいていました。

──Spotifyを見ていたら、2018年のアルバム『In Her Dream』以来…、
aus:はい、たぶん何も出していないですね。ようやく最近復帰というか、活動再開しているくらいの。久々に声をかけたら是非、ということだったんで。


──大体、今回一緒にやった人は初めてやった人が多いのでしょうか?
aus:そうですね。Marucoporoporoさんは交流があったけど、他は全員初めてです。何のつながりもない人たちです。

──『Everis』で一緒にやった人は、過去何らかの形でつながりがあった人が多かったけど、今回は新しい人ばかり。
aus:はい、全員そうです。

──それは、そういう意図で?

aus:最初、Lo Recordingsの人に、FLAUの日本のアーティストで揃えたら面白いと言われたんですけど、でもせっかくLo Recordingsから出すんだから、自分の近しい人じゃない人で頼みたいというのがあって。

──でもこれだけインターナショナルなアーティストが参加するって、今ならではですね。インターネットの時代になって、昔とはアーティスト同士の全然距離感が違うじゃないですか。海外だろうがなんだろうが今はSNSなりメールなりで、あっという間にアクセスができる時代で。
aus:そうですね。自分がレーベルを始めた時もそういうのがきっかけというか。MySpaceの時代で。コンピレーションを作ろうと思って、自分が当時好きだったアーティストにMySpaceで連絡したら、意外とみんな、出すよ出すよって。こんな簡単に繋がれるんだって衝撃がありましたね。しかも全く知られていない人にそんな簡単に繋がれるんだって。その時はレーベルを始めようとかは考えていなかったんですけど、すごい時代だなと。それまで海外のアーティストってすごく特別な、見上げるようなものというのがすごくあったんですけど。以前マンチェスタ―に行っていろんなアーティストに会った時に、みんな普通に別の仕事をしていてびっくりしたんです。仕事帰りに音楽をコツコツ作ってる、みたいな。そういう、何もカリスマチックなところがなくて日常の延長でやっている感じがすごく素敵だなと思って。そこでけっこう、考え方が変わりました。レーベルでも海外のアーティストはいっぱい出していて。フットワークの軽い方も多いし。逆に日本の人に頼むよりもやり易い時さえある。

──日本はやっぱり、マネージャーを通してくれとか、レーベルを通してくれとか。
aus:そうですね(笑)。海外の人とやる方が楽というのは、割とずっとあって。

プレイリスト向けの音楽ではない

──『Revise』はアルバムとしては今日配信開始ですが(10月27日)反響はいかがですか。
aus:そうですね、じわじわ広がれば良いかなと思っています。

──先行で既に多くの楽曲が配信されてますが、名の知れたプレイリストに入るとすごい反響があるみたいですね。
aus:大きいですね。昔、Spotify黎明期の時は入れてくれたんです。百万回以上再生されて。その時はSpotifyのスタッフの人が、ausの曲を(Spotifyに)入れてくれれば(プレイリストに)入れてあげるよ、みたいな連絡をくれてたりしたんですよね。そういう人間味のある時代があったんですよ。その時はSpotifyとか全然知らなかったんですけど、後で見たら、その人が入れてくれていた曲の再生数が凄く多くなっていた。もっと入れておけばよかったなと(笑)。

──その人は今も連絡はあるんですか?
aus:今はもう辞めちゃってますね。

――今はもっとビジネスライクというかいろいろキナ臭い話もあって。
Aus:今回自分で出して思いましたけど、そういうものに乗りづらいなと自分でも思ってて。プレイリスト向けの音楽ではないので、間違いなく。レーベルをやっていたら、こういう音だったらこういうプレイリストに入りそうというのが何となくわかってくるんですけど。

──プレイリスト映えするみたいな。
aus:そうそう。でも今回はそういうのを本当に気にせずに作りましたね。今は特に、一時期のローファイポップのように、ポスト・クラシカルとかアンビエントとかすごく流行っていて。ソロのピアノ曲とかもものすごく出ていて。メジャーレーベルもどんどんやり始めていて。でもそこに乗っかっちゃっても、僕らみたいな小さいところは難しいと思うので。

──でもausって、アンビエントといえばアンビエントなところもあるし、ポスト・クラシカルな部分もなくはない。いろんな要素があるじゃないですか。
aus:そうですね、はい。

──ちょっと工夫すれば色々と時流に乗れそうな感じはしますけどね(笑)
aus:どうですかね(笑)。レーベルの方の自分はそう言ってますが(笑)。でも自分も割と年も取ってきたので、自分の芸術をちゃんと作って残したいというのが強くて。そういうビジネス的な部分は自分が求めている感じではないから。

──前はそういう野心があったんですか?
aus:そうですね…二十代の頃とかは、ディペッシュ・モードのリミックスをやりたいとか思ってたんですけど(笑)。今はどちらかというと、自分の作りたいものをちゃんと残したというのが、あって。もちろんずっと休んでいたのでそれをするためにも、たくさん作り続けないといけないんですけどね。

──ともあれ今回のリミックスアルバムは、『Everis』の領域を拡張して、世界を正しく広げてくれた感じがするので、とても良いフォローアップのアルバムになったと思います。
aus:ありがとうございます。

──すでに、次のアルバムの構想とかも?

aus:そうですね。今回のアルバムの前にちょっとシングルを出しまして。

──1月にダンスビートのシングル「Until Then」を出しましたね。

aus:はい。あれ、実は時系列で言うとアルバムの方がだいぶ前に出来ていて。なぜかシングルの方を先にリリースすることになったんですけど、今はけっこうシングルを作っていた時のモードなので。それは継続して、また出したいなという気持ちで作っています。

──あのシングルを拡張していって、作り込んだライヴを一発やったら、すごく良いような気もします。
aus:あ、本当ですか。ありがとうございます。あの感じは、自分の中でも行ける感じはあったので。今、何個か作っているんです。お話はいくつか貰っていて。EPみたいなのでやるか、シングルでやるかはまだちょっと決まっていないんだけど。

──いろんなレーベルから話が出てきている?
aus:はい、いくつか。

──じゃあ、すごく良いじゃないですか。
aus:そうですね。ただ、あとは経済的なところと(笑)、自分でやるか、海外でやるか、ということを考えつつ。

――ああいう感じの曲と、アンビエントな綺麗な曲とを合わせて世界を作ってくれれば、すごく良い感じになると思います。
aus:ありがとうございます。そういう自分のアンビエント、クラシックっぽいのと、自分のビートの要素をどう組み合わせていいか…でもようやくそれで自分の中で行けるなと思ったので。

──あ、本当ですか。
aus:昔は、どうしていいか分からなかったんですよ。アンビエントの感じとビートをうまくマッチングできていなかったというか。それが見えてきた感じがあって。

──それはぜひ期待したいところですね。
aus:ありがとうございます。そういってもらえると励みになります。
 
(2023年10月27日 東京・新宿にて)

[aus リリース情報]
◎12/15リリース
aus & Danny Nobury 「Better Late Than Never」(Fluid Audio)
マンチェスターのチェロ奏者Danny Norburyとの共演。2010-2013年の間に何度かおこなわれたライヴのアーカイヴ作品。

◎12/27リリース
Ryosuke Nagaoka & aus「LAYLAND」(FLAU/ENNDISC)
ペトロールズなどで活躍する長岡亮介とのミックステープ作品。

Craig Armstrong / Nocturne 8 (aus Remodel)

◎Seahawks  / Space Oracle (aus Remix) 

◎Kumi Takahara / The Old Dreams (aus Remix)




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