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第12話 将軍との邂逅

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ふと、オフィスで顔を上げると、高めのヒールを履いて、さらに長身となった、戦闘モード全開の佐藤さんが目の前を塞いでいました。

おっのぽーん。広告、売れましたですわよー。
ぬほほほ。

プロトレード 社に、はじめて売上が立った瞬間でした。どうやって売ったのかは今もって謎ですが、できたてのウェブサイトのバナー広告が、いい値段で売れたのです。インプレッションとか、クリック単価とか、ちゃんと割り出したら、ありえない金額で。

ここで、「優秀な部下が成果をあげ、してやったりとほくそ笑む、俺」という、ビッグガイ的な逸話を書きたいところなのですが、実際にその時に僕が覚えた感情は、「やば。俺のメンツ立たないじゃん」という焦りの感情でした。

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プロトレード 社は、当時のスタートアップに珍しく、比較的高学歴で、上昇志向の強い人たちの集団だったと思います。それを意図して採用してきたところがあるので、狙い通りではあるのですが、割とメンバーの精神が独立していて、明確な上下関係をつくるのは難しいチームでした。

学生アルバイトだった、小川さん、白木原さんなんかも、1号社員の相川さん(もともとは大学の体育会的スキークラブの後輩。せっかくコンサルティング会社に入ったのに、一年たたずして、僕の会社に参画。)の指導が色濃く、ニヒルな毒を、いたずらっぽく吐く高度なコミュニケーションが、すっかり得意になっていました。

会社の調子が良い時でしたら違ったのかもしれませんが、この時期は特に自分に余裕がなかったので、「オノさんそんなのダメっすよー。笑」「えー、そんなことも知らないんすかー。笑」みたいな、チームからの軽い冗談やイジリに対して、僕はいちいちイラっと反応していたと思います。

結局は、自分自身の強みや役割を、自分がちゃんと認識できているかどうかでしょう。自分に自信と余裕があれば、弱みを出すこともできます。チームで補って成果を出すことの素晴らしさを、余裕をもって受け止められるのだと思います。しかし、この頃の自分は、全くもってInsecureでした。

たった5人の社員と派遣エンジニアの小所帯でしたが、僕は、早くも組織運営に手こずりはじめていたのです。

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やったことが無い事で壁にあたったとき、やれることは、人に相談するか、本を読むか。かなと思います。僕も愚直にそれを実践していましたが、この問題については人に相談するというより、リーダーシップ関連の本を随分と読みこんで、解決しようとしていました。

この時、本屋でビビッときて購入したのが、「パットン将軍式 無敵の組織」という、実にアナーキーな本でした。(僕は、こういう極端な選択をしがちな悪い癖があります)

当時のノートに、心に響いたポイントが大量にメモされていました。こんな調子です。

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統治せよ。しかし独裁するな。
将軍は決して、ためらい、落胆、そして疲労の様子を見せてはならない。
過剰なほどの自信を持たなければならない。常に攻撃あるのみ。
チームは一体でなければならない。協調性のない者は、いかに優秀でも排除せよ。
闘争の哲学をもて。前進せよ!

そして、パットンが求める、リーダーシップの必須条件は、こうでした。

1. 戦いを好むこと 
2. 性格の強さ
3. 確固たる目標
4. 責任感
5. 活力
6. 健康

奮い立ちましたね。俺。これだと。
進め、プロトレード 軍!

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ピジョン松涛ビルの、プロトレード オフィス。一階下は預かり保育園のようなところで、日中はホンワカした空気が流れています。

将軍モードの俺は、意を決し、メンバー全員の集合をかけました。

ビシっと言ってやりましたよ。

「これからは、なぁなぁの経営から卒業する。皆、自分のことを、今日からは社長と呼びなさい。あと、毎日業務報告をするように」


...響きませんでしたね。
なに言っちゃってるのーって、軽くあしらわれてしまいました。

気分はパットンですが、結局はオノッチでした。

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これが、その人にとって、フィットしないアドバイスを聞くこと。間違ったチョイスの本を読むことの、怖いところです。

今でも肝に銘じたいのですが、人の本質はそんなに簡単に変わらないし、似合わないことは、やるものではないのです。

恐ろしいことに、このときの僕は、会社経営をしながら、自分に何が似合わないかを、探ることからはじめていたのでした。

リーダーシップは、ゲームソフトのようにインストールしてプレイできるもんではないんだなと、27歳の僕は学んだのです。

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