「40通の手紙」と「新幹線で指輪」

こんにちはプチ鹿島です。

今日ツイッターでフォロワーの方の以下のツイートを目にしました。


ああ、そうだ。確かに書きました。今から4年前です。

私は『東スポWEB』でコラムを6年間書いていました。無理を言って昨年末でひと区切りつけさせてもらいました。大変お世話になった場所です。

東スポのサイト自体もそのあとリニューアルしたようでコラムは現在すべて消えています。

たまに「あの話題のとき、どんなこと考えてたかな」と振り返るのに自分でも重宝していました。今後はこちらでそういった記事を再掲していきたいと思います。

では、今回は2015年8月27日公開のコラムを載せます。

「40通の手紙」と「新幹線で指輪」

「40通の手紙」が話題になっている。あと「新幹線で指輪」も。

どちらも山本耕史さんのエピソードだ。

堀北真希さんとの結婚を発表して世間は驚いた(以下敬称略)。

しかし今年5月に舞台で共演したときに、山本が堀北に40通の手紙を渡し続けたことが明らかになってさらに騒ぎになった。

堀北が京都に行くと知り、勘に頼って新幹線に乗ったら堀北が乗車していて山本は指輪を贈ったという。トドメの一撃。

ここで整理したい。

世の男は、山本耕史が堀北真希と結婚すると知ったとき「山本耕史と自分との途方もない差」だけを感じたはずだ。

しかし「40通の手紙」「新幹線まで追っかけた」という彼の行為を聞いて「山本耕史と自分の差」は一気に縮まった。「なんだ、山本耕史は必死だったんだな。フラれ続けていたんだな」と。

次に発生する私たちの感情は何だろう。

妙な安心であり、だからこそ発生する妙な嫉妬であり、でも「結果」にはさからえないから「過程」を茶化そうという自分の心情との折り合いではなかったか。

正直言うと私は最初そうだった。だから山本耕史の必死な振る舞いをストーカーと同一するSNSの論調にも笑えた。ネタ化される山本耕史にはちょっと溜飲が下がった。

でも、そんな感情が沸く自分に対してすぐに思ったのだ。

だから山本耕史とは途方もない差があるんだよ、と。

自分は「何もやっていない」のに、つい上から目線で半笑いでネタ化して「山本耕史もご苦労さんだったな。はい、おしまい」と強引に幕引きをはかろうとした。嗤って終わろうとした。

でも、それはただのゴマカシだ。

たとえばこう想像してみたらどうか。

私やあなたが気分よくSNSなどで「ご高説」を発信してスケベにも不特定の承認を得ようとしているあいだ、山本耕史はたった一人の女性に手紙を書き続けていたのである。

新幹線まで追っかけて口説き続けていたのである。

人として完全に負けた感じがする。とんでもない差があるように思えてきた。

そう考えたら、彼の必死さを茶化す気分はさっぱり無くなった。もう山本耕史に対して「やりすぎコージー」とか言う気もなくなった。尊敬の念しかない。

たぶん、今回の山本耕史のエピソードを聞いて最初から感心だけしてる人はモテる男なんだと思う。素直でカッコいいタイプなんだと思う。

私もあたかもそうであったかのように修正しておきたい。

※2015年8月27日公開「プチ鹿島のソースは東スポ!」

以上です。

人に手紙を書くのはけっこう相手に響くと私も考えています。今から9年前ですが、自分のイベントに貴闘力さんを招こうとしました。

でもすんなり来てくださるわけがない。貴闘力さんも再出発のお仕事も忙しい毎日。

思いきって手紙をびっしり書いてオファーをしたところ、貴闘力さんに「伝わった」のです。あれは嬉しかったなぁ。

当時の顛末を書いた当時のロフトプラスワン店長のつぶやきのまとめが今読んでもハラハラします。みんな頑張った!

おまけとして付けておきます。

●ロフトプラスワン石崎店長の「なぜ僕は元・貴闘力をあそこまで怒らせたのか?~お車代2万で貴闘力を呼ぼうとした男~」 - Togetter https://togetter.com/li/132237


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