本当の血液型を知った日

今から5年と少し前、妊娠がわかり、産院で最初の健診を受けたときのこと。
検査結果の一覧とともに「O型」という名刺サイズのカードを受け取ったわたしは、何かの間違いだと思った。
だってわたしは、B型なのである。

「すみません、血液型が違うんですけど…」
受付に申し出ると、優しそうな女性スタッフは微笑んで事情を聞いてくれた。
「わたしB型なんですけど、なんかこれ…渡されまして」
「うーん、間違ってるっていうことはないはずなんですけど…」
え。いや、でも。
「B型とおっしゃるのは、臍帯血検査でお調べになりましたか?臍帯血検査だと、お母様の血が混じることがあるんです。お母様はB型ですか?」
なん…だと……。
いかにも母はB型である。
34年間信じて疑わなかった自らのアイデンティティーが崩れるのを感じて、わたしは地軸がずれたかのような衝撃を覚えた。

どうしても気になるのなら、有料にはなりますがもう一度血液検査をすることは可能です。
そう案内されて、わたしは1,000円支払って再検査を申し込んだ。
が、やはり結果はO型だったのである。
ああ…。

「血液型」に関するすべてが、間違っていた。
病院で書いた問診票も。
友だちや恋人と教え合ったプロフィールも。
雑誌でチェックしてきた占いも。

何をおいてもショックなのは、子どもの頃に熱狂した血液型占いのことである。
昭和の終わりから平成初期にかけて、「占い」と「おまじない」は小学生女子の間で爆発的に流行っていた。
それらにページを割かない少女雑誌はなかったし、関連書籍は山のように売られ、みんな自分の本を片手に「○○ちゃんは、何座?何型?」とたずね合い、直近の運勢や気になる相手との相性、運命の相手を調べては盛り上がったものである。
わたしは双子座×B型としてさんざん占いを消費してきた。それなのに…。

若い世代の女性に話が通じなかったことがあって思い知ったのだが、あれは同世代ならではの熱い共通項だった。
今でも、人に星座をたずねて双子座・射手座・水瓶座のいずれかだったら「相性がいい…!」とひそかに思うし、「水が火を消してしまうように、火のエレメンツと水のエレメンツは相性が悪い」などといったあの頃触れた占いの解説文はするすると蘇る。

もちろん占いのすべてを信じているわけではないけれど、ローティーンにもわかるように展開された占星術の基本事項は魅力的だったし、さらにそれを血液型と組み合わせることで細分化された48通りの占いには説得力を感じていた。

「なんだかB型っぽくないね」「B型だけは違うでしょ?」などとわたしに言ってきた人たちの感覚は間違っていなかったんだなあ。

妊娠しなければ一生B型の人間として生きていたのだろうと思うたび不思議な気分に包まれる。
まあ、命に関わることがないかぎりは何の支障もないことだけれども。
結婚相手や子どもたちと同じO型として、最近はふっきれて楽しくやってます。

整えたシーツの脇から湯たんぽを差し入れるとき未来の気配/柴田瞳



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きゃ〜
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柴田 瞳

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柴田瞳の短歌つきエッセイ・コラムです。
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