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東京オリンピック ボランティアドライバー体験記36

夜の国立競技場内はとても明るい。あの、観客が入っていなくとも、あたかも観客が居るかのように見えるカラフルなシートも見える。とうとう私は国立競技場内に入ったのだ。私は喜びに溢れる。そのまま人の流れに付いていくと、当然のように観客席に向かうことになる。そこにもセキュリティチェックがあって(ここでもチェックをするのはボランティアだ)私はドキドキする。私がここに居るのは、不適切な行為だからだ。

セキュリティでは当然止められて、私のカードではそのエリアには入れない、と言われる。でもそれだけだった。つまみ出されたりしたわけではない。そこは選手用の座席の入り口だったようだ。そして私は選手ではない。いけない、間違っちゃいました、みたいな顔をして、私はそこを立ち去る。

出口のほうに向かって戻ると、なんだか自由に座れそうな椅子がある箇所がある。そこに座っている人は居ないし、私がそこに座ることには問題がなさそうだ。無権利者であるはずの私は、当然の行為のような顔をしてそこに腰かける。そして競技を見る。手前のフィールドでは走り高跳びや棒高跳びなどの跳躍系の競技をやっている。私から見て左側のトラックでは、幅跳びなどの競技をやっている。フィールドの真ん中はハンマー投げなどのスペース、そしてあちら側のトラックでは短距離のスピード系の競技をやっているようだ。

ちょうど私が居る時に、男子110メートルハードルの予選が始まる。競技場内には、それなりの人数の人が入っているようだ。選手もいれば関係者もいれば、報道陣もいれば、(私のような不法侵入ではなく、国立競技場が持ち場の)ボランティアもいる。なんだかずいぶん華やかな雰囲気だし、それでもこの会場のキャパシティからすると、わずかな人数しか入っていないので、会場は静かだ。競技の内容や選手を紹介するアナウンスだけが高々と流れる。こんな素晴らしい機会に観客がいないことを、私は残念に思う。

110メートルハードルには日本人選手も出場するので、私は齧り付いて観戦した。こういうスポーツ観戦にはよくあることだが、会場ではただ、競技が行われているに過ぎない。テレビと違って解説がない。だから競技は淡々と行われているように見えるのだが、それでもそれを生で見ている感動が湧き上がってくる。

いつまでもそこに居たかったが、不法侵入だし、ステークホルダーから早めに電話がかかってくるとまずいので、ハードルが終わると興奮冷めやらぬまま、私は競技場を後にして絵画館裏に戻った。すると程なくしてステークホルダーから電話があった。いつまでも油を売っていなくてよかった、と私は胸を撫で下ろした。

その日は人を乗せた初の夜間ドライブだったが、なんの問題なく選手村に戻った。到着した際の私のバック駐車が不合格だったらしく、バルバドス人にもっと下がるよう誘導された。車から降りた後は私はロックを忘れたらしく、バルバドス人が自分でロックしていた。しかしそれを除けばなんら問題はなかった。

こうして私の夏休みは終わった。明日からは仕事だ。そして次のボランティアは週末の土曜日までない。今年はかけがえのない夏休みとなった。

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