夜明け。
これは、ドラマ「最愛」の中の梨央と大輝にこんな時間があったらいいな…と私が勝手に妄想したアナザーストーリーです。プラス、松下洸平さんの新曲「あなた」の歌詞からもだいぶ影響された話になってます。
また想いがどうしようもなく溢れて、大輝は彼女を捕まえて深く抱きしめた。 遠くで街路樹の白いイルミネーションの光が揺れている。前のように彼女がその腕の中から消えることはなく、彼女も硬くて広い男の胸に顔を埋めた。「大ちゃん…」 「ん?」 「たくさん話したい。ずっとこのまま一緒におって、もっといっぱい話ししん?」 「うん。」
梨央の部屋に向かった。言葉でちゃんと恋人になろうとか何もないけど、二人は寒い夜道を手を繋いで歩いた。大輝は繋いだ手を自分のコートの中に入れて温めた。 梨央が先に鍵を空けて、部屋の灯りをつけた。 大輝はここに来るのが2回目だが、照れ臭くて本当にいいものか戸惑いながら靴を脱いだ。 もう優はこの部屋を出て居ない。 「また照れとるの?大ちゃん」 そう言って笑う彼女に近づき、大輝は梨央の手を握った。その手に宿った男の熱を感じて彼女は 「大ちゃん……いつかバレてまうと思うで、言うね…あのね、あたし、こういう風に男の人となったこと今までないの。東京来て一度もない…」 大輝は正直驚いた。この美貌で世間でも名の知れた梨央がそう言ったこと。でも直ぐに15年前のあの事件のせいかもしれないと察した。あの忌まわしい出来事を再び思い出させたくなかったから、大輝はただ、「そっか。」と返し、手に宿した熱の種類を変えた。梨央もすぐにその手の感触が変わったことに気が付いた。 「こんなこと、部屋に来てから言うことやなかったよね。ごめんな。でもただこうやって二人でゆっくり話をする時間がずっと欲しかった。いい?」 「いいよ。いっぱい話そか」 そうは言ったものの、お茶を飲みながら楽しく話す、そんな友達のような空気とは違う、もっとお互いに近づきたい。そう二人は思っていた。 梨央は大輝の手を引き、自分のベットに誘った。ベッドに座り大輝が先に体を横にして、梨央の手を引っ張った。梨央も横になって、目を合わせてこの状況を静かに笑い合った。 「何から話す?」 「いっぱい話そって言ったけど何話したらいいか分からんな。…ちょっと眠いんやけど。」 「布団入っていいよ。」 大輝はいつも署の仮眠室でするように、ネクタイを緩めて、ワイシャツを脱いでTシャツになり、梨央の柔らかな羽毛布団の中に入った。布団を上げて梨央も隣で寝るように無言で誘う。 彼女は部屋の灯りを全部消して、布団の中に入った。真っ暗で何も見えない。でも確実に隣にいる。しばらくすると目が慣れて愛しい人の顔がぼんやりと見えた。セミダブルのベットの真ん中で二人は向かい合う。 大輝が顔の横で左手を広げていたので、梨央はそっと自分の手を重ねた。指を曲げて彼女の指がほどけないようにした。大輝は薄く微笑んで目を閉じて梨央の白い手に顔を当てた。大輝のまつ毛が手の甲で動くのが分かる。 「15年間いろいろあった?」 大輝が静かな声で話はじめた。 「うん。あったよ。でもずっと薬のことと優のことでいつも頭はいっぱいやった。周りの人に助けられてなんとかここまでやってきたよ。」 「大ちゃんは?大変やった?」 「…んん、まぁ、たぶん人より嫌なこと、たくさん見てきたかもしれんなぁ。仕事以外は空っぽやった…」「どういうこと?」 「……梨央がおらんかったで。」 「あたし、大ちゃんにもう会えんと思とった。」「でも会えたな。」 「…そうやね。」 二人は目を閉じながら、ぽつり、ぽつりと言葉を静かに交わした。 無音の部屋で言葉がない時はお互いの呼吸の音だけを聴いた。胸の高鳴りなどどこか遠くへ消えて、まるでここが深い海の底のように落ち着いて安心した。 「おやすみ。」 大輝がそう言って20秒ぐらいして「大ちゃん」と梨央が呼んだ。 「もう寝とるんやけど」 「寝てないやん。ふふふふ」 「もう、おやすみ。」 「うん、おやすみ。」 手を重ねてお互いの膝だけをくっつけて、ひとつの塊のようになって眠った。長い睡眠ではないのに、とても深く長く眠ったように感じた。
大輝は小さく寝ていたつもりが自分が体を広げて寝ていることに気づいて目を覚ました。隣に梨央がいなかった。 ほんの少し明るくなってきている夜の終わり、結露で霞む窓の向こうに彼女が見えた。大輝は静かに起き、窓をコンコンと叩く。ベランダの梨央が微笑んで振り向き、手招きをした。大輝もベランダに出た。 「さむっ」 梨央は羽織っていた薄黄色のチェックのストールをTシャツ姿の大輝にかけた。大輝は梨央も寒いだろうと大きなストールの中に彼女も入れて肩を抱きよせた。 「見て、大ちゃん、もうすぐ夜が明けるよ。」 「きれいやなぁ。」 「紫色とオレンジ色」 「うん、俺もこの時間の空よく見とった。」 「同じものを見とったんやね。」 「…なぁ、梨央…もうどこにも行かんといて。」 「うん、どこにも行かへんよ。」 うっすらとオレンジ色の朝日に照らされた大輝の横顔を見つめた。 「大ちゃん。」 大輝がこちらを見た時、梨央は少しだけ背伸びをしてキスをした。 「大ちゃんのことが大好きやよ」 「ふふ……やっと答えが聞けた。」 12月の冷たく澄んだ朝の始まりの空気が二人を包んだ。
(終わり)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?