見出し画像

豆のはなし【胆沢の民話㉘】岩手/民俗

『豆のはなし』

参考文献:「いさわの民話と伝説」 胆沢町教育委員会

昔々、あまり近所付き合いもなく、村外れにひっそりと暮らしている爺さんと婆さんがありました。二人だけの、それに年寄りだけでもあるので、そう散らける訳もないのですが、清潔好きの老夫婦は、毎朝毎朝丹念に掃除をすることを楽しみにしておりました。

その日も爺さんは板間の方、婆さんは土間の方を、お互いに親しい声を掛け合いながら掃除をしておりました。ところが土間を掃いている婆さんの箒の先に、一粒の豆が転がっていました。婆さんはそれを珍しそうに拾うと、板の間を掃いている爺さんの所に持っていきました。

爺さんはその豆を掌に乗せて珍しそうに眺めていましたが、

「一粒撒けば千粒なるのだから撒かされ。」

と言いました。

婆さんは爺さんの言葉に随って、裏の畑にその一粒の豆を撒きました。豆はほどなく薄緑色の芽を出しました。婆さんは日課の掃除が終わると豆の芽に水をかけてやりました。水をかけられた豆の芽は日毎に伸びてゆき、やがて枝ができ、その枝にまた枝ができて、とんでもないほど大きい豆の木になってしまいました。

2、3日すると豆の木にはいっぱいの実がなりました。爺さんと婆さんはその豆をもいで煮て食べました。その美味さったら、言葉通り舌がとろけるほどでありました。

2人はもりもり、それこそ馬のように沢山食べました。腹いっぱいになった爺さんは、

「もう食うのやめなされ。」

と言いましたが、婆さんはその声が聞こえたのやら聞こえないのやら、もりもり食うのをやめませんでした。

そうこうしているうちに婆さんは、青い顔をして腹をおさえていましたが、急いで立ち上がると、便所の方に駈け出して行きました。

「下痢らしいや。」

婆さんは便所から出てくると爺さんに不安そうに告げました。

「だからあんまり食うでないと言ったのに。」

しかし婆さんは、爺さんの言葉の半分も終わらないうちに、また便所に駆け込みました。

そんなことが十数回も続くと、婆さんは疲れて土間にしゃがみ込みました。爺さんは急いで婆さんの尻に、オカワ(木製の便器)を入れてやりました。婆さんの下痢は猛烈で、たちまちオカワいっぱいになりました。じいさんは馬桶(まーとん、おまる)を持ってきて換えました。猛烈な下痢はその馬桶をも満たしてしまいました。

爺さんは困ってしまいました。あとは便器に換わるものは鍋より他にありません。まさか鍋には、と思案した爺さんは炉端に連れて行って、

「仕方がねえ、こっちにやりせえ。」

と観念いたしました。婆さんの下痢はその炉をいっぱいに満たして止みました。

その時丁度隣の(隣といっても相当の距離があった)婆さんが、火種を貰いに来ました。いくら問うても返事がないので、隣の婆さんはのそのそと家の中に入りました。丁度その頃は婆さんの下痢がおさまったので、奥の間に寝かせ、爺さんが頭を冷やしている最中でした。

遠慮なく家の中に入った隣の婆さんは、火種を貰うと炉の中を覗いてみて悲鳴を上げました。火種どころか糞尿がいっぱいであったので、すたこらさと逃げ出してしまいましたとさ。

少しでもサポートしていただけるととっても助かります!