おめでたさの亡霊と「愛がなんだ」

 何がおめでたいのかもよくわからないのに、おめでたいと言う雰囲気だけが亡霊みたいに漂っている令和初日の新宿の街を歩いて角田光代さんの「愛がなんだ」の文庫本を探す。どこの書店も品切れ。発売から10年以上経って映画化して入荷3週間待ちってすごくないですか。

仕方がないので吉祥寺に移動。アーケード入口には「令和」とでかでか書かれた看板が掲げられていて「嘘でしょ」という気分。なんつーか「え、お前、普段サッカーに全然興味ないでしょ」って感じなのにワールドカップの初日に日本代表のユニフォームを着て登校してきたクラスメイトを見てしまったような気持ち。

おい、吉祥寺、そんな奴だったのかよ。もっと安心して梅図かずおがウロウロできる街であってくれ。

しかし実際の街は雨のせいもあってか薄暗く、ジメジメとして、人気も少なくまるでゴーストタウンのよう。ドラッグストアと電気屋とパチンコ屋だけが令和、令和と連発しておめでたさを煽るものの、街ゆく人は「はいはい、その手には乗らないよ」っていつも通り気の抜けた感じで歩いていてその事に安心する。

ルーエとブックファーストと有隣堂を覗いても「愛がなんだ」は無かったので仕方なくKindleで買う。やっぱりKindleで読むと何かが違う。10年前と同じでどうしても紙で読みたかった。

一番最初に読んだ時にはまだ大学生で、暇つぶしみたいな恋愛しかしたことがなかったので

「変な話。私は絶対にマモちゃんみたいな男には惹かれないし、テルコみたいな恋愛はしないし、すみれみたいにもならないぞ」

と思ったのだけど、しかしその後の10年で飽きるほど恋愛をしてみて分かったのは、どんな男の中にも一定数の”マモちゃん”成分と”ナカハラくん”成分があるということ、さらには私もやっぱりと言うかなんと言うか、その時々の相手や関係性によって、すみれになったりテルコになったりするということだった(今のところ、すみれになる方が圧倒的に多いけど)。

どちらかと言うと相手はナカハラくんみたいなタイプの人が多かったけど、記憶に残るのは守みたいな男、けど最終的に守だと思った男がナカハラくんみたいに泣きながら追いすがってくる事もあったし、最初にすみれを気取っていても最後には私がテルコみたいになって、相手を嫌いになったわけではなくてもテルコみたいな自分が嫌すぎてさっさと別れたりもした。 

結局のところ、プライドの問題ではないかと思う。 


プライドが高い方が相手を振り回すし、プライドの低い方は振り回されてやる。けど最終的にはどちらが幸せなのかよくわからない。 

一番共感するのは葉子で、それはもちろん、お父さんがいないからこそひねくれる、という一点のみにおけるのだけど、でもこの葉子だって恋愛をしているとは言えず、結局のところ、全員が「恋愛」してるわけじゃない、何と無く寂しいから側にいる、そんな形のないぼさっとした群像小説、すごおく心が動かされるわけじゃないけど、何と無く心地が良く、多くの人に好かれる理由もわかるな。「愛とは何か」みたいな重い結論も出さず、「恋にうきうき」でもなく(どちらかというと苦しさの方が優っていて)、最終的には「愛がなんだよ」みたいなの、令和の時代に合ってる、と思う(個人的には、この本を探す途中で見つけた山本文緒さんの「恋愛中毒」の方が好きだけど)。

映画もとても良いと聞いたけど、現在は異常なくらいの人気らしいのでもう少し後から見よう。


5月某日

 件のカイロの先生のところへ。

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小野美由紀

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それでもやはり、意識せざるをえない(小野美由紀のマガジン)

作家小野美由紀によるエッセイマガジンです。タイトル通り "それでもやはり、意識せざるをえない” 物事について、月に5-10本程度配信します。日々のエッセイ、恋愛、性愛、家族、また書くことについて、作家という職業について、ジャンル問わず本気でおすすめしたいもの・こと、お店、本...
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