笑う男 The Eternal Love-永遠の愛-観劇レポ

ミュージカルにはまってもうすぐ2か月。いろいろとミュージカルや舞台の観劇レポなどを拝読して思うのはーもっと私もレポできるようになりたい・・・!!ということ。以前のものを読んでいただいてる方にはわかると思うんですが、私の観劇レポは尊さに溶けた語彙力をなんとかかき集めた☆みたいな感じで、尊さの爆発力は伝わるかもだけど情報量が少ないのです。だから今回は観劇から一夜明けて、一晩寝ている間に脳内で整理整頓されたであろう感じたことを書きますよ!きっと読みやすいはずだ。でもめちゃくちゃ長文。

なお、今回はあらすじだけじゃなくストーリーにも深くふれるつもりなのでネタバレになります。そして一度の観劇の記憶と、購入したパンフレットや公式サイトで情報を確認しながら書いていますが、記憶違いや解釈違いを含んでいる可能性は大いにあります。私は観劇初心者なので、用語を間違えていることもあると思います。それでも観劇が好きです。そのあたりをご了承の上でお読みください。

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「笑う男 The Eternal Love -笑う男-」は「レ・ミゼラブル」を書いたヴィクトル・ユゴーの作品。日本で上演されるのは初の作品。

第一幕

吹雪の中にさまよう少年・グウィンプレイン。その口は醜く引き裂かれていた。少年は雪の中で亡くなった女性の腕の中に赤子が抱かれているのを見つけ、2人はともにウルシュスのもとに引き取られる。雪の中で見つけた赤子は女の子で、盲目だった。グウィンプレインは彼女をデアと名付けた。

どうやって生きていくか。生計を立てるために、ウルシュスは見世物小屋でショーをする。そこに登場するのは占い女や猿少年、トカゲ男や人喰い族といった奇妙な者たち。そのショーのフィナーレに醜い「笑う男」グウィンプレインと、その醜い姿が見えない盲目の美少女・デアが手を取り合って登場すると観客は大盛り上がり。

そこへ訪れたのはジョシアナ侯爵。アン女王の妹で、欲しいものはすべて手に入れているような女。ショーで醜いグウィンプレインの姿を見て、その醜さに心惹かれる。グウィンプレインを宮殿に招き、彼を誘惑するのだった。

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とりあえずここまでの振り返り。この舞台はとにかく場面展開が多く、その場面ごとがとても豪華という印象。幕が上がるとそこは海。波が荒れ狂う中、秘密を詰めた瓶が海に捨てられる(記憶あやふやです)ところから始まります。

そして続いて吹雪の街中。幼いグウィンプレインを演じるのは下之園嵐史さん。リトル・グウィンプレインはトリプルキャストで、下之園さんはこの日が千秋楽。口元を赤いマフラーで隠し、町を歩く。赤子のデアを見つけて抱き上げる。

吹雪の中で、見つけた小屋。そこの住人ウルシュスは一度は戸も開けずに追い返すけれど、すぐに引き戻して家に上げる。そして残り僅かな食事を与え、3人で暮らすことを決める。

個人的には、どうして呼び戻したのか、どうして3人で暮らすことに決めたのか。そのあたりが急ピッチ過ぎて「?」と思いましたが、ドラマならそこに1話分使えそうなテーマだし、原作を読んで考えたいと思ったところ。ウルシュスを演じる山口祐一郎さんの歌声が世界観に引き込んでくれる、渋くて素敵・・・!

3人でどう生きるか。この残酷な世界。その結論が見世物小屋でのショーなんだ、と解釈したけど、そこまでの過程(途中で薬売りをするような回想シーンがあった)は原作で読んでみたい。

場面は変わって、貴族のガーデンパーティー。もうね、豪華!!!!絢爛!!!!貴族を目から大量摂取っていう感じ。煌びやかを辞書で引いたらこの場面が出てきそうなくらい。衣装も歌も素晴らしすぎでは?????

言い忘れてたけど、この舞台にはステージ下で指揮者の方が指揮をされていて(開演前からずっと、休憩中もずっと演奏されている)指揮者の方の姿は見えるけど、上演中は楽器の方々の姿が見えなくてどんな構造になってるんだ?と思ってました。見えにくい構造でそのステージ下に皆さんおられて、カーテンコールでも拍手が送られました。

衣装の話に戻ります。衣装は前田文子さん。ガーデンパーティーのシーンで初めて「貴族」とか「特権階級」という存在が出てくるんだけど、このシーンで私はガーデンパーティーの一員でしたね。もう、一員だよ一緒にダンスするもん、って感じのリアリティ。今回はS席だったけど、わりと後ろめ、右寄りの席だったから双眼鏡(10倍)を持って行ったんだけど、引きの絵で見たいシーンが多すぎて、舞台上に人が多いときは肉眼で見てた。

観劇に行くとすごく思うんだけど、視力が4.0欲しい・・・・!!!50億円より視力が欲しいですサンタさん。コンタクトの度数-5.50の近視が通りますよー道を開けてくださーい

また話がそれた。私に正統派レビュアーの肩書がつくのは来世になりそう。そもそもそんな肩書があるかは知らない。ちなみに今締め切りがやばくて書かなかいけない原稿があるのにこの記事書いてるから現実逃避の本領発揮だぜ!!と言わんばかりに筆がのってる。

ガーデンパーティーのシーンで登場するのがアン女王。内田智子さんが演じるこのアン女王は本当にふくよかで、そのふくよかさを持て余しながらよたよたと、でも偉そうに登場。もちろん女王様だから偉いんだけども、誰にもたてつかせないからな!!という雰囲気を一瞬で感じる。ドレス16キロ、ウィッグ2キロ、マント1キロの合計19キロの装身具ということだから、つまり小学生一人おんぶしたまま演技してる感じだよね・・・(理解が独特) 圧倒的女王感とマスコット感、きっと愛くるしい方に振りきれる演技もお上手なんだろうなとか感じたけど、なんといっても音域がすごい!!高音のところ、人類の限界地点に到達してるのでは・・・?たまにカートゥーンで見る、高音でグラスを割るとかできそう。

そしてここでその妹のジョシアナ侯爵も初登場。朝夏まなとさんが演じるこの役は、こじらせた魔性の女・・・!魅力がさく裂してるし艶も色気もビッグバンという感じなのに、いつまでも満たされることのない女。デヴィッド・ディリー・ムーア卿(宮原浩暢さん)との結婚が決まっているけど、「あなたじゃ私を満たせないわ」と突っぱねる。つっぱねられたムーア卿がジョシアナ侯爵を連れて行ったのがグウィンプレインンが登場する見世物小屋。

興行は大盛り上がり。このシーンがとても好き。この舞台はひたすらセットも素敵で、興行のシーンは天井から無数のランプがつられているの、それがランタンフェスタみたいで(目がよくないから、双眼鏡で確認してからランプと気づいた)

登場する風変りな生き物たち、俺たちの不幸を見て、お前たちは笑うんだろう?貴族の幸せは、醜いものの不幸で成り立ってる。ショーも終盤。真っ白な布が舞台を覆い、そこに手を取り合う人影がうつる。真っ白な布が下りると、そこにはあまりにも儚く美しいデアと、グウィンプレインの姿があった。

このシーンで大人に成長したグウィンプレイン・浦井健治さんが初お目見え。甘い・・・甘いマスク、甘い歌声・・・デアを見つめる瞳が、この世に女の人はデアしかいません、って感じの一途な愛しさで満ちていて。醜い口を赤い布でぐるぐるまきにしていたグウィンプレインが、ゆっくりとその覆いをとき、笑う口をあらわにするシーンは、ショーが「劇中劇」の二重構造になってるんだってことを強く感じる。自分の醜さを見世物にするってどんな感じなんだろう。

醜く口が裂けた笑う男。その姿を見えない、盲目の美少女デアを演じるのは夢咲ねねさん。デア役はWキャストで、乃木坂好きとしては衛藤みささんことみさみさ先輩の演技も見たかった(みさ先輩は乃木坂を卒業されてます)けど、日程の都合上、5月18日のソワレしかチケットが取れなかったので、またの機会に見たい。

ミュージカル初心者の私はマチネもソワレも知らなかったんだけど、マチネは昼公演、ソワレは夜公演をさします。

デアは目が見えない。夢咲さん演じるデアは、どこか見てるようで見てない、という感じの、夢見がちで澄んだ瞳。強く抱きしめたら消えてしまいそうな儚さ、歌詞にもあるけど本当に天使・・・天使ってこの地上にいたんだ!今頃天界は大騒ぎだぞ!って感じ。グウィンプレインを一途に愛していて、愛と言えばグウィンプレインだし、それ以外の人に愛を向けることがそもそも頭にない感じの愛。

興行を見に来たジョシアナ侯爵。醜い笑う男を見て、なぜか強く心惹かれる。欲しいと思う。

このシーンは見てるとほんとに「あーいるいるそういう女!」って感じだけど、昼ドラ的なチープさではなくて、ジョシアナ侯爵がこれまで生きてきた世界と、見世物小屋の全く違う世界の格差がその感情、愛でも恋でもない執着につながっちゃうような感じが言外ににじんでいて、自分の理解を早く追いつかせたい。原作を読んだらもっと理解が進みそうな場面。

グウィンプレインを宮殿に呼び出すジョシアナ侯爵。女豹のようにグウィンプレインを誘惑するけど、すんでのところでかわされる。かわされるから欲しくなる。「醜いところに惹かれた」とはっきり言われるグウィンプレイン。デアはグウィンプレインの醜い傷が見えない状態でグウィンプレインを愛しているけれど、ジョシアナ侯爵はその醜さを好きだという。それにはすごく心が揺れそうだな・・・と思った。それでも、なんとかかわしたグウィンプレインが見世物小屋に帰ると、彼の留守中にデアがムーア卿に傷つけられていた。

ムーア卿なんなの。私はお前を許さないからな!(個人の感想です)

グウィンプレインがデアを愛しているのか、妹的な愛なのか、というのが見ていてはっきりはわからなくって。というのも、ウルシュスがデアを「妹」と呼ぶからなんですが、このあたりも原作を読めばすっきりしますか?とりあえず原作読みますね、これから見るよという方も読んだ方がいい気がしました。これはハリーポターの原作と映画の関係性に近くて、原作の方がいいとか、映画の方がいいとかいう話ではなく、映画だから得られる情報もあるし、文章だからだせる情報もあるよね、互いに良さがあるよね、ということです。

「僕は醜いから君にふさわしくない」というグウィンプレインに、「心が美しいなら」とデア。心の美しさを愛しているデア。二人は気持ちを分かち合うけど、グウィンプレインは投獄されてしまう(ここが何でなのかわからなかったので調べる)

宮殿に連れてこられたグウィンプレイン。そこで驚きの事実が伝えられる。それは舞台の初めで海に捨てられた瓶に詰められていた秘密で、なんとグウィンプレインは貴族の子供だった・・・!

ここで一幕は終わり。見世物小屋ではくたびれた服に包まれていたくうぃんブレインだけど、宮殿では真っ白な貴公子のような服に着替えさせられてて、そして巨大なベッド(見た人にしか伝わらない感動ではある)。頑張って説明させてもらうと、11畳くらいの、もはや一人暮らしができそうな広さのベッドで、高さ二メートルくらい。降りるのに階段がいるベッドなんです、すごいやろ。

ありえない、僕が貴族!?というところで舞台は暗転。休憩をはさんで第二幕。

第二幕

「グウィンプレインは死んだ」とうその情報を伝えられる見世物小屋のみんな。デアにこのことをなんて伝えよう・・・デアは心臓が弱いから、グウィンプレインが死んだなんて言ったらショックで死んでしまいそう。

デアは目が見えないから、変声機(コナンみたいなやつ)でグウィンプレインの声をまねてデアと話すウルシュス。それでも気づくデア。グウィンプレインはいなくなってしまった・・・

第二幕は特に、デアに死の色を強く感じるようになってきます。命の炎がかげっていく感じ。

戻って宮殿。宮殿のシーンは本当に好き。でも見世物小屋も好きだな。宮殿のシーンだと、上から2つの大きなシャンデリアが下がっていて、見世物小屋だと無数のランプや星が瞬いていて、どちらにも幸せはあるんだっていう感じがする。宮殿の方が即物的なんだけど。

どうしてグウィンプレインは捨てられて街をさまようことになったのか。それはムーア卿のたくらみ。ムーア卿は妾の子供で、グウィンプレインが邪魔だった。グウィンプレインを排除したことで、自分が継承者になれた。

でもグウィンプレインは戻ってきた。ムーア卿はアン女王の命令によりジョシアナ侯爵との結婚が決まっていたが、それも中止。かわりにジョシアナ侯爵はグウィンプレインと結婚するように、とアン女王が命令。

「グウィンプレインと結婚?そんなの嫌よ!」

ジョシアナ侯爵・・・だよね、あんなに欲しかったグウィンプレインだけど、手に入らないから欲しかったんやろ・・・あなたという人は・・・そういうと思ってたけども・・・二番目に好きな人と結婚する方が幸せ、とか人の男が欲しくなるとかそういうタイプ・・・

ジョシアナ侯爵はずっとずっと、上演中舞台のどこにいても魅力的で、目で追わずにはいられない、魅力がさく裂してる人。自分の恋人を紹介したらあっさり持ってかれちゃいそうな感じ。(個人の感想です)

デアとは真逆で、生命力!!!!欲!!!パワフル!!!!って感じ。スピンオフでジョシアナ侯爵の婚活日記とか見たい。ジョシアナ侯爵の名言集とかほしい。つまりジョシアナ侯爵が好きです。

貴族になったグウィンプレイン。貴族院に出席。

貴族院のシーンは額に入れて飾りたいくらい装飾もセットも衣装もすごいんだ!!!!!!!!!!!!!!ビックリマークの数がそれを物語っている。三段位になっていて、貴族たちが出席。その頂点にアン女王が君臨(この舞台、すごい耐久力だな)、歌唱の迫力がすごくて、日本じゃなかった。映画だった、舞台上が自分と地続きの場所だと思えなかった。それくらい世界観が違った。

ここでは少しアドリブ(日替わりのアドリブ?)のシーンがあり、唯一笑い声が聞こえるシーンと言ってもよいのだけど、そこは見た人の特権な気もするから書きません。グウィンプレイン演じる浦井さんのコメディタッチな作品もみたいなと思いました。

浦井さんの歌声は基本甘くって、王子様だ!!!!という感じ。低音を聞いたときはふり幅とギャップに「っっっっ!!!!」(言葉をなくしてる音)って感じで、少女漫画なら衝撃のトーン、黒目が描かれない感じの驚き方をしてしまいそうだった。(伝われこの思い)

貴族院での話し合いで逆らうグウィンプレイン。貴族院を飛び出して、デアの元に戻る。

フィナーレですよ・・・徐々に高まっていく音楽、舞台は再び見世物小屋へ。

なぜかここから私の記憶があいまいなんです。私のバカ。記憶力どうなってるわけ???

ウルシュスとデアが歌っている、そこに歌いながら戻ってくるグウィンプレイン。グウィンプレインが戻ってきた!!!と喜ぶのもつかの間、デアは無効の世界へ行ってしまう。このシーンは本当に尊くて、デア演じる夢咲さんが瞳を見開いて亡くなると、その瞳はそのまま、瞬きもせずに止まってるんです。語彙力がなくて本当にごめんなさい。その瞳をそっと手で閉じるグウィンプレイン。そしてデアを抱きかかえ、グウィンプレインも向こうの世界へと歩き去っていったー

この舞台は、中央にカーテン的な何かが出てくるときがあって、それによって前後の二層構造になる演出があります。向こう側で透けてる感じ。

グウィンプレインとデアもその向こうへと去って、2人は永遠の愛の中にー


という感じでした。カーテンコールではリトル・グウィンプレインを抱きしめたのちに手を繋いで登場するお二人や、デアと3人で汽車ポッポをしながら登場するところが激萌案件だったことをお伝えします。

全体を通して、物語のはしょられたであろう部分がまだ消化できてないという印象です。それは私の知識が足りないからで、原作を読んでからもう一度見たら、もっとわかる部分が増えていると思います。

かなり歌唱シーンは多めだと思います。といってもまだあんまり数を見てないから、今まで見た中だと多いのかな?というところ。前回観たのが温雅喜劇だったからというせいもある。

役者の皆さんの演技がそれぞれ素晴らしいのはもちろんのこと、装飾も衣装も音楽も素晴らしくて、衣装に関しては展示会とかしてほしいよ!!!!と駄々をこねたいレベル。何が縫い付けられてるのかきらめきのすべてを見たいです!!!生の演奏も贅沢すぎました。

作品情報を最後に記して終わります。敬称略です。

原作:ヴィクトル・ユゴー 脚本:ロバート・ヨハンソン

音楽:フランク・ワイルドホーン 歌詞:ジャック・マーフィー

翻訳・訳詞・演出:上田一豪 衣裳:前田文子

グウィンプレイン:浦井健治 デア:夢咲ねね

ジョシアナ侯爵:朝夏まなと デヴィット・ディリー・ムーア卿:宮原浩暢

フェドロ:石川禅 ウルシュス:山口祐一郎


5月18日 梅田芸術劇場にて観劇

#ミュージカル #梅田芸術劇場 #笑う男 #ヴィクトル #観劇

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どうする?みたらす?
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山口絵美菜

ミュージカル初心者の語彙力が溶けた観劇録

4月に「ロミオ&ジュリエット」を見たことをきっかけに、あっという間にミュージカル沼にはまった私の観劇録です。擬音、感嘆多め。あくまでも己の記憶頼りの個人の感想です。好きなのは矢崎広さん。
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