エピソード3「少女と誰かと探し物」

少女は視線を外さなかった。
見なくてもわかった。
瞳が焼き付いたから。
言い訳も思いつかないくらいの距離。
猫が静寂を裂く事もなく
耳鳴り。
わずかに聞こえた首輪の鈴の音。

足は止まったまま。
夜は嫌いかも。呼吸の乱れもバレやすい。
急にかっこ悪くなって


「こんばんわ」


って言ってしまった。

間違ってない唯一の言葉を出したつもりだが、
少女に自分が場違いだって事実を悟られない事を願った。


「こんばんわ」



少女の声。
耳鳴りとほぼ同じボリュームだけど確かに聞こえた。
なんとなく。
なんとなくだけど
久しぶりに心に言葉が届いた感覚だった。

続けて


「何を探しに?」



そう聞こえた。
色んな言葉を探した結果
出た言葉は



「君は何を探してるの?」


そう答えた。
問いを問いで返す。
卑怯者の常套手段。
その時やっと猫が鳴いた。責めるように鳴いてくれた。

わずかに考えるように首を傾げてから、彼女は笑った。

「あなた」

たった三文字の意味がすぐに飲み込めなくて、僕は言葉を失う。
ただわかるのは、びっくりするくらい真っ直ぐな、彼女の瞳。
その手に抱いた猫と、真逆の色。

「………あなた?」

出た言葉は、やっぱり同じ言葉の聞き返し。
ただこの時は、わからなかったんだ。ほんとに。

彼女はにっこりと、満開に笑う。
「そういう事にしといたら素敵でしょ?」
そうして彼女は「ねー」と、猫の同意を求める。
くすくすと笑いながら、その指で猫の喉をさする。
幼い女の子みたいだ。

何も出来ないまま、何も言えないまま、ただそこに立って彼女を見つめる僕の視線と、彼女の視線がまた重なった。
………本当に、少したじろぐくらい真っ直ぐだ。
人と目を合わすのは慣れてないんだけどな…。
「それで?」
「………え」
「何を探しに?」
「………………僕は」

ちりりん。

「あ」
その時だった。
彼女の手元から、猫が飛び降りた。
しなやかに着地をした猫は、少し毛繕いをして、闇の中へ溶けて行ってしまった。

「………いいの?」
「何が?」
「猫」
「あたしが飼ってるんじゃないから」
「…そうなんだ」

そして、また静寂。
猫を見送って立ち上がった彼女は、僕と同じくらいの背丈と年。
何でだろう。
鏡を見ているような感覚になった。

彼女の呼び声一つ。
「あなたは行かなくてもいいの?それともここに用事でも?」

僕が聞きたいことじゃないかそれ…
僕はとりあえず

「この公園の先に何があるか知ってる?」
と答えた。
すると彼女は
「あの猫さんなら知ってたか…も?」
と真顔で答えてきた。

なんとなくもうわかってきた。
動けないんじゃなくて
動きたくないって。
彼女はどこかアイツにも似たまったく出会った事の無い会いたかった誰かなのかも…と。

「そっか。したら猫追っかけてご飯でも誘ってみるか」

「…グルメな猫さんじゃないと良いね」

クスクスと彼女が笑った。
僕は口元だけ彼女に向けて一瞬ニヤけて公園に入った。
探さなきゃいけない音は鈴の音なのに、耳鳴りと彼女の声と足音と腹の音が良い感じに邪魔してくれた。

暫く記憶に無く公園に戻ったが生き物の気配はしなかった。
不意に
「ミャー」
と聞こえた気がしたけど
それは探してる二つの生き物じゃないから…
すぐに…きっと。
辿る記憶と考えなくても知ってる足。





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