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サロンドパルファン2022の感想

上司に退職届を叩きつけた翌日に参加するサロパは、果たして再来月の引き落としに耐えられるのかという不安9割と、とにかくめちゃくちゃになりてえという破滅願望1割の感情の中、エムアイカードのご利用額が見たこともないペースで上昇していくのを他人事のような気持ちで見ているゆるやかな自傷行為と化していた。

ジャン=クロード・エレナのサロパの講演で、参加者から「自分は調香をしているが、娘が香りに興味を持ってくれない。エレナはどのように子供や部下に香りの魅力を教えているか」(意訳)という質問があり、それに対してエレナは「素材と向き合うこと。とくに香料は極限まで薄めることによってその魅力が見えるようになる」というような回答をしていた。
全然香料と関係ないけど、常にネガティブなことを考えてしまうのは人間の本能であり、不安という感情が1割あることによってむしろ日常生活輝くみたいなとこあるよね。まあ今は不安が9割だから輝いてるのは1割の破滅願望のほうなんだけど……

以下購入したもの。

エディット 1st collection & La collection Remixes

10時の開店と同時にサロパに入場して、まずは会場をぐるっと一周。限られた時間と予算をどのように配分するかなんとなく意識しつつ、まずはハンコ屋さんによる香水ブランドエディットへ。
なんか全然写真撮ってないから伝わりづらいんだけど、エディットのフルボトルって非常階段のドアノブのように都会的な輝きを放っていてかっこいい。昔働いてた会社で社長が大事そうな書類に押してる社判がこんな感じだった気がする。

社判の参考画像

ノーズショップ形式の三角フラスコを端から嗅ぎながら、一番いいなと思ったのはJardin Tokyo。ガルバナムとグリーンがメインの庭感のなかに、日だまりのような温かい甘みを感じる。ゲランのアクアアレゴリア、エルメスの庭、グッチのアルケミストガーデンといった風に、ブランドの庭像にその思想が現れる気がして楽しいよね。
ボトルがかっこいいとか言いつつディスカバリー2種を購入。いや箱の仕切りが木でできてるのヤバくないですか? 絶対原価割れだしなんかフルボトルの1000円クポーンもついてるしボランティアの領域だよもう。4500円+3900円。

リベルタパフューム CHA-BA&ソフトフローラル

サトリ×リベルタの師弟対談にて、「自身のブランドで一番のおすすめは?」との答えにそれぞれ「ひょうげ」「CHA-BA」と挙げられていた。配られたムエットを嗅いでみると。
ひょうげはまず畳の印象が現れて、そこから緩やかな風に乗って庭の花や木々の香り、点てたばかりの抹茶の泡……そんな穏やかな茶室の風景が展開する。大沢さとりさんが「毎日自分でお茶を点てる」と言っていた印象のせいか、本当にお茶のいいとこ取り。茶道につきものの堅苦しい形式とか厳格さといった感じが一切なくて、ただそこにある四季と静寂をリラックスして味わえる、自分だけのためのお茶の香り。
CHA-BAは、フレッシュな苦味の中にマテ茶のコクがあり、湯呑の底の澱がおいしいと感じる方におすすめ。公式のノートには見当たらないんだけどなんだかとってもレモンの香りがして、これってハーバフレスカじゃん! 大容量でお安いし用途としてもハーバフレスカと被るんだけど、こんなんなんぼあってもいいですからね。
リベルタで10000円買うと香料のサンプルスプレーがもらえるので、金額調整のためにソフトフローラルも購入。店員さんが「山根さんが奥様のために作った香りです」と言っていて、そんな大切な香りを赤の他人がつけるのは恐縮感。まあでもルドニツカのテレーズも奥様のための香りだけどみんなつけてるしね。「触れるとパラパラとくずれてしまいそうな、気品のある繊細さ」という説明が本当に素敵で、この雰囲気って目指してなれるものではないし、あとこういう女性に限って大体普通に強い。そんな人に私はなりたい。7000円+3878円。

パルファンサトリ トライアルセットH&C

なんかサトリの行列すごかったね…空いてるタイミングを見計らって、フラスコを片っ端から吸う。やはり対談の説明を聞いたあとではひょうげが一番魅力的に感じる。切りたてのくず餅のようにつるりとした曲線のボトルはついつい手で撫で回したくなるが、今日の目当てはトライアルセット。

原書のほうが装丁がいい

新しい香水を買ったとき、新しいブランドにハマったとき、それについて何かおもろいことが書かれていないか期待してつい何度も開いてしまう「世界香水ガイド」(ルカ・トゥリン等著)という麻薬的な書がある。コメントは基本的に辛辣で、自分の好きな香水が「ビニール製のテーブルクロス」とか「シャワージェルとして楽しめ」とかボロクソ言われていることもある。そんな辛口本の中で激褒めされているサトリの香水がセットになったのが、このパフュームトライアルセットC。男性向けの香りを集めたトライアルセットHと一緒に買うと、なんと手のひらサイズのパフュームブックがついてくる。中身は香水のジャンル分けとか上手な付け方とか、基礎知識が初心者向けに優しい言葉で書かれており、おそらくこの小さなセットをもって香水を初めて買うという人のために作られたものなのだろう。上記ルカおじの本に日本の独立系ブランドで初めて掲載されたり、フランスの国際香水博物館に日本の独立系調香師として初めて作品が収蔵されたり……「日本で初めて」をいろいろ達成した先駆者だからこそ、このような細かい心遣いで初心者を導くことを忘れない姿勢に、ブランドの矜持を感じた。6600円+6600円。

ミヤ シンマ パリ MOMO

香水オタクの中で評価が高いルシヤージュという伝説的お店の神接客が受けられるということで、コンサルテーションを予約。京都のお店だし「香水がお好きなんどすなあ(笑)」とか言われたら死ぬしかなくない? と怯えながら着席したものの、すぐに杞憂であることがわかった。

・1人に対して60分も時間をかけてくれる
・説明と提案が十分なボリュームである
・こちらの反応や言葉を待ってくれる
・その場で購入の判断をしなくていい

これって文章にすると簡単なようで、1つも達成できてない店&販売員のほうが9割で、例えば百貨店とかハイブラ系のお店だと香水1つ選ぶのに60分も接客受けるとか無理なんですよね。そんなに従業員を拘束したら出禁になっても仕方ないレベル。でもブランドの世界観、調香師について、個々の香水の特徴、客の要望といった必要なことを全部共有しようとしたら絶対60分は必要で、そこに香水販売の難しさがあると思う。
そんななか、対応してくれた米倉さんは、ミヤシンマというブランドにおいて、「最近ブランド名がミヤシンマパリに変わり、パリがつくことによって、より『パリにある日本のブランド』という色をアピールしている」「香水の説明に歌が引用されているがこれはあくまで参考であって、ここに書かれていないオリジナルのもっと長い歌があって、それをもとに香りが作られている」「すべての情報を出さないことで、香りを感じる人が自由に想像できる余白が残されている」「フゼアって書いてある香りでもフゼア成分が入っていなかったり、香調の説明一つとっても謎がある」などなど丁寧な解説をしてくれた。節々に現れる京都なまりがなんて素敵なんだ……生まれ変わったら京都人になりたい。
で、これだけの説明をすると、それに対して客がどう思ったのか口を挟む隙間ってないことがほとんどなんだけど、米倉さんは「試してみたい香りありますか?」「これとこれは同じ「YUKI」と名前に入っているんですけど、全然情景が違って…」と、客の反応をもとに会話を発展させてくれる。コールアンドレスポンス。これだけで嬉しい。
最終的にKIMONO YUKIMOMOで迷って、60分も接客受けたらこの場で決済しないと……とエムアイカードを眉間の皺に挟みながら考えていると、「つけてみてまたゆっくり検討してください。会期終わってもオンラインでも買えますし、その時『サロパで迷って~』みたいなこと書いてくれたらサロパの特典もつけられます」とのお言葉。しかも特典が新間美也氏の書籍。

どんだけおもてなし精神にあふれているんだ……泣きそうになっちゃったけどお言葉に甘えてじっくり時間の変化をみさせていただくことに。KIMONO YUKIはラストでうまく肌に馴染まなかったため、桃の皮の渋みに似た可愛いベチバーが新鮮なMOMOに決定。翌日再度サロパに行き購入。24200円。「世の中にはこういう接客もある」ということを知れる体験の価値を考えると、この金額は安すぎると思う。

ル クヴォン シグネチャー ミモザ

100ml買うとエレナのサインが貰えるよ!とあったが、クヴォンの香りはどれもラストが厳しいのでボトルは買わないつもりでいた。が、運よく取れたエレナの講演にて「クヴォンの香りは基本的に私が監修してチームで作っていますが、シグネチャーは私自身が調香しており、これは私自身とも言えるでしょう」とエレナが言っているのを見て、そういうことになった。

エレナがお花の絵書いてくれた…

講演が終わってからクヴォンの売り場に行くとすでにサイン待ちの行列ができていて、「今買ったらサインもらえますか?」と店員さんに聞いたら「ギリ行けます」と言われたので即ミモザ。エレナに「メルシ~」って言ったけど普通に通じてなかったし「ありがとう」と日本語で返されて照れた。
ミモザをプッシュすると感じるのは、温かい懐かしさ。保育園児だった頃、園庭に咲くおしろい花や白詰草、ハルジオンなどが午後の日差しに温められて、こんな香りを漂わせていたような気がする。23760円。

エルメスのベルトがステキだね

エレナの講演は1日16席しか予約枠がなかったこともあり、周囲の人が全員「「「ガチ」」」のオーラを発していた。トークを録音する者、緻密なメモを取る者、首から香水をぶら下げる者、質問をフランス語訳して持参する者……各テーブルではツイッターのアカウント交換が始まっており、「あっ有名な方ですよね!?見たことある~」といったインフルエンサー同士の会話に入ることもできず震えながら着席。
講演ではエレナ自ら調香したシグネチャーシリーズの紹介と、なんと調香の実演があった。「調香師というのはマジシャンのようなものです。今から皆さんにそのマジックをお見せしましょう」といってムエットを配布し、①りんご、②オレンジの花、③わたあめのムエットを組み合わせると、①+②=いちご、①+②+③=ラズベリーとか、シンプルなレシピでも組み合わせによって連想するものが変化することを教えてくれた。これ調香師日記に書いてあったやつだ!!! まさか本人から直接聞ける日が来るなんて……質疑応答では質問者に笑顔でうなずき、サイン会では2ショットにまで応じ(肩をキュッと抱いてくれる)全てにおいてサービス精神が溢れており、調香師としてだけでなく人間としてのエレナの魅力を感じました。

エラケイ メモワール・ド・ダイセンイン

フォルテの接客待ちの列すごかったね……自分はコンサルテーションを予約したものの行こうと思っていた日が取れず、サロパを2日目おかわりした。コンサル対応してくれたシュンさんの説明はめちゃくちゃ情熱的で、まず顔が近い。こんなに間近で人間の顔見るの数年ぶりだな……と圧倒された(チューしてくるうちの3歳児は除く)。好みの香り、普段使っている香りを確認し、フォルテ扱いブランドの新作や、好きそうな傾向を中心に紹介してくれて、ムエットに香りを吹きかける仕草などがエレガントだった。ただ、コンサルの時間が30分ということもあり、かなり駆け足で、こちらの要望を伝えるタイミングが不足していた感もあり。気になっていたエラケイについて聞く時間が足りなくなってしまった……
時間オーバーしてまで紹介していただいたハロン湾の雨、サガノの詩、メモワールドダイセンインの中で迷って、隣の方がサガノを購入していたので対抗心でダイセンインを選んだ(なんで?)。金色のキャップが激重で、足の上に落としたら普通に死ぬと思う。まあ香水のキャップの重さと値段は比例するとこあるからね。ビュリー(2万)も鉄のでかい蓋を落としまくってパーツが割れて閉まらなくなったし、ヴィトンのレゼクストレ(77000円)ともなれば値段もキャップのでかさも王者の風格だよね。

飛んでる

あっダイセンインは普通に繊細なローズでいいと思います。33000円。

エルメティカ ディスカバリーキット

キレートレモンのようなグリーンのガラスボトルが健康的な魅力を放つエルメティカ。存在が初知りだったため、「こちらはどういうブランドなんですか?」と店員さんに聞いたところ、「私も実は詳しくなくて…」という返答がきて驚いた。それまで受けてきた上記の接客が頂点レベルすぎたため、「そういえば香水の接客ってこういうのが普通に有り得るんだった」ということをようやく思い出した。香り自体は、新作のマテ茶のやつとか落ち着いたコクがあってよかったけど全体的にあんまり印象にない。時間もないのでディスカバリーを購入(そういう買い方をするな)。4500円。

メゾン クリヴェリ パピルス モレキュレール

ラトリエデパルファムのコンサルテーションにて。ipadに表示されたイメージ画像を見ながら、好きな料理、休日の過ごし方、普段の服装などを選んでいき、その完成したイメージパネルをもとに店員さんがオススメ香水を提案してくれる。画面がピンクになるほど無類のパウダリーお花畑食いしん坊であるため、ミュールエムスクが出てきて終わりだろうなと思っていた(どんな偏見だよ)が、提案されたのはクルジャンのグランソワール、クリヴェリのパピルス、キリアンのローズウード。どれも自分からは手に取らないけど好みからは外れていない……という新しい出会いを提供してもらえました。これがラトリエの実力!(月給19万でカンペを見ながら紹介してくる販売員しかいないと思っていた)
パピルスモレキュレールを選んだ理由は、印刷物の匂いがするから。トップはキュウリのようなフレッシュ感とクリーミーな草の甘みがある。5分くらいでこれが落ち着くと、煙っぽさとインク・墨汁系統の香り(ペッパーとレザー?)+トンカビーンの古書臭になり、秋の読書にピッタリの知的な空気を漂わせる。クリヴェリのブースは行列してて行けなかったけど、こちらで出会えてよかった。15400円。

ブルガリ アレーグラ ディスカバリーキット

千歳飴みたいでかわいい

ブルガリの香水は2000年代に大ヒットしたせいで、自分の中で「なんかそのへんの薬局で売ってる香水」程度の認識になってしまっていた。ラグジュアリーブランドであるはずなのに、ケツにヴィトンの長財布を挿したギャル男がVOXYのダッシュボードに飾っているような印象が付きまとうのは、大ヒットロングセラーの代償ともいうべきか。

21世紀になって各ハイブランドが香水の最上級ラインを打ち出すようになり、「俺たちもそろそろラグいエクスクルーシブなフレグランスを出すべきじゃね?」と立ち上がったギャル男が憧れヴィトンの専属調香師キャバリエにお願いして作ってもらったのがこれ。KAWAII~♡♡ココルルのカウチンがお似合いの奥さん(ギャル)も喜びそう。
店員さんが「世界的に有名な調香師、ジャックキャバリエ作でございます」と言うので「ヴィトンの専属じゃなかったんですね!」と驚いたら「ブルガリの専属でもあるんですよ」と言ってて専属の意味……?ってなった。でも香りはブルガリのほうが親しみやすくて好き。
で、このカラフルなキャンディと合わせて、白いキャンディボトルに入った「マグニファイングエッセンス」というトッピングをかけ合わせて使うことが推奨されている。いやいや本体オードパルファムが50mL 20,790円(税込)でマグニファインが40mL 23,760円(税込)って……
店員さんはさも常識みたいな顔で「本体とマグニ5種類ずつ揃えれば、何通りもの組み合わせを楽しめるんですよ」と言っていたが、「大変なことになっちゃいますね……(金額的に)」としか返せなかった。大変なことになる前にディスカバリーだけにしとこ、と購入の意思を伝えると、マグニファインのサンプル全種つけてくれて、ピンクの可愛いブーケまでくれて、このおもてなし力(ぢから)ッッッ!となりました。女は花渡しとけばだいたい喜ぶからな。22220円。
サロパが終わったら銀座のブルガリタワーでしか買えないそうなので、気になる方はブルガリのクソ高いチョコを買うついでに行ってみてはいかがでしょうか。

一粒千円

バンフォード ディスカバリーパルファムセット

写真に写ってないけど羊もいた

ディスカバリーの商品ページが見つからなかった……↑この写真の下の方に並んでるやつね。2ml2種で3500円という価格が適正なのかどうかもはや判断する思考力も残っていなかったが、「オーガニックは真のラグジュアリー」というあまりにも力強いメッサージュにめまいがしてなんか気づいたら購入していた。

壁に大きく書かれている

ウッドランドモスはアンジェリカ、パチュリ、モスと好きな香料勢ぞろいで、苦味が暴れ出すこともなく、白金台の高級マンションのロビーに置かれている盆栽のように上品・清潔・都会感・育ちの良さをアピールしている。
ワイルドメドウは一陣の風のような軽くも力強い柑橘と同時に、元気なハニーサックルが南国のスパ感をもたらしている。どちらも確かにラグジュアリー。スパ感とか適当に言ったけど調べたら本当にスパをやってるんですね。ボディーソープとかキャンドルが多いのも納得。

というわけで、買った商品を大雑把にレビューしただけで卒論みたいな長さになってしまった。2日通っても全部のブースは回れず、香師も気になったけどallianceええにおいやなーで終わってしまった。香水のボトルって、こういう「つい触りたくなる」感じが手に取る頻度に直結するので大事。

ファミレスの呼び出しボタンみたいでかわいい

今回はサロパを楽しみながらも、頭の9割では「今辞められると困ります」と激おこする上司のことしか考えておらず、状況的に万全のコンディションとはいえなかった。寝てるときすら夢の中で仕事をしているので、本来ならクソデカルールブルー(220万)が買えるくらいの残業代が発生するべきだが、そうはいかないのが現実の辛いところ。

誰がいつ使うん

それでも、本当に香水が好きで、自身の接客技術を芸術レベルにまで高めて自身の愛や知識を世の中に還元している人がたくさんいて、あーこういう働き方ってあるんだな……と新鮮な気持ちだった。(別に今の仕事が趣味や香水関係じゃないから辞める!というわけではないし)好きを仕事にしろとは全く思わないけど、「相手が何を求めているか」「客自身もわかっていない本当に必要なこととは何か」を考えて提案できる能力って全てにおいて大事だよね。そういう仕事ができる人になりたいなあと思いました。
来年のサロパは落ち着いた心持ちで参加したい。

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