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その炊飯器で炊く?米。

10月某日
 原稿の直しが終わる。

 私の担当の編集Yは恐ろしく動物的な勘の働く30歳の女で、
「みゆきちゃんは!紙(ゲラ)になって手を動かして初めてチャクラ開くタイプの作家なんだから!」とか言い(チャクラ……?)と思いながら半信半疑で進めていたのだが、最後の最後、最終コーナー曲がり切る直前、ここで抜き出なかったらやばいかも、というところで危うくチャクラが開き、なんとか物語として、着地させることができたのだった。すごいな、編集Y。持つべきものは主観的に客観してくれる信頼できる仲間である。客観的に物事を進めるのがどうも苦手で、そのくせ主観で100%行動できるわけでもなくいつも迷っている私が本を出せるのはいつも頼もしい(そして粘り強く支えてれる)編集者さんのおかげで、書いている間はここまで?!と思うぐらい喧嘩もしたり険悪になったりもしたが、何事も終わってみて初めてその価値がわかる(終わる前に分かれば……と思うことしかない)。
書いている間は苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて、いつ終わるともわからず、しかも、完成するまではお金が一銭も入ってこない職業なので、先も見えず地に足も着かず、もうやだ!やめる!と何度も癇癪を起こして関係各所に多大な迷惑をかけたが、これから先、どう評価されるにしろ、この物語を書けてよかった。

 書きあがった時、今までの人生で味わったことのないような大きな充実感が体の奥から間欠泉のように湧いてきて、もう元には戻れないと思った、これを味わえないとしたら、生きている意味がないと思うほどの深い喜び。でももっと深くなると思う。潜っても潜っても底の知れない沼に潜り始めてしまったような。青くてモヤモヤしてて、透明なんだけど何枚ものヴェールに遮られていて底が見えないみたいな、深い深い沼、きっとこれは作品の質とか達成度とかレベルとかや得られる評価と関係がない…。いやひょっとしたらあるのかもしれないけど、とにかくこの先がある、と思えるということは先があるのだ。 

 深い深い、こんなに深い喜びが、日常の他の行為で得られるのだろうか?恋愛?セックス?出産?どれでもいいけど、とにかく、この深い喜びがあるなら私はその全てを捨てていいからこの中に埋没したい。
 装画がこれから決まり、帯が決まり、裸でスパーンと飛び出たものに、衣装を合わせ化粧を施されキャッチコピーをつけられて、だんだん社会的なものとして扱われ始めるの、なんだかとても心地よく、あ、やっと、私って社会の一員じゃんって思える、これまで朝起きてから夜寝るまで、会話をする相手といえば頭の中の登場人物だけ、みたいなちょっと成人女性としてはそれはどうなの、みたいな生活を2年送ってきてやっとシャバに戻ってきた感じなので、社会を構成する一分子でいられるということは、とても喜ばしい。

10月某日

体の中に言葉が飛び交っていて、蝿みたいにブンブンとうるさい、


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