批判は人を育てない


2月某日 恋愛エッセイ本の企画が一つ飛ぶ。
担当編集者さんが「全て私の不徳の致すところです」と平謝りに謝るので、なんとなく、あれかな、とピンときて、
「もしかして、数年前の御社の◯◯さんとのトラブルが原因ですか?この件について全く怒ってはいませんが、理由を聞かないと◯◯さんのことが信頼できなくなりそうなので、できれば訳を説明してください」と言うと、
「御察しの通りです」と返ってきた。
案の定、その企画をボツにした彼の上司は、かつて私に本の企画を持ちかけ、同じように取り消した女性編集者だった。


5年前、彼女の元で私は恋愛自己啓発本の原稿を書いていた。
出版エージェント、と名乗る人づたいで出会ったその人は、会うなり開口一番「100万部売れる本を書いてください!」と言った。
当時、私は駆け出しのフリーライターで、出版の知識なんかまるでなくて、突然声をかけられたことに気持ちが高ぶっていた。
まだブログが少しだけ人に読まれ始めたくらいの頃で、自分の書くものに全く自信なんかなくて、編集者さんの言うことは全部聞かないといけない、と思っていた頃だった。
いきなり100万部と言われても、何を書いたらいいかわからない。特に向こうから何か提案があるわけでも、企画の骨子があるわけでもない。「出版エージェント」が具体的なアドバイスをくれるわけではない。
オロオロしながら、とにかくこの人が満足するものを書かなければ、というプレッシャーの中、必死で短い原稿を10本ほど手探りで書いて持って行った。
原稿を送り、帰って来たメールには「面白くありません」とあった。
本当に、原文ままで最初にそう書いてあった。
それを見た途端、ひっ、と息が詰まって横隔膜がせり上がり、呼吸ができなくなった。
どこが面白くないのか、までは、彼女のメールには書かれていなかった。具体的にどう直したらいいのか、どんな内容を書いたらいいのか、何を主軸にしたらいいのか、全くわからなかった。
パニックになりながら、それでも「彼女に気に入られなければならない」というプレッシャーの下、めちゃくちゃにバットを振り回すみたいにして何本も原稿を書いた。彼女が親身に企画の中身について相談に乗ってくれることは一度もなかった。その「面白くない」というメール以外にもモラハラまがいのことを言われたりし、私の自信はますますぺしゃんこになった。
そのうち、大約すると「うーん、イマイチなのでやめます」というメールとともに、その企画はなくなった。もう一回書き直させて欲しい、やり直させて欲しい、というメールを送ったが、無視された。

その日から2年間、ずっと眠れない日々が続いた。最初の著書「傷口から人生」を書いている最中も、彼女の言葉がリフレインして苦しかった。苦しみながら新しいエッセイを書き、読んで褒めてくれた人々のおかげで、ようやく私は彼女の呪いから抜け出すことができた。

今回のことがあって、久しぶりにそのことを思い出した。

彼女と(一時的にでも)仕事をしたおかげで、できるようになった事もいくつかはある。信頼できる人、できない人を見分ける力がついたし、甘い言葉をかけてくる人の中には使い捨ての人形みたいに新人作家を見ている人もいること、自分のやりたくない企画には決してイエスと言ってはいけないことを知れた。けど「だから彼女と関わってよかった」とは一ミリも思わない。あの時の経験が自分の人生にとって必要なものだったか、と聞かれたら、100%要らない経験だと答える。

あの時の「面白くない」という言葉はずっと、棘のように心に残っている。


批判は人を育てない。

私が今、「身体を使って書くクリエイティブライティング講座」で参加者の方に繰り返しそう伝えているのは、この経験がとても大きく影響している。

批判されると、人は縮む。心だけじゃなくて、体も。筋肉がこわばり、呼吸が浅くなり、脳に酸素が行き渡らなくなる。その経験は筋肉に蓄積され、ずっとずっと、後まで響く。

相手の作品をより良くするためのフィードバックだったらいい。でも、たいていの場合、批判をする人はそんな風には思っていないし、当然「批判を受けたのちに、自力で改善するのはクリエイター本人である」という意識も持ち合わせていない。

不要に心に生傷をつけて、そこから先、相手がクリエイティブなもの、新しいものを生み出すようになる可能性って、私はないと思う。

書くことを覚え始めたばかりの書き手なんて、特に、生まれたての雛みたいなものだ。その生殺与奪を握っている母鳥みたいな相手から、適切な改善処置すら提示されずに批判されるのはすごく苦しい。

最近、知り合いのライターさんが本を出すことになった。彼は今ではyahoo!オーサーとして凄まじい月間PV数を誇り、人気の方なのだが、彼も数年前、的外れな書籍の企画をとある編集者さんに提案され、心ない言葉をかけられながら苦しんで原稿を書き、結果、本が出なかった、という話を聞いた。書く力のある彼ですらも最初はそんな経験をしているくらいだから、運悪く、人を育てる気のない相手と組んでしまい、結果として消耗してしまう書き手はたくさんいるのではないかと思う。

面白くない原稿なんてものは存在しない。

才能のない書き手なんていない。

ただ、能力の伸ばし方と書き方が自分で分かっていないだけだ。

人の才能は植物みたいだ。柔らかくて奔放で、伸びたい方向に伸びる。うまい具合に咲かせようと思ったら、水をやり、光を当て、いらない葉は刈り取り、暑い日には影を差し、栄養をあげて、「美しく育てよ」と声をかけ続けないといけない。

そういう環境が用意されている人間ばかりじゃないのは分かっている。能力を伸ばす方だって、大変なのだ。ナマものを扱うって事は、未知の世界を扱う事と同意義だから、そりゃエネルギーもいるし、プレッシャーもかかる。ただ、もしもあなたが誰かの能力を伸ばしたり、クリエイティブな作品を書かせたいと思ったら、やみくもに批判を(冬の寒いプランターに植えられて、そこでわざわざ芽を出そうとする植物があるだろうか?)するのはやめて欲しい。伸びる力のある人間ならもちろんそこでも育つけど、確実に歪む。痛む。何も良いことはない。

安易な批判を跳ねのけるだけの朗らかな精神を身につけることはクリエイターにとって必須で、けど、できれば、彼らのそばで伴走する人間は「批判は人を伸ばさない」ということをよく分かっている人だといい。デビューしたての若い作家を担当する編集者さんは、願わくば、自分の言葉がその人の人生を左右するかも、ぐらいの気持ちで接してあげてほしいし、自分がかけられたい言葉をかけてほしい。

私はその後4冊の本を出したけど、一緒に作ってくださった編集者さんたちはとても真摯な方ばかりだった。今回出した長編小説「メゾン刻の湯」の担当編集者さんも、3年という長い期間、途中で何度も折れそうになる私に粘り強く付き合い、問題があれば解決に向けて時間を割いてくれた。企画がうまく進まなくなった時、迷った時、ちゃんと正面からぶつかって話してくれ、じっくりと原稿に向き合ってくれる人が側にいて、本当によかったなと思う。


で、表現をする側の人間はというと、ためらうことなく「批判」から自身を遠ざけてほしい。批判してくる人間からは、全力で逃げて欲しい。

批判と適切なフィードバックは違う。フィードバックのfeedは「食物[えさ]を与える; 〈子供・病人などに〉食物を食べさせる; 〈赤ん坊に〉授乳する」の意。自分の栄養にならなそうなものを、わざわざ口に入れる必要はない。不味いかどうかは感覚で分かるはず。「お前のため」と良いながら、栄養のないものを与えてくる人間からは距離を取って、自分に餌をあげる方法をできるだけ早く見つけ出すこと。「批判は人を伸ばさない」ことをよく分かっている人間を、作品作りの伴走者に選ぶこと。

(ちなみにこの「批判」の中には「自分への批判=謙遜」も含まれる。イメージ通りのものを作るための客観的観察と、出来上がってからの「自己批判」は違う。自分を批判しているうちは、適切にあなたの持ち味や魅力を伸ばしてあげる事ができない。あなたを伸ばそうとしてくれている人の言葉にも、耳を傾けられない。自分を批判するのをやめる事は、成長するための一番の近道なのだ。)

私たちは批判されることに慣れ過ぎていて、その環境の中で、どうにかしないといけないと思っている。でもそれは間違いだ。自分をどうか温かい春の日なたのプランターに置いて欲しい。滋養ある言葉をかけてくれる人を探して一緒に作品作りに取り組んで欲しい。今いる場所が全てだと思わないで欲しい。何一つ損することはない。伸びる能力は環境さえ変われば必ず伸びる。勇気を出して、そういう環境に身を移すこと。

自分の才能を守れるのは、自分しかいないのだから。


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私が最初に出したエッセイの担当編集者さんは、とてもフィードバックの上手な人だった。

彼はもともとリリーフランキーさんや天童荒太さんなどを担当している方なのだが、私は彼に「読ませる文章」を書くことにおいてはすごく育ててもらったと思っている。

ここから先は、彼の原稿に対するフィードバックのやり方についてと、彼がまだ企画が何も始まっていない段階の時に送ってくださった「口説き(※編集者的な意味で)」のメールを掲載しています。これを読んで、私は「傷口から人生」を書こうと思ったんだよな。

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本を書き始めたばかりの頃、まだ原稿を提出すること自体が不安でしょうがなかった私にとって一番心強かったのは、

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