大越裕 @ookoshiy

1974年茨城県生まれ。神戸在住のライター。編集・ライター養成講座の運営、出版社での編…

大越裕 @ookoshiy

1974年茨城県生まれ。神戸在住のライター。編集・ライター養成講座の運営、出版社での編集業務を経て、2011年独立。理系ライター集団「チーム・パスカル」メンバー。㈱テックベンチャー総研 取締役

最近の記事

『ママはキミと一緒にオトナになる』を読んで考えたこと

 さとゆみさんの新刊、『ママはキミと一緒にオトナになる』を読んだ。すばらしい本だった。2023年の日本で、働きながら子どもを育てることについて書かれたあまたある文章の中でも、白眉といえるエッセイ集であると思う。読みながら感じたことはたくさんあるが、ふとあるエピソードを読んでいるときに、17年ぐらい前に読んだ一冊の本のことを思い出したので、そのことについて書いてみる。  30代になったばかりの頃のことだ。当時、私は表参道の会社に勤めていた。すでに上司には退職希望を伝えていたの

    • 『取材・執筆・推敲』があえて「書かなかった」こと

      古賀史健さんの新刊『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』を読んでいる。仕事に追われながらも、先が気になって本をなかなか閉じることができない。ライターという職業に就き、本書を購入した人のほとんどは、きっと今、私同様に「巻を措く能わず」という気分になっていることだろう。まだ全部読み切れていないのだが、それでも感想をつぶやこうと思ったのは、この本に古賀さんが(おそらくあえて)書かなかった、ライターにとって極めて重要な素養があると思ったからだ。 職業ライターにとって極めて重要な素養と

      • 生きている老夫婦

        原稿に詰まると、よく本棚から藤沢周平の文庫を引っ張り出して、適当なページを開いて読む。藤沢の端正な文体が、自分の文章に乗り移ってくれることを期待してのことだが、効果があるのかどうかはよくわからない。 今日は『竹光始末』を手にとったのだが、その中の短編、『恐妻の剣』に出てくる老夫婦の描写に、ほとほと感心してしまった。主人公の恐妻家の武士が藩から命じられて、脱藩した2人の武士を探索している途中、立ち寄った茶屋のシーンである。ちなみにこの老夫婦は、話の本筋にはほとんどまったく関係な

        • 私の思うエモい文章

          ずいぶん久しぶりの投稿である。 先日、東京で活躍されている、尊敬するライターの女性が京都に来られて、お会いする機会を頂いた。かねてよりその方の書かれる文章の「文品」とでも言うべき空気が好きで、いつかお話してみたいと思っていたのだが、ひょんなことから共通の友人の紹介でお目にかかることができ、ライター仲間のMくんも混じえた酒席を設けたところ、文章をめぐる会話で大いに盛り上がった。 そこで話題の一つとして出たのが、「エモい文章とは何か」というテーマである。「エモい」という言葉を、

        『ママはキミと一緒にオトナになる』を読んで考えたこと

          ライターはいったいどこで何を書けば生きていけるのか問題

           こんにちは。神戸でライターをしております大越と申します。noteにはライターやコンテンツビジネスに関わる人がたくさんいるので、多くの人が関心を持つだろうテーマについて書いてみます。  それは、「これからライターは、いったいどこで何を書けば生きていけるのか」問題です。出版業界の市場は長期低迷で出口が見えず、クラウドソーシングの案件は文字単価1円以下、雨後の筍のごとくできたオウンドメディアのブームも去ったいま、「書いて稼げる場」を見つける、あるいは自ら作り出すことが、多くの書き

          ライターはいったいどこで何を書けば生きていけるのか問題

          「書く道」しかなかった

          (以下は、近々発表を予定している、共著の原稿の一部です) ■二極化するライターの仕事 「それで、理系ライターって実際のところ稼げるの?」  本書を読んでくださる多くの人は、きっと我々と同じくライターをなりわいとしている同業者の方々か、もしくはこれから「書いて生きていきたい」と考えているライター志望の方だろう。  そうした人々にとって、冒頭の疑問は、我々チーム・パスカルに聞いてみたいことの一つではないだろうか。金の話というのは、どういう方向性で書くにしても難しいものだ。現代

          「書く道」しかなかった

          師匠のいない人生

           10年近く前、ある著名な、当時40代後半の男性小説家に取材したとき、こんな質問をしたことがあった。 「小説を書くにあたって、目標とされた人や、お手本にした作家などはいらっしゃいましたか?」  その作家はもともと、コピーライターを仕事としていた。広告の仕事はとてもうまくいっていて、一日2時間ほど働けば、十分なほどの収入が得られていたという。しかしどうも日々に充足感を感じられない。それでふとしたきっかけから、30代半ばで小説を書き始めた。もともと才能があったのだろう。書いた作品

          師匠のいない人生

          祖父の戦争

          昨夜のNHKの番組で、インパール作戦の特集があったようだ(見逃してしまった。再放送は必ず見る)。 昨年末、『Forbes』の仕事でミャンマーを訪れた際に、同作戦に従軍した日本人兵士が眠る墓地を訪れた。 クライアントの住友商事の部長さんに、酒席で「祖父がインパール作戦に従軍していたんです」と話したところ、「ぜひ行くといいですよ」と勧めてもらったのだ。 私の母方の祖父は、日中戦争とインパール作戦の2回従軍している。通信兵だったことから前線には放り込まれず、幸いに死なずに日本に戻る

          ライターがチームで働く意義

          2017年8月5日、有限会社ノオトさんとともに、神戸のKIITOで開催した#ライター交流会は、大盛況のうちに終わりました。スタッフ入れると70名近く、ライターをはじめさまざまな職業の人々が集まり、予想以上の盛り上がりとなりました。 冒頭の乾杯の前のあいさつで私は、「最近、ライター同士のつながりが、とても意味があると思うようになりました」と述べさせていただきました。それは私自身、「チーム・パスカル」という組織を6年前に結成したことが、ライターとして食べていく上で、極めて意味があ

          ライターがチームで働く意義

          木曾路を落日が灼いていた。

          木曾路を落日が灼いていた。 六月の荒々しい光は、御嶽の黒い肩口を滑って、その前面にひしめく山々の頂きを斜めに掠め、谷をへだてて東の空にそびえる木曽駒ヶ岳に突き刺さっていた。 だが谷の底を這う街道には、すでに力ない反射光が落ちかかるだけで、繁り合う樹の葉、道に押し出した巨大な岩かげのあたりは、もう暮色が漂いはじめている。 宮の越から木曾福島の宿に向って、ひとりの無職渡世姿の旅人が歩いていた。 (『帰郷』 藤沢周平) 仕事中、たまに息抜きに、藤沢周平の文章をパソコンやノートに書

          木曾路を落日が灼いていた。

          クリーン・デイズ

          (以下は、2015年に1年間通った、大阪文学学校の課題で執筆した文章です)  クリーン・デイズ                    金曜 小原クラス 大越 裕  白い防護服に身を包んだ社長と平井さんは、アパートの一階にある現場の部屋のドアの前に並んで立つと、手を合わせて頭を垂れた。慌てて沢田陽介も合掌する。梅雨が明けたばかりの東京の午後の気温は三十度を超えている。防護服の中に着た背中に「本多清掃」と書かれたティーシャツはすでに汗でびっしょりだ。数秒の黙祷のあと、社長は

          クリーン・デイズ

          私はまあちゃん

          (この文章は、2015年に1年間通った大阪文学学校という小説教室で提出した作品になります。私にとって、初めて最後まで書き上げられた小説でした)  私の名は、まあちゃん。  生まれてから四十八年、そう呼ばれてきた。  本名は小橋雅子という。でも、「小橋さん」「雅子さん」と呼ばれたことは、数えるほどしかない。誰もが中年の私を、まるで五歳の子どもに接するときのように、まあちゃんと呼ぶ。  別におかしなことではない。実際、私は、五歳の子どもよりも幼いのだから。  それに私は

          私はまあちゃん

          ルビンの壺と炎上体験

          人生で、初めて「炎上」を体験しました。 詳細は下記のリンクをご覧いただければ、なんとなくわかってもらえると思います。いちばん粘着的に、私に対して意見を書いていた人が、自分の書き込みを消しちゃってるので、ちょっと意味不明なところもあるかもしれません。 http://togetter.com/li/815945 で、まあ、いろいろ言いたいことはあるんですが、それを書くと愚痴っぽくなるのでやめまして。 今回の経験でつくづく思ったのは、 「文章というのは、それを読む人が、読

          ルビンの壺と炎上体験

          人類の進歩の先頭に立つ仕事

          「はやぶさプロジェクト」に関わった、惑星科学の研究者の方のインタビューをまとめた。7年かけて小惑星に探査機を送り、着陸させて、サンプルを採取し、地球に帰還させるということの困難さを改めて知った。 「小惑星探査の面白さって、一言でいうとなんでしょう?」という質問に、その人はこう答えた。 「人類の宇宙観を、更新できることですね。500年前には、人類の誰も地球が丸くて、太陽の周りを回ってるって、知らなかったわけでしょ。一方で昔から人類は、星の動きを見て、作物を植えたり、大海原を

          人類の進歩の先頭に立つ仕事

          航空中耳炎という病

          みんなで一つのテーマについて書く「同時日記」です。今回のテーマは「飛行機」。下記のハッシュタグでnoteを検索すると、いろんな方の文章が読めます。 #同時日記 #飛行機 「航空中耳炎」という病気をご存知でしょうか。 きっと、聞いたことない、という人のほうが多いと思います。 皆さんは、ラッキーです。 どうぞこれからも、快適な飛行機の旅をエンジョイしてください。 「もちろん知ってます! 私がそうですよ!」というマイノリティの皆さん。 同病、相憐れみます。 あれ、洒落にな

          航空中耳炎という病

          あるボンクラの就活

             就職先がようやく決まったのは、大学4年の11月だった。  友人たちがつぎつぎに内定を得ていく中、気づけば秋は深まっていき、木枯らしが吹く季節となっていた。   とにかくボンクラで怠惰な学生だったので、まっとうな就職活動を何一つしていなかった。本気で就活に取り組む気になれなかったのは、その時点で4年で卒業できるかどうか、怪しい単位数しかとれていなかったことも理由であった。  とはいえ、親からは「4年までしか学費は出さない」と言われている。何とかして、4月からの活路

          あるボンクラの就活