"書くのが遅い"という悩み

1月某日

 新年会。男4人(うちゲイ1人)に私。子供の頃に刷り込まれた習性なのか、飲み会でもなんでも、昔から男4〜5人に1人という構成が一番落ち着く。とりわけ今日のメンバーは桃山商事の清田さんとやる気あり美の太田君と占い師のシュガーさん…等等という、全員揃ってメスネス強めの男たちで、マウンティングもなければ自慢もない、盛り上げも不要の非常に平和な飲み会。場所も鳥貴族だし。
 20代半ばの青年が「僕、寂しくて寂しくて仕方のない夜があるんですよぉ!みなさんはないですかぁ?」と野々村議員ばりに叫べば、全員「あー、あるよねぇ」と優しく受け止め、とりわけ桃山商事の清田さんのオカン力はすさまじく、その場に出たすべての悩みを包容&包摂……横にいるだけで気分が晴れるというか、その場にいた全員「清田さんの心のまんこはブラックホール並みだよね」と意見が一致するビッグマザーぶり。共感と受容は全部男子たちに任せ、私は一人、何力(りょく)も発揮せず好き勝手に喋り、楽しく飲ませてもらった。

 書き手率の高い飲み会だったので、途中から文章の話になる。
「書くのが遅い」という悩み。これは私もよくわかるのだ。なんせ1本の長編を出すのに3年。世間からとっくに忘れ去られてもおかしくない。

「たとえつまんなくても、完成度が低くても、テキトーな文章をテキトーに書いてパッと出せる人が羨ましい」

「自分に自信がないから、完璧なものを書かないといけないのではないか、と思ってしまい、ついつい出すのが遅くなってしまう」

……「自信がないから遅くなる」って、書くのが遅い派の人はよく言う。

 でも、私はそれはちょっと違うんじゃないかな、と思う。

 書くのが遅い人っていうのは、たぶん「自分が納得すること」を目的に書いてるのだ。早く書き散らかす人とは、最初から求めているものが違う。とりわけ身体性と書くものが結びつく人は、自分の信念にそぐわない言葉を紡ぐこと自体が、自分の身体に危機をもたらすと知っているから、そりゃあ乱文は書き散らせないよね。
 不用意に人を傷つけたくないという恐怖も含め、自分と読者に誠実にあろうとするからこそ、確信の持てない言葉を紡ぐのに、違和感を感じてしまうのだろう。

 もちろん「自信がないから」って人もいるだろうけど、むしろ「自信がないから早くたくさん書く」という人もいるので、それだけじゃないんじゃないかな、と思う。知り合いのライターさんで、めちゃくちゃアウトプットが早い人がいるのだが、その人は「自分は文章力がないし、論理性では他のライターさんにはかなわないから、とにかく少ない言葉で早く書くことを心がけているんです」って言ってたから、単に書くのが早い人と遅い人ではコンプレックスの置き所が違うってだけのような気もする。

 

 小説の企画をもらってから「メゾン刻の湯」を出すまで、3年もかかってしまった。最初の1年目に一本、編集者さんから出されたテーマで12万字の長編を書いて「なんか違うなー」と思って全部捨て、そこからテーマをスライドさせて別の長編を2本書き、そのうちの1本が今回出ることになった。

 最初の長編も今読み返すとまあまあ面白い。でも、当時の私にとってそれはなんとなく、社会に向かって問いたいものにはなってなかった。「まあ、いっか」と思って出していたらデビューは早く済んだと思うけど、結局、思い悩んだ末に自分の納得の方を優先してしまった。……厄介ですね。でも、もしこの3年の引きこもり期間がなかったら、きっと私は「書き手としての自分」に折り合いがつかなかったんじゃないかと思う。その間、ウェブでたくさんコラムや文章を発表している人を見て焦ったりもしたけれど、結局は「焦っても仕方がないし、私は私でやってくしかないのだな」という俯瞰する境地に、やっとこさたどり着いた。

 目先の利益より自分の納得の方を優先してしまう、それはなかなかに骨折りなことだけど、でも、まあ、そういう人ってきっとずっとそうだし、仕方がないんじゃないかな。

 ただ最近、1人の人間が持てる文章の書き方のスタイルは決して1つではないのだなあと思うことがある。
 もう全く話は飛ぶけど、私は絵を習っていて、つい最近ジェスチャードローイングという手法があると知った。これはどういうものかというと、1秒で1枚、絵を描くのだ。つまり、極力シンプルな線で目の前の物体の形だけを取る。1秒が無理だったら30秒とか。

↓こういうやつ。

 (多分上の女の人のやつ、30秒くらいで描かれてると思う。あと、下の絵の左っ側も1分くらいかな)

 「30秒で描け」って言われた時には「ふざけんな、そんなので人に見せられるものになるわけないだろ」って思ったんだけど、やってみると、不思議と目の前の輪郭を線が自然に捉えていて、他人が見ても何を描いたのか分かる絵になってるので驚いた。

(これ、ルーブル美術館が所蔵してるジェスチャーの有名な作品。)

(こちらはDebora L. Stewartさんというアーティストの作品。彼女は油彩も描く。下も彼女の作品)

 最初、この技法を知って驚いたのは、私の中に絵っていうのは一筆一筆、納得いる色を作って、納得いく線で乗せて・・・っていう描き方をするものだって思い込みがあって、「丁寧に時間をかけて作ったものじゃなければ作品じゃない」と強く思っていたから。

 でもそうじゃなくて、絵の優劣に制作時間は決して関係ないし、ピャッと書いた一瞬の線が人の心を掴むこともある、それを知っただけで、時間をじっくりかけて作るのとはまた別の作品の描き方があるんだな、ってことに気づかされた。

 執筆の話に戻すと、そういう、書き方の技法をたくさん身につけていくのはアリなんじゃないかなー、と最近は思う。

 何日も思い悩んで何度も反復して書く、今までのスタイルに縛られなくていいんだ、って、時間をじっくりかけて書くのとはまた別の執筆のスタイルも、身につけようと思えば身につけられるんだよなって、それを探してけばいいんだよな、って。それで出来上がるものはきっと、これまで書いてきた自分の持ち味、とは全然別のもので、ちょっとそのことへの不安を覚えるかもしれないけど、筆の遅い人でも、心地よく速く描ける技法、みたいなのとか、文体とか尺とかを自分で見つけられたら「書くのが遅い」の悩みから解き放たれそう。

……なんかこんがらがってきたけど、伝わってますかね?>書くのが遅い人たち


というか、ぶっちゃけ「速さが命!」とか言ってる人を見ると、私は(この人、バカそう……)と思ってしまうんですよね。

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小野美由紀

何度も読み返したい素敵な文章の数々 vol.2

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コメント1件

すげえわかります……
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