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ハナビラタケが開くシーズンの扉

 記録的な短さで梅雨が終わってしまった今年。少し早いかとは思ったが、七月の第一週目に森の中を覗きに行ってみた。狙いはハナビラタケである。
 シラビソとカラマツが混生する森の中に入り、台風が呼び込んだ雨で湿った地面に目を配りながら、一人気ままに歩いてゆく。木々の狭間を抜けて注ぐ陽の熱が、水蒸気とともに土や落ち葉の匂いを誘い出し針葉樹林内の空間を満たしている。
 カラマツの根元を見ると、縮緬のようにクシュクシュとした小さな「花びら」の固まりが地上に姿を表していた。出始めのハナビラタケの幼菌は造形が非常に美しい。十カ所くらいでその姿を見ることができたが、まだゴルフボールくらいの小さな個体で、採ってしまうには忍びない赤ん坊キノコばかりだった。やはり、一週間ほど早かったか。中から、比較的大きなソフトボールサイズのものを二つほど選んで持ち帰ることにした。さて、今年の初物をどんな調理で食らおうか。ハナビラタケは、そのコリコリとした食感と爽やかな香りで、どんな料理にも合う優秀な食菌だ。
 ハナビラタケが夏の到来を告げ、そしてそこからいよいよ本格的なキノコシーズンが始まる。春先のアミガサタケやハルシメジ、ゴールデンウィークあたりからスダジイの巨木に舌を出すカンゾウタケ、そして梅雨明けすぐに竹林の中で華麗な姿と異臭をお披露目してくれるキヌガサタケなど、夏までに収獲できる魅力的なキノコは他にもいくつかあるが、それらはどちらかというと街に近いところで発生する菌たちである。やはり天然キノコは、カラマツやシラビソ、アカマツ、コメツガ、そしてブナやミズナラなどの木々が構える人里離れた森の中で出会ってこそだ(などと言っては都会派のキノコたちに怒られてしまうか・・・)。奥山の森の中ではハナビラタケが出てくる7月以降、異常気象などに見舞われない限りは、冬が訪れるまで絶えず何らかの優秀な天然キノコが入れ替わり姿を顕す。とは言ってみたものの、ここ数年は温暖化の影響からか、ある種のキノコが不作になることも珍しくなくなっているのではあるが・・・。
 ハナビラタケの発生が確認できてからは、十一月初頭まで毎日のように天気予報とにらめっこだ。仕事柄、曜日のことをさほど気にしなくてもいい自分の場合、天候の推移を見ながら、次はどのタイミングでどの森に入ろうか、ああでもないこうでもないとスケジューリングしていく。マツタケやマイタケが期待できる9月以降ともなれば、それはもうキノコ中毒と呼ぶに相応しい気の揉みようになるのである。(天国)

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