小沼枝里子

演じ手。歌い手。時々モデル。時々化粧師。時々占い師。麻薬のような女、表現者になりたい。

エピソード6「たいせつな」

その日も、またいつかの日と同じように、僕の前には彼の姿があった。
特に何て事のない話をしながら、ギターの弦をつまびいて遊ぶ。
「練習」なんて名目はあるものの、正直大した事なんて一つもしていない。
開けた窓からやわらかく差し込む陽射しと風と、ギターの音。
それだけでいいや、と思う。

向かい側の彼は、その視線を手元に落として、指を懸命に動かしている。
まぁ、大抵は10分くらいで飽きて、煙草を吸っての

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エピソード5「寝息とカラス」

俺は誰も信じない。
誰にも信じて欲しくないから。
神様なんて尚の事でえらい上の方から見定められるのなんかまっぴらだ。
どっか行けよ。切実に。

昼間、神様について聞かれたせいで寝付きが悪い。
珍しく俺も哲学的な波にやられていた。

まぁ、負ける気しないけど。

窓を開けて煙草に火をつける。
吐き出したはずの煙はすぐに部屋に舞い込み部屋中に広がった。

「悪いものに好かれるのか俺は」

少し可笑しく

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エピソード4「月色時間」

「またね」って言葉は、あんまり使った事が無い。
と言うよりも使う相手が本当に限られていた。
ただ、彼女があんまりにも自然に「またね」って言うもんだから。
今考えてみたら、携帯番号を交換するでも無し(まぁ持ってなかったからどっちにしろ無理だったけど)、名前すらも聞かず、「またね」なんていっそ馬鹿げた話でもあったんだけど。
何故だか。
疑いとか違和感なんてものは無くて。

あれから数日経った僕の体はあ

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エピソード3「少女と誰かと探し物」

少女は視線を外さなかった。
見なくてもわかった。
瞳が焼き付いたから。
言い訳も思いつかないくらいの距離。
猫が静寂を裂く事もなく
耳鳴り。
わずかに聞こえた首輪の鈴の音。

足は止まったまま。
夜は嫌いかも。呼吸の乱れもバレやすい。
急にかっこ悪くなって

「こんばんわ」

って言ってしまった。

間違ってない唯一の言葉を出したつもりだが、
少女に自分が場違いだって事実を悟られない事を願った。

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エピソード2「言葉と主観と音」

僕の両目と両耳は

一切の機能を失っていた。

────ような感覚に襲われた。
そう言った方が正しい。
でも、暗くなってから起きた時はいつもそうだ。
開けた瞳は暗闇に慣れず、耳も寝ぼけるのか音にあまりいい反応をしてくれない。
寝た状態のまま何度か瞬きをしてみると、だんだん目が暗さに慣れてきて、天井の輪郭がうすぼんやりと見えてきた。
聴覚もやっと働く気になったのか、家の少し先にある道路を走る車の音を

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エピソード1「ひとりぼっちのかみさま」

正午。
彼の携帯が鳴った。
「………おっと。やれやれ。また徴収だぜ」
言い方から察するに、おそらく会社だろう。
時々、休みの日でもこんな風に連絡がくる事があって、急遽休日出勤を余儀なくされる時がある。
実にお疲れ様だ。

「大変だね」
「ま、繁忙期だし仕方ねぇな」
電話を終えて、ギターをケースにしまい始めた彼に声をかける。
「稼げる時に稼ぐさ」
言って屈託なく笑う顔を、時々眩しいと思う。
多分、僕

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