愛していたよ、汚れた純白。

46日目(11月22日)

別れはいつも突然で、どうしようもない。
なんであの時あの言葉が言えなかったんだろう。なんであの時ただ抱きしめてあげられなかったんだろう。なんであの時、あの瞬間、手を伸ばすことができなかったんだろう。
後悔はいつも遅れてやってくる。いつも、いつだって手遅れだ。
いくら悔やんだって涙を落としたって、もう失くした物は帰らない。もう、あの日々は戻ってこないのに。
でも、それでも。
またあの歌が聴きたい。
君の傍で。
この話は、情けない自分とあの薄汚れた純白の、どこにでもある別れの話。
私はいつも通り電車に揺られていた。6時半の各駅停車はいつもより人が多くて、どうも息苦しかった。車内に立ち込める陰鬱とした空気は、ふたつ隣の男性が漏らした溜息と、その後ろに立つ老人の舌打ちが由来していた。もう乗れる筈のない場所に、次から次へと体を押し込んでくるサラリーマン。
何をそんなに急いでいるんだろう。
そんな浅はかな疑問はそっと胸にしまい込んで、私は君の声に耳を傾ける。
全員が銃口を向けあって、懐にはナイフを隠し持っている。みんながみんなを疑って、それらの視線はどんどん鋭利になっていく。いつ、誰が、誰に引き金を引くのか。刺すような緊張感に、私の体は嫌でも強張る。
でも私には君がいた。
君は周りのことなんて、てんで気にしていない様子でお気に入りの歌を唄った。君が好きな歌、それは同時に私の好きな歌で、2人の距離は0に近かった。2人は1人だったから、別れることなんて無いと、別れの日は永遠にやってこないと、そう心から信じていた。
永遠なんて都合の良いものは、この世界には存在しないことは、分かっていた筈なのに。
それでも、そう願いたかった。
最寄りの駅まで、あと二駅だった。電車が止まり、ドアが開く。その駅は人が多く降りるから少しは楽になると思った。

私の気が緩んだ。

君との別れは突然だった。
降りる乗客は、君を引っ張って離さなかった。抵抗が無駄なことは誰が見ても分かることだった。
なんで、どうして。
私の手から、君が離れていく。
抗うことなんて許されていないみたいに、人の流れは止まらなかった。
精一杯、私は君を求めた。
でも、私の目は映してしまった。
君が、諦めたように笑うのを、
君の口が動くのを。


君の最後の言葉は人混みに飲まれて消えた。
今までの幸せな日々が、もしも罪だとするならば、この別れは罰だというのか。
こんな汚い世界じゃ、どんなに綺麗な白だって美しくはいられない。
それでも美しくあろうとした。君の。
私の、私と君の罪。
でも、君がいない世界では、どんな苦痛も罰にはならない。
君が、君自身が痛むこと、それが何よりの痛みだと私は知っている。
その白が汚れてしまうことが、私の何よりの苦痛で、愛しさの証明だった。




愛していたよ、汚れた純白。

(※イヤホンを失くしました)


#日記

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