ある夏の日の話 ④どしゃ降り
最後に乱れ打ちのように、はちゃめちゃなペースで夜空を彩って唐突に花火大会は終わった。 アナウンスを待たずして、人々がぞろぞろと帰っていく。私たちもその人の流れに乗って歩いた。さっき見た家族の残像のせいで私は口数が少くなっていたのかもしれない。遠くで雷の音が聞こえる。 「雨が降る前の匂いがするね。降ってきたらやだね。」 鈴木くんがそう言って5分も経たないうちに、大粒の雨が物凄い勢いで降り出した。前を歩いてた鈴木くんが振り返ってウゲッというような顔で私を見てから、慌てて30メートルほど先のコンビニの店先まで大股で走って逃げ込んだ。 髪から水が垂れるほど濡れていて、大きな手で髪をかきあげて、眼鏡を外して肩で濡れた目元を拭く彼の姿を、私は雨に打たれたまま立ち止まって見ていた。 雨に打たれたままの私を見て、鈴木くんは驚いて「なにしてんの?早くこっちにおいで」と手招きをする。 硬くなった泥の沼の中で抜けなかった私の足元に水が入ってきて、その泥を柔らかくしてくれるような、この雨はそんな雨のような気がした。 どこも濡れていないところがないぐらいにびしょ濡れになった私を見て、困ったように笑いながら、「コンビニってバスタオル売ってんのかな?とりあえず傘を一本買ってくるわ」 そう言って鈴木くんは店の中に入っていった。 「普通のサイズのタオルしかなかった。でも、とりあえずこれで拭いて。全然役に立たないけど、ないよりはマシでしょ」 「ごめんね。ありがとう。後でお金払う。」 「あのさ、これは…もう…うちに来る?って言ってしまう感じなんだけど…さっちん、大丈夫?」 「…うん。大丈夫。行く。」
鈴木くんの買ったビニール傘に入って、少し歩いたら、すぐにマンションが見えてきた。2階の部屋。先を歩いてた鈴木君がお尻のポケットから鍵を出して開ける。 申し訳ないぐらいに濡れていて、私は玄関から中に入れなかった。 「ごめんね。本当びしょびしょで。部屋濡らしちゃうわ」 「ちょっと待っててよ。今、大きいタオル持ってくるから」 靴下が濡れているから、つま先歩きで部屋の中に入っていった。 紅茶みたいないい匂いの部屋。 茶色いフワフワのバスタオルを「ほい、」と言って差し出された瞬間、私は我慢が出来ずにその場でタオルに顔をうずめて泣いた。声をあげて、子供みたいにしゃくりあげて泣いた。 鈴木くんはまた困ったように笑いながら 「どうしたんだよ、なに? 花火大会で幽霊でも見たの?」 と冗談ぽく言った。鈴木くんは私が何を見たか知っているのかもしれないな。笑いながら胸を貸してくれた。泣き止むまで静かに、ただ広い胸を貸してくれた。 「あんま図太い神経してない癖に、無茶するからだよ…」 ヒックヒックと息をする私を黒目がちな目で心配そうに見て「大丈夫?タオル貸して。髪、拭いてもいい?」と聞いてから、私の頭にタオルを被せて、優しく拭いてくれた。このタオルからもいい匂いがする。 鈴木くんは私の顔を覗きこんで、涙で濡れた目を長い親指で拭ってから、キスをした。 何かが溢れて堰を切ったように唇を合わせた。 二人息が荒くなる。下駄を脱いで、玄関先で二人座り込んで、何度も求め合うように。 唇を激しく合わせながら、鈴木くんは私の背後に手を回して、帯を解こうとする。 私は鈴木くんのTシャツの裾から手をいれて腰のあたりに触れた。贅肉なんてない固い横腹を撫でた。鈴木くんが凄く小さな声で言った。 「脱がしたいのに、全然できない…これ。」 帯が解けない。二人で鼻先を合わせながらククククッと笑い合った。 「待って。自分でやる。あっち向いてて。」 その場で濡れた浴衣を脱いで、バスタオルで隠して、向こうを向いている彼の背中にくっついた。 もう一度キスをする。 私は鈴木くんの眼鏡を外した。 「ふふふ……見えないよ。あっちいこっか。」 彼が柔らかく囁いた。
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