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ドットコム起業物語~蹉跌と回生のリアルストーリー

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90年代終わり。いまや伝説となったビットバレーに飛び込み起業した20代の青年がバブルの波に翻弄されながらも楽天へと企業売却するまでの、蹉跌と回生のリアルストーリー。 起業におい… もっと読む
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#自伝

第3話 GEとオラクルと俺

←第2話 2000年2月。日経新聞の朝刊に記事が出た途端に、僕らの会社はモテ期に突入します。メディア関係、ベンチャーキャピタル、人材紹介や派遣関係者、リクルート。それからリクルート。あとはリクルート。色んな方々からのメールや訪問が舞い込みます。 「うちと組みませんか。講演してくれませんか。会に参加してくれませんか。」このタイプの甘美な誘惑は、なりたてホヤホヤで目立ちたがり屋の若手社長(オレ)から「時間」と「謙虚」さを徐々に奪っていきました。 流石にちょっと経験すると、講

第4話 それはノイズか、シグナルなのか

← 第3話 その年の、ゴールデンウィークをどう過ごしていたかは、あまり覚えていません。 連休突入前、我がプロトレード社内は、GEとオラクルからの2億円ゲットのニュースに沸き立っていました。創業メンバー4人と、社員1人。あとはアルバイト2人ほどでしたでしょうか。それぞれが、次のステージへと進めることに、安堵感と期待感を持って、連休に入ったと思います。 Protrade.ne.jpは、ネット上で簡単に相見積もりがとれて、地域の離れた企業同士でもビジネスができる、会社と会社の

第5話 光と音の残像

←第4話 その時の会話は、ほとんど記憶に残っていません。 いや、むしろ人間が持っている、心の防御本能が作動して、「強制的忘却」というプログラムが走ったのではないか。とも思います。 しっかりと覚えているのは、その時の光景と、その方の声です。心に負荷がかかると、光と音を、僕は記憶するタイプなのかもしれません。 光 - プロトレード 社は「ピジョン松涛」(鳩さんかよ)という、渋谷bunkamuraを、少しすぎた先。松涛のお屋敷街の入り口にあるビルの、3Fに小さなオフィスを構

第6話 ショートライド

← 第5話 サーフィンをやる方は共感していただけると思いますが、波乗りはビジネスにたくさんの示唆を与えてくれると思います。 一番岸から離れた、波が割れ始めるポイントからうまく乗れた人は、岸辺までのロングライドを楽しめます。アメリカ(シリコンバレー)経済はその波を、95年8月9日のNetscape上場の日から、がっしりと掴み、ライドしはじめました。 日本では、その頃、孫さんはゲーム卸事業から転換し、96年にYahoo! Japanを創業。目ざとく波を掴まえはじめます。

第7話 超せない夏

← 第6話  陸上の5000メートル競技で、トップを走っていたランナーが、残り1周あったのにゴールだと勘違い。ガッツポーズでウィニングランに入ったが、間違いに気づきトラックに戻るも時遅し... この動画が僕に語りかけてくるポイントは、「五輪メダリストでもこんなミスをするんだ」ではなく、彼が間違いに気づいてから、走り直した後のスピードです。 身体は向かおうとするのですが、脳が切り替わっていないのです。 「あと一周残っていると気づいて、走り直したとしても、ゴールに到達した

第9話 ビンテージデニムの男

← 第8話 当時の、日本のベンチャーキャピタル(VC)業界は、昨今の姿に比べれば、少し滑稽な状況だったのかもしれません。 普通に考えれば、VCも金融サービスなので、行動原理はおおかた同じ。であるはずなのですが、まだ業界が勃興期で経験不足だったということもあったのでしょう、誰もかれもが外資ファンドのように手仕舞い。または、賢く引き締めをした訳ではありませんでした。 実際には、投資といいつつ、融資のような感覚(と、手法)で業務にあたられていた、オールドスクール派のVCも多か

第25話  損失の嫌悪

← 第24話 新宿駅西口から、パークタワーに向かう道すがら。地下歩道の通路沿いには、ブルーシートがたくさん連なっていました。そこに人の気配はあるような、ないような。季節は秋。だんだんと肌寒くなってきました。 その先にそびえたつ、3連の特徴的な高層ビルが、今日の目的地です。僕たちプロトレード の3人は歩きながら、こんなことを話していました。 小野:ここのブルーシートの中の人たちは、きっとあのビルで働く人達のこと、裕福で、幸せなんだろうな。羨ましいな。って思ってるよね。

第26話 均衡のスコアカード

← 第25話 クレイフィッシュ、楽天、ICGから、僕らプロトレード 社への、具体的な買収提案の条件が出揃いました。簡単にスコアカード風にまとめると、こういう感じ。 会社の発展性  : 1.楽天、2.ICG、3.クレイ 株式買取評価額 : 1.クレイ、2.楽天、3.ICG 給与      : 1.ICG、2.クレイ、3.楽天 こう並べてみると、どこが明確に良いとは言えなくて、立場によって意向が変わるであろうことは、ご理解いただけると思います。 時計を今に戻し、現在の楽天

第27話 悪魔のささやき

← 第26話 午前中に、プロトレード役員へのヒアリングを終えた僕の、次のターゲットは、一般社員とアルバイトです。 ネクストバッターは、一号社員の、相川くん。 彼は、僕の大学時代のスキークラブの後輩です。創部以来25年以上、男子だけという、超硬派な体育会系クラブで、パワーハラスメントの総合デパートのようなところでした。 ちなみに、僕も相川くんも、入部した理由はシンプルに、 「うちは学内10サークルの大会で5連覇。強いから、モテる。」という話と、 「お前な、サークル内

第28話   陽のあたる道

← 第27話 数えきれない自問自答をくりかえすことが、人間の成長には欠かせないことだと、信じています。 会社を立ち上げて以降、サラリーマン時代とは比べものにならない量の、自問自答を重ねてきたことは確かでした。 気がつくと会社のことを考えている。寝ていても会社のことを考えている。起業を意識し始めてから、そんな状態に至るまでは、意外と短いものです。 (ちなみに、サラリーマン経験がないままに、経営者になる人は、どうして社員は、自分のように思考を重ねられないのか、不思議でしょ

第29話   完全感覚のドリーマー

← 第28話 あかねさんとの、ほろ苦い再会を果たしてから、まもなくだったと思います。翌日とか、そんな感じ。 僕は神泉の駅から3分ほどにある、ガラスとコンクリートでできた、一風変わった低層ビルの一角にある、NetAgeのオフィスに出向いていました。 NetAge社は日本ではじめて、インターネット事業に取り組む起業家を、大量に育てていくことを、事業の目的とした会社でした。 インキュベーターという耳慣れない言葉とコンセプトをアメリカから輸入し、時代の風を受けながら、ノリとカ

第30話 決戦の朝

← 第29話 交渉ごとに強くなろうとするなら、結局のところ、経験をたくさん積むしかない。ということが、本当のところだと思います。ただ、ベースとなる考え方については、先輩から学べることは多いのではないでしょうか。 我がプロトレード 社の、売却交渉の大詰めの局面。ここから収束させていこうという場面で、株主のNetAge西川さんが、大戸屋でご飯をおかわりするくらいの無邪気さで放った一言は。 「もっと楽天さんに、出してもらおうよ。ダメなら孫さんのところ行けばいいじゃん」でした

第31話 Infinite Loop

← 第30話 中目黒駅から、楽天ビルまでは、だいたい15分くらい歩きます。山手通り沿いを目黒方面に進むのですが、通りから一本東側にある、目黒川の近くを通る小道の方が、ずっと落ち着いて歩けるので、そちらにしました。 僕の中では、ずいぶんと暑い日だったように記憶されています。 9月末だったので、まだ夏の湿気と太陽が残っていたのかもしれませんし、ただ単に、自分がホットに上気していただけかもしれません。 まだ時間は十分にありました。 わざとゆっくりと歩きながら、この後のミーテ

第32話   突入

← 第31話 腕時計を見ますと、アポの時間になりました。 もう、逃げられません。進むしかない。 開き直ったのでしょう。考えても仕方がないと。 このタイミングで、頭の中の無限ループは止まり、何かのスイッチが入りました。 目の前にそびえ立つ(実際は低層ビルですが)銀色のビルは楽天。Shopping is Entertainementというタグラインを掲げている割には、全くエンターテイメント性を感じない、質素で無愛想なエントランスが、威圧してきます。 その圧は三木谷さんと