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第36話 畳の上の邂逅

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三木谷が帰っていると思います。
ちょっと顔を出していきませんか。

すっきりした表情の山田常務が、おもむろに僕を誘いました。その段取りは、事前に準備されていたのでしょう。

既述の通り、三木谷さんとの予定がアレンジされていることは、秘書さんからアクシデント的に聞いていましたので、僕は十分に心の準備ができていました。あの男との、邂逅です。


楽天中目黒オフィス5Fの作りは少し変わった作りになっていました。

エレベーターを降りてフロアに足を踏み出すと、扉が二つあります。

左手向かいの扉は、社長室メンバー・秘書らが働く部屋へ。

右手の、目黒川寄りの扉からは、僕らが交渉していた、大会議室へ。

その両方の部屋から先は、さらに一つづつ扉があり、同じ部屋へ通じていました。

そうです。三木谷社長の、社長室です。


山田常務が、その奥の扉を、ゆっくりと開け、私たちは中に足を踏み入れました。

おー。小野さん。どうもどうも。三木谷です。

前回お会いしたのはいつでしたっけ。

社長室のすみに、どんと置かれた質素なテーブルから立ち上がったのは、ヒロシ・ミキタニ。その人でした。

堂々たる体躯。快活な表情。
部屋全体に、この方特有の、剛のエネルギーが満ち溢れていました。

おもむろに、澁谷さんが、交渉の経緯と、ディールの成果を、説明しはじめました。三木谷さんは、おお、そうですか。と嬉しそうに聞いています。

僕はというと、横目で部屋の作りをさっと見て、全てを理解しました。

この部屋は、僕らが居た会議室を通らなくても、裏側から入れる作りになっています。

さっき山田さんが一人、中座した際は、ぐるっと周って、この社長室に入り、社長と、落とし所をすり合わせていたのではないでしょうか。

僕は、いかにもすべて初めて聞いた風の、三木谷さんの演技をイジりたくなりましたが、なんとか堪えました。

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小野さん、よければ、少し話しましょうよ。

そこの畳部屋でどう?

和室、いいでしょ。

社長室の窓側には、小上がりのような場所があり、畳が敷かれた、和のスペースになっていました。小さな、ちゃぶ台のようなテーブルがあり、4人が座れました。

本格的な茶室というわけではありません。どちらかといえば、マンションの和室かな。

今の二子玉川のオフィスにも、和室のような空間がありましたので、三木谷さんは、本当に好きなんでしょうね。


窓の外には、目黒川が夕陽にあたりキラキラと光っています。両岸の並木が気持ちよさそうに揺れていました。少し先にはゴミ処理場の煙突が、いかにも頑丈そうにそびえたっています。

目の前にも、その、人間としての頑丈さにおいては、かるく超合金超えだろうと思われる、その男が、そびえたっていました。あらためて間近に座ると、その眼力の鋭さに、威圧されます。

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三木谷さんは、その風貌とオーラに反して、外部の人に対してはとことん誠実でありながら、くだけたコミュニケーションをとる方でした。

もともとシャイな性格なのを隠そうとしてか、わりと冗談を言ったり、バカ話をするのが好きです。

その日は、それにしても驚くほど、ご機嫌で、饒舌でした。

いやー。よかったよかった。

これからの楽天市場は、多角化が鍵だよ。
プロトレード さんとの、B2B事業。大きなステップになるね。

市場の店舗さんが使い出せば、あっというまに大きくなるよ。10万アカウントくらい、すぐいくだろうね!

B2Bの市場は、本当に大きいから。楽しみだよ。
それに僕らが踏み出せるのは、意義は大きい。
それから、これからの楽天には、
小野さん達みたいな、アントレ精神あふれた、
優秀な人たちが必要なんですよ。

次の世代のマネージャー層。うちで言うと部長クラスに、これから上がってゆく層だね。
そこが圧倒的に足りない。

みなさんには、大いに活躍してもらうよ!


伝説の起業家が、僕らと一緒に仕事をすることを喜んでくれている。それには、ちょっと高揚感を覚えました。

ただ同時に、その過分な評価には、気持ち悪さも感じていました。

前回会った時は、それほど僕らを買っていたようにも思えませんでしたし。

B2B市場に対しても、リップサービスが過ぎるなぁと。

また、なぜ三木谷さんが、最後の交渉に出てきてくれなかったのか。

そこも引っかかっていました。あまりこの人にとっては、僕らのことは大事じゃなかったのではないかと、訝しむ気持ちがあったのも確かでした。

とにかく、おもてなしをして下さったのは感謝でしたが、その時の僕の中では、本当に複雑な、様々な感情が渦巻いていたのです。

僕は、うやうやしく感謝の弁を述べ、社長室をあとにしました。

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その後、振り返ると、山田常務は、楽天に入社されて、間もないこともあり、Infoseekに続いて、この、プロトレード社のM&Aを、自分で仕切って、決めきることに重きを置いていたのだろうな。と思います。

三木谷さんも、興銀の将来の頭取と言われていたプリンスとして、山田さんを、本当にレスペクトされていましたし。

途中で踏み込んで、最後は結局社長が決める。となると、山田さんをディモチベートするのではと、気を遣っていたのではないでしょうか。

今でも変わらないようですが、入社後の大物に対して、ハネムーン期間は、やたら気を遣うのが、三木谷さんの習性なので。


それから、つい先日、このnoteを見て感想をくれた、とある方(匿名希望)から聞いた話によると、まさにこの交渉の日の夜、三木谷さんのベンツに同乗をされたらしいのですが、その際に、

おまえ、内緒だけどな。これからはB2Bだぜ。マーケットでかいぜ。いいメンツだぜ。

と、三木谷さんは上機嫌で語っていたそうですので、必ずしもリップサービスではなかったのでしょう。(そういうことは、当時すぐに教えてもらえるとよかったのですが。)

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