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ラルチザンパフュームの感想1

ラルチザンに手を出した。とはいえ、いま店頭で並んでいる真っ黒ボトル(上の写真)は「よしあれを買うぞ」と能動的にお店に向かってもなお「買わなくていいや……」とお店を出る結末になるという致命的なデザインのため、ラトリエで売ってる現行品は買ったことがない。というか、
・全部のボトルが同じ(香りが持つ世界観が伝わらない)
・ラベルの文字が小さい上にフランス語なので読めない
・店員の説明がない(あっても一言)
と、ないないづくしでこれって店員もどう売るか指導を受けてないんちゃうう?感。 スタッフが香水好きなら商品ページに書いてある以上のことが語れると思うけど、今のところ検索して1秒で出るような説明しかお出しされたことがない。いや、基本的な商品説明があるのはいいんだけど、「ってサイトに書いてあります」と語尾に付かんばかりの棒読みっぷり。店員さんの個人的な感想とか、どんな人が買っていくかとか、そもそも売れてないとか、別に好きじゃないとか、何でもいいから自分の言葉で説明してほしい(そしてラルチザンに食いついておきながら店内の別の香水を買うという謎ムーブになる)。

せめて物的魅力、手に入れたいと思わせる高級感があるならいいんだけど、ボトルのラベルが儚げローマン体なのに箱がカラフルなサンセリフってどういう判断だよ。取ってつけたようなハンコも意味不明だし。せめてモチーフとなった植物や風景を銅版画風にプリントしてくれれば……(そしてディプティックになる)
全部のボトルが同じ&ラベルの文字が小さいっていうのはジョーマローンもそうなんだけど、JMは店内の世界観とスタッフの説明が完璧だからこそあのデザインが輝くんだよね。液体色もきれいに見えるし。そうよ液体色が見たいわ! その子の液体色を見せて頂戴!!

はあ旧ボトルめっちゃきれい……光で劣化する? 使うとき以外は箱に入れて冷暗所に保管するんだYO! だから箱のデザインも可愛くしてほしいです。

ラペルトワ

初めて手に入れたラルチザンのボトルはこれ。ずっしりとした重みのあるベロアの化粧箱。宝石をしまっておくやつと同じだ! 瓶の重みに任せてストンと中箱を抜き出すと、純露的な八角形のボトルがシトリンのように魅力的な輝きを放っている。ボトルが八角形なのにキャップが七角形という芸術性。令和の現代でお店に並んでいる星の数ほどの香水の中で、ここまで美しいパッケージの香水って果たして存在するのだろうか? このラペルトワも廃盤前は画一化された黒ボトルとペラペラの黒い箱にリニューアルされていたけど、この当初のデザインの美しさを見たらとてもそんなことできない。

「静寂の先に続く心の扉へと誘う香り。」
なんのこっちゃと思いながら吹きかけてみると、甘くてしっとりしたガーデニア……いや、これは住宅街の、夏の帰り道の匂いだ。
学童からの帰り、大きな坂道を登りながら、友達が「見ろ!!手が超長い」と行く手に伸びる影を指さす。まだ小学1年生の私たち。背後からの夕日が新品のランドセルの輪郭をまぶしく輝かせる。こめかみの汗を気持ちよく冷やす夕方の風。どこからともなく、甘い花の香りが漂ってくる。

当時通ってた坂でマジで撮ってきました

坂を登りきり、「また明日」。
ある時は、帰りに学童の先生のスクーターの後ろに乗せてもらう。一人しか乗れないので、私はゆっくり走る二人を追いかける。二人のヘルメットが夕日を受けて橙に光る。振り向いて「早く来い」と彼が笑う。
まだ、部活とか学力とか性別とか、そういうもので分け隔てられていなかったときの友達。悪ガキも優等生もたまにしか学校に来ない子も、みんながみんな友達だった頃。
やがて中学に上がり、彼は野球部になった。先生の言うことは聞かない。授業も聞かない。野球をしているところは見たことがない。毎日廊下をフラフラしているように見えたが、その後のことはよく知らない。

学童からの帰り道。日が沈むのが早くなり、既に道は真っ暗だ。行く先にコンビニの看板が煌々と光る。「なんかとっていこうぜ」彼は手で何かをくすねるようなジェスチャーをした。外で待っていると、彼がすぐに出てくる。暗くてよく見えないが、手に何かお菓子を持っている。

学童からの帰り道。コンビニ。「また行こうぜ」と彼は言う。
いつからか、彼とは一緒に帰らなくなった。

ガーデニアの香りに混じって、四川山椒のささやかな刺激が鼻の奥をツンとさせる。人間が泣きそうになるときの、心がギュッとなる感覚を、香りでここまで表現できるのかということに驚く。ボトルの橙色の液体を見ていると、ガラス越しに夕暮れの坂道が見えてくる。
小学生の頃一緒に帰った友だちの顔が一人、また一人と浮かんでくる。進学、就職、結婚、きっとこの先は会うこともない彼・彼女たちのことを思う。多分ほんとうの意味で「誰とでも」友達になれるのは、小学生のうちだけなのではないだろうか。

このラペルトワを含む「エクスプロージョンオブエモーション」シリーズには、「人が内に抱える何かを揺さぶる感情を表現する」というテーマがある。説明だけ見るとフーンで終わるけど、実際に香りを体験すると本当に感情が揺さぶられてびっくりする。香水にこんな事ができるのか。

商品リンクを貼ろうとして、そういえばラトリエデパルファムの人が廃盤ですって言ってたな…と思い出した。確かに日常的に付けるような香りではないけれど、香りが芸術であるということを実感させてくれる作品であり、ぜひ復活してほしいと思う。復刻の際は、ボトルと箱も2014年当時のものでお願いします。

オートヴォルティージュ

初めて意中の人に告白したのは(確か)20歳くらいのとき。駅のホームで電車が去って、完全に人がいなくなったときに。オートヴォルティージュの箱の集中線を見ると、突風を伴って通過していく電車のことを思い出して苦~~~~い気持ちになる。

オートヴォルティージュは、説明によると「心の箍(たが)を外した瞬間の、鳥肌がたつような強烈な歓喜をイメージ」とのこと。たしかにカード(次のスキンオンスキン参照)を見ると、人が飛んでいるような写真がある。「高度なアクロバット」という名前の通り、紐なしバンジーのような決死の覚悟と高揚感の香りなのであろう。
まずプッシュすると鼻につくのは、公衆トイレのようなアンモニア的酸味。肌につけていい香りなのか!? とビビるくらい臭いのでレビューを読み漁るも、誰もそんなこと言ってる人がいないので、おそらく経年劣化によるものなのだろう。本来はどんな香りだったのか、廃盤となった今では知ることもできない。

電車が去り、誰もいないホーム。言うか言うまいか迷っていたが、今日言わず明日も迷うのではきりがない。意を決して「好きなのでお付き合いしませんか?」というような意味のことをしどろもどろで伝える。目と脳がグルグルとして、相手の表情を見ることもままならない。しばし無言の二人。アスファルトを見つめ立ち尽くす。
(返事がない……)お付き合いしてくれるのか? どうなんだ? そもそも、付き合うってどういうことなんだ? 
階段を登る彼の背を追いかける。「あの! お付き合いしてくれるんですか!? ダメなんですか!?」せめて返事を聞かなければ今日の覚悟の意味がない。しかしこの場で判断を迫るということがせっかちすぎる説?? 1週間とか待ったほうがいい? でもそれって悩む時点で答えはダメってことじゃない? 様々な仮定とシュミレーションを脳内で高速演算する。
「……お付き合いしましょう」
(……喋った!)思いがけず受け取った返事、現実味のない浮遊感。付き合うってどういうことなんだろう? 自分で言っておいてよくわからない。しかし、少なくとも昨日よりも今日、今日よりも明日のほうが確実に仲良くなれるということだ。20歳らしい前向きな確信。

いつの間にか臭みは消え、ザクロの果実の甘酸っぱいきらめきが訪れる。まさに香りのガーネット。ジュニパーベリーが吹き抜ける一陣の風のように透明感を添えている。鼓動が早まる緊張感と、開放感、達成感、昨日とは違う未来への期待……そういった感情が思い起こされる。
やがてベリーは紅茶のような深みとともに落ち着いていく。過去を回想する一人の時間。

スキンオンスキン

エクスプロージョンオブエモーションは金属のプレートがあしらわれためちゃくちゃ豪華な箱に入っていて、施されたエンボス模様も一つ一つ違う。貴金属の保存箱のようにどっしりした箱を開けると、ボトルと一緒にイメージカード的なものが入っている。ラペルトワ、オートヴォルティージュは断片的なイメージをいくつか並べたデザインだったのに対して、スキンオンスキンは写真1枚のみ。ザ・セックス。暗いベッドの中で抱き合う男女。

一番右がスキンオンスキンのカード
なんか反射で見えづらくなっちゃった

「若いっていいわね…」と引退したママのような口ぶりでスキンオンスキンをプッシュ。この激重で押しにくいスプレーがまた覚悟を試されているようでたまらないわね。
ラム的なアルコールの匂いがビリビリと喉を突き刺す。下戸なのでラムとか飲んだことないけど、香りだけで急性アルコール中毒になりそうな幕開け。エッチ前に飲酒とは恐れ入る。っていうかこの箱の模様、めちゃくちゃ酔ってゲボ吐くときに見える黄色と紫の幻覚じゃん! こういううねるチェック模様が至近距離で見たブラウン管的に脳を支配することない? ないか。
10分くらいすると、お酒が落ち着いてほのかな酸味が出てくる。アットコスメでちらっと言ってる人もいたけど、どことなくヨダレっぽさもある。これってチューしてる……ってコト!? 人の肌の上で破廉恥な真似はよして!
アルコールと酸味を行ったりきたりしているうちに、ほのかな甘さを伴ってムスク的な落ち着きを見せてくる。これがお肌のぬくもり……。次第にバニラが現れ、ずっとこの香りに包まれていたい感。お菓子的な甘さではない。人肌の温かさ、安心感、すこしのときめきを含んだ幸せの一時。

ボアファリヌ

こちらはリニューアル後の黒いボトルで入手。黒いボトルヤダヤダしてたけどワンプッシュがため息のように長く、腕全体にきれいにつけられることに驚く。霧を吹き付けると、ニッキにも似た粉っぽいスパイシーな香りが部屋に広がる。生八ツ橋のこと、修学旅行生のお土産だろと思ってバカにしてたけど今急に食べたくなってきた。
「ジャン=クロード エレナがインド洋の楽園レユニオン島を旅したときに出会った、パン生地の匂いがする魔法の木」から着想を得たとのこと。トップのニッキが落ち着いてくると、確かにもっちりした生地の香りがしてくるような……
大勢としてはウッディで、金木工室でベニヤ板を加工したときのようにピリッとした木くずを感じて胸がつっかえるときもある。しかしナッツに似たほのかな甘味が、舞い上がる木くずをまとめ上げて美しいまんとうを手のひらにそっと乗せてくれる。

甘くないけどきちんとグルマンであり、脳の腹ペコ部位を巧妙に刺激してくるので、必ず生八ツ橋かパン類を用意してからつけたほうがいい。

シャンドフルール

薄ピンクの液体、そっけない白ラベル……個人的には「フルール」と名前に入っている時点でもう目新しい香りではなさそうだなとスルーしてしまう(どんな判断だ)。新作の推理小説に「箱根湯けむり殺人事件」とかつけるようなもんだよ。ただサンプルを貰ったので一応つける。
中学生の娘(いない)が喜びそうな清楚コロンを一吹きすると、フワフワっと粉っぽくかわいらしいお花の香り。この粉っぽさ……洋梨なのだわ!! 洋梨が入ってる=モテ香水、古事記にもそう書いてある。
いやだわ普段は硬派で通しているのにペアー系なんて恥ずかしいのだわと苦悶していると、次第にジャスミンとかチュベローズ的な心地よい渋みが出てくる。あとムスク。全体としては甘くフワフワとしてとらえどころのない印象。

コートダムール

レベル80のウッドセージ&シーソルト!! ウッドセージシーソルトの方は、初めて嗅いだとき「全然海じゃなくね? ちゃおの付録みたいな匂いしやがって(香り自体は好き)」と思ったが、コートダムールは同系統の甘い香りでありながら、確実に海を連想させる。
まず最初に訪れるのは、海辺の松を思わせる無骨な針葉樹のグリーン。その直後に、太陽に焼かれた砂のミネラルがバッと押し寄せる。まるで突風に吹かれて砂が襲いかかってきたかのよう。それから間髪入れず、セロハンテープのようなエグみのある甘さ。劣化したホワイトジャスミン&ミントほどではないが、あまり気持ちいい香りではない。
印象の8割を占めるこの甘さは一体……? と思って調べると、どうやらイモーテルらしい。ロクシタンの青い化粧水を使ったことがあれば、ちょっと思い当たる部分があるかも。コート紙に鼻を近づけて嗅いだときのような、冷たさのある塩味。

例によって廃盤なので、もしかすると劣化して本来の香りとは違っているかもしれない……。水色のきれいな液体でマリン系として売られている香水たちを萌え絵に例えるとすると、コートダムールは法廷画。海をきれいに見せたり、その魅力を誇張したりしない。ただ、写真のようにありのままというわけでもなく、どこかローテクでノスタルジーを感じさせる。
観光地ではない、寂れた地方の海を旅するときに。

というわけで、シャンドフルール以外はすべて中古で買った廃盤品という……。中古を買う時は絶対箱付きという謎のこだわりがあるんだけど、箱に入っていてもやはり香りの変化は避けられないのかもしれない。
黒ボトルのスプレーが意外といい感じであることがわかったので、次はタンブクトゥやtea for twoなど、今も売られている名作を試してみたいと思います。でもサイズの選択肢が100mlボトル(¥20,240)のみって……そういうところだぞ!!!!!

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