『魔王都市』読んだ 23/07/22

魔王都市、皆は読んだか!? おれは読んだので感想を書こうと思う。ネタバレ少しはある。


全体の感想

まず結論から言うと、すごく面白かった。そして、読む前に想像していたのとは違う面白さがあったのでいい意味で面食らった。
『勇者のクズ』『勇者刑』はバトルものとして面白いのはもちろん、連載作品として追っていく楽しさがあった(新参者なので勇者のクズに関してはまとめて読んだけど)。短いスパンで少しずつ情報が出されていって、その度タイムラインで盛り上がったり一喜一憂する雰囲気も込みで没入していた面も確実にある。
『魔王都市』は新作読み切りであることを意識したのかあえて逆手に取ったのか、前半で出た情報が後半の謎解きパートでフェアに扱われていたり、予め出ている情報を精査すれば解決編を待たず真相にたどり着くこともできるようになっていたりと1冊の書籍としての完成度が高かった。ファンタジー作品ではあるから純粋にミステリといえないかもしれないけど(これを安易に言うと刺客が飛んでくる)、そういうクローズドな楽しみは確実にあって、エンターテイメントの引き出しの多さを感じられてよかった。推理する気で読んでなかったから「あっあっ、最初から考えさせてください!」ってちょっとなったけど。よくよく考えれば連載作品以外でロケット商会先生の小説を読むのは初めてなので、シンプルにそういう経験を出来たのは嬉しかったと言い換えても良いかもしれない。

設定の面白さ

魔術の設定が込み入っているようで現代人には理解しやすく、かつ斬新さも感じられるようなものでここは従来のロケット商会節といったところ。でも「個人の認識の拡張」(勇者のクズ)、「かたちを持ったルール」(勇者刑、ウィッチ殺竜)とは少し趣が異なる。魔術はまさにプログラムそのものといったな普遍的な道具で、それを演算するコンピュータを生来備えているか外付けで補っているかという違いしかない。ある意味ですごくハードモードな世界というか、目に見える力へのハードルが低めというのは治安の悪さに繋がっているようで面白かった。
治安の悪さといえば魔王都市はそこが売りで、犯罪率が高いとかそういう問題じゃなく魔族は価値観が全然人間と違うし、実際に見下すだけの理由もあるという根本的な問題がどうしても存在している。だからこそ『法』という後付の不自然なルールを理想として掲げるアルサリサと、『仁義』という今は失われた、リアルな暴力の前では吹けば飛ぶような精神性を掲げるキードが眩しく見えるようになってるんですね。

キャラクターの魅力

勇者の娘アルサリサはロケット商会特有の話を聞かないヒロインかと思いきや、後半は立派な探偵役として理性的な振る舞いを見せることで既存のファンを驚かせてくれる存在になっていると思う。合理的であろうと自分を律している存在だからこそ「人間の武力を増し、魔族に対して均衡を図る」という理想を掲げているのは、理想主義の甘ちゃんに描かれやすいこの種のヒロインとは一線を画していて、多様な価値観や自決権を重視するからこそ物理的なバランスが大事なのだという一周回ってきているヒロイン像に仕上がっている。日本に生きている我々がちょっと諸手を挙げて賛成するのをためらうくらい、現実に打ちのめされてそれでも諦めていない強い女だからこそ魔王を目指すキードの眼鏡にかなうという構図も運命的でワクワクする。

もう一人の主人公キードは飄々としているが、本当は世界そのものへの反骨心に満ち溢れているキャラクターだ。ほとんどすべてのものが憎たらしいからこそ、ヘラヘラと昼行灯を気取るしかない状態になっている。『目的さえ明確ならそれを成し遂げる』というキードひいては4課の性質は、やり場のない怒りと暴力性をギリギリで律する戒律のように思える。キードが時折見せる過度な残酷さからは、世界そのものへの憎しみを感じてしまう。混血という生い立ちから考えると、まず人間の片親から排斥され、強さを価値基準とする魔族からも排斥された過去を想像するのは容易だ。家族愛を語り人倫を尊ぶ人間社会から体よく弾かれ、魔族のシンプルな価値基準にも当然馴染めなかったキード(そして名も無い混血児)たちは、真逆の価値観2つから爪弾きにされて行き場をなくしてしまう。そんなどん詰まりで『仁義』という新たな希望(ロケット商会作品の最重要ワード)を見出した魔王は本物のヒーローだし、それを曲解している輩をキードはめっちゃ許せないんだろうなと思う。今はもう本当には存在していない『希望』のためにキードは戦えるのか、そうしてどんな魔王になるのかという観点で楽しめるのはロケット商会既存ファンのメリットのはず。

あと単純な個人的お気に入りは《月虹會》主従! 私は勇者のクズなら嵐の柩卿、勇者刑ならフレンシィ・マスティボルト嬢が激大好きなので《夜の君》イオフィッテ様を好きにならないはずはないのだが、イオフィッテ様は「誠実」という(曲解された)思想のもと短絡的な行動も取るから面白い。めちゃくちゃ強く、底を見せていない感じと同時にしょうもない雑魚キャラみたいな毒入り紅茶作戦なども展開してくれるから目が離せない。幹部のラズィカも、完璧メイドみたいな見た目をしていながら全然そんなことはなく、めちゃくちゃ武闘派で全然話が通じないし、能力も拠点防衛向きじゃないけど主から引き離せないなあ……と持て余されている感がアリアリで面白い。僭主七王たちは魔族の性質上合理的に動ききれない面がそれぞれあって、ただ有能なだけじゃない魅力があって好きだ。まだ未登場の王たちも2巻以降で活躍してほしいな……。

今後への期待

未登場の王たちもそうだけど、アルサリサとキードそれぞれの理想が何処に向かうのかという大きなテーマも気になる所。アルサリサはまだ自分の理想を浸透させていく下地が全く出来ていないし、まつろわぬ者たちを基盤にしているキードの理想も危うい印象を受ける。
彼らの道行きに奇跡が起こることはないんじゃないかという気がする。なぜならそれはもう起こっているからだ。排斥された混血児たちの中にあって、融和と協調と力の全てを兼ね備えた理想を見出した魔王ニルガラと、人によって作られた存在でありながら自らの意志でその力を制御し、魔王との和解を成し遂げたヴィンクリフ・タイディウスの出会いこそこの世界にたった一つ起きた本当の奇跡だと思うからだ。その証明が魔王都市とも言えるはず。
だからこそアルサリサとキードは完全無欠のスーパーハッピーエンドではなく、交渉と小競り合いの果てにある血と汗と涙と努力にまみれた平和を目指していく必要があるんじゃないかとこの1冊を読み切って感じた。
二重スパイに関してアルサリサが全く知らされてなかったこととか(後から問い詰められてもアルサリサの直情径行を理由に言い訳できそうなのが逆に怪しい)、勇者の聖剣を量産するという冒涜的な計画がまかり通ってることとか、人間側も魔族側と同じく一枚岩ではなさそうなのが自体をより難しくしているよなとも思いつつ、1冊での完成度をこれだけ高めながら続編もしっかり匂わせる抜け目ないところもニクいねという結論で感想を締める。

2巻楽しみにしてます!!!! 以上です。

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