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第20話 大ボスの謀反

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「あんた、どうして起業したんだ」

川野さんからの執拗な問いがトリガーとなり、意識は飛び、瞬間的なフラッシュバックが始まりました。

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時計を巻き戻します。僕の最初の勤め先、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)のオフィスは、青山一丁目から青山通りを少し、カナダ大使館方面へ歩いたところにある、日本生命さんのビルにありました。外資コンサルティング会社が、投資銀行と並んで学生人気就職先ランキングに頻出する、さらに前の時代です。

ACは不思議な会社で、社員の大半はクライアント先に張り付きになるため、ほとんど本社には人が居ない会社でした。しかし、私は戦略チームという、特殊なところに所属していたため、多くの時間を、そのガラガラの自社オフィスで過ごしていました。一人一人にブースがあり、なんともザ外資なオフィスですが、心なしか汗臭い香りがただよっていました。

自分は97年の入社。新卒が100人程採用された年ですが、そのうちの一割、12人が「選ばれた者」として配属されたのが、戦略グループという部署でした。ACが得意な、大規模システム導入コンサルから踏み出して、マッキンゼー、BCGらと、上流でも闘える会社となっていくための集団をつくる。という触れ込みでした。


二年目にもなると、だんだんと会社の意図と状況がわかってきます。ここでの選ばれし者の定義は、経験のない上司が無茶なスコープで仕事を取ってきても、倒れる一ミリ手前まで文句言わずに全力で闘えるヤツ。それで、なぜかそれに僕が選ばれた。というだけでした。

過剰なブラック現場にアジャストできたあかつきには、「ああ、全てがホワイトに見えるよ。なんてここは美しいんだ」と恍惚の表情を浮かべながら、前向きに廊下で倒れて15分程寝る(または気絶する)。という芸を身につけることができるのですが、それこそがまさにエリート集団のエリートたる所以でした。

自律神経失調症と、十二指腸潰瘍が、AC戦略チームの中では、常にトレンド上位入りしていた病気で、頻繁にシェアもされていました。どちらかというと前者は、弱き者の名誉の負傷で、真の強者は後者を患う。というのが通説。その強者は自らを「トゥエルブ フィンガーズ」というコードネームで呼びあうことが、好まれていたようです。

僕も、なかなか自宅に満足に帰れない日々が続いた時期は、前者の病気一歩手前、「地面が歪んで見える現象」を確認できたのですが、それでも、なんとか心の均衡を保てていたのは、先輩コンサルの隙を盗んで、同期の仲間と繰り広げていた、メールでのネット起業のアイデア交換のおかげでした。


当時の僕のクライアントの一つは、日本を代表する家電メーカーの、インターネットサービスプロバイダ子会社でしたので、プロジェクトの仕事の中身そのものが、アメリカでのネットビジネスのリサーチだったのは、ラッキーでした。

そこで、毎日のように、巨額の資金調達や、華やかな株式公開のニュースを触れ、成功モデルの分析やトレンドを追いかけていた中、同期の泉くん(その後NYに居を移し金融業で大成功)と、鬼頭くん(プロトレード創業メンバー)との議論は、単なる息抜きを超えて、ヒートアップしていったのです。


そして、運命の99年に年はかわります。相変わらずの知的過剰労働に明け暮れていた、とある日、とんでもないニュースが飛び込んできました。僕らの勤務先の、本国CEOだった、ジョージ シャヒーンが、Webvanという、オンライングローサリーのベンチャー社長に転身するというのです。

彼のWikipedia にこう記述されています。

The move "shocked colleagues" at Andersen Consulting.

ショック受けましたよね。よい意味で。俺たち、コソコソ悪びれながら、起業の策を練ってたけど、大ボスが、ガツンとやってくれだぜ、ヒャッハー。てな感じですよ。

これはもう、やるしかないねと、泉くん、鬼頭くんと、興奮しながら深夜に牛丼を食らっていたことを覚えています。

僕らには、強い焦りがありました。仕事があまりにキツかったということもありますが、どちらかと言うと、ネットという未知の新大陸が忽然と現れたいま、一刻も早く、旗を立てにいかないと、他の人に取られてしまう。という焦りが強かったと思います。

(これは、極めてただしい認識でした。この時期のFirst mover advantageは、かなりのものでした。唯一の間違いは、すでにもう僕は波に乗り遅れていたことを、理解していなかったことです。

なお、大ボスが転じた先のWebvanは、2年後にUSD 800M の巨額損失と、2,000人の解雇とともに、破産することになります。)


いつ辞めるって言おうか?どうやったら怒られずに辞められるかな。そんなことを三人で話しはじめていた、梅雨時のある日、僕の身に、一つの出来事がおこりました。

奥さんが妊娠していることが、わかったのです。

第21話 →


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