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ベルファストでヴァン・モリソンを観た

 自分が好んで聞く音楽の多くは「黒人音楽」である。ソウルの沼にハマって以来、若い頃から聞いてきたロックなどの白人音楽からは耳が遠ざかっていった。そんな中で、今でも好きで聞き続けている白人アーティストの代表は女性であればボニー・レイット、男性であればヴァン・モリソンだ。
 ヴァンに関して言えば、そのもっさい風体やもっさい声質からか、世界におけるメジャー度と比すれば日本ではあまり人気があるとは思えない。来日していない最後の大物アーティストのような言い方をされることもあるが、 俺様が人気のない国になんか行かねえぜということからではなく(それもある?)、御大の飛行機嫌いがその原因であるとは誠しやかな噂だ。来ないのであれば、こちらから押しかけるしかない。もう9年近く前の話になるが、私は自分の50歳の誕生日祝いにとこじつけて、北アイルランドのベルファストまでヴァン・モリソンのライブを観に行った。
 その公演は大きなホールでのコンサートではなく、ホテルのバンケットルームを使った「ディナーショー」だった。客席は全部で300ほど、自分たちのテーブル席からステージまでは20〜30mほどだったろうか。その日のセットリストは渋めの選曲で有名曲は少なかったが、自分が好きなアルバムPeriod of Transitionの中のYou Got To Make It Through The Worldなどを演ってくれて感動した覚えがある。
 生まれ故郷での小さな規模のライブだったからであろうか、当時68歳になっていたヴァン先生も非常にリラックスしている感じで、気持ちよさそうに歌を歌いサックスを奏でていた。客席からはフラッシュをたいて写真を撮る人も多く、何ともゆるいというか、物理的にだけではなく気持ち的にも距離感の近いコンサートであった。もしこれが「来日公演」などとなってしまうと、いろいろとビジネス的なしがらみもあって、ショウアップされたステージで「ザ・ベスト・オブ・ヴァン・モリソン」のような代表曲を並べたステージにせざるを得なくなるのであろう。自分の馴染みの場所で、自分が歌いたい曲を、ホントに自分の歌が好きな客の前で歌う。そんなプリミティブな(土着的な)あり様でのライブを見ることができたのは貴重な体験だったのではないだろうか。日本で流行りの「フェス」というようなお祭り騒ぎには腰が引けてしまう自分にとっては、理想的な音楽活動のように感じられた。
 来ている客たちはさすがにシニア層が多かったが、最後にアンコール曲としてGloriaのイントロが流れると多くの人たちがドッとステージ前に詰めかけた。もちろん自分もその中の一人であったのだが、手を伸ばせば御大に届きそうな距離にまで近寄って「♪Gloria〜」なんて大合唱をする一員になれたのは忘れがたい記憶だ。
 ちなみに前日にも同じホテルでヴァンのディナーショーがあったらしく、隣の席に座っていたオーストラリア人夫婦が「昨日のステージも良かったよ」などと話していた。後からネットで調べてみると、前夜のセットリストは半分ほどが異なる曲のラインナップで、アンコール前にはBrown Eyed Girl / Moondance / Jackie Wilson Saidなどという自分たちがバンドでもよく取り上げている往年の代表曲で畳みかけたらしい。やはり二日連続で見るべきだったか・・・、と歯がみしたのは言うまでもない。
 今後も、ヴァン・モリソンが日本に来るようなことは、きっとないだろう。コロナ禍が落ち着いたら、またロンドンあたりにでも御大の姿を観に行きたいものだ。

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