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おりおりいっぴつ #049(愛の魔法)

愛でる時間は

愛される時間に比例する


僕が小学生のとき、用務員のおじさんが学校に住み込みで働いていました。そのおじさんは当時、60歳手前くらい。細身で、日に焼けていて、あまり言葉をしゃべらず、いつも恥ずかしそうに、静かに笑っている人でした。

お仕事は、学校の花壇に水をやったり、落ち葉を集めて、大きな箱の中に入れたり、ゴミを拾ったりと、主に掃除がメインなのですが、野外授業(畑や、焼き芋焼きなど)ではいつも大活躍でした。

あとは、子どもたちが走る姿を嬉しそうな笑顔で眺めていたり、喧嘩で傷ついた猫をダンボールで飼っていたり。いつも真面目に仕事をしている優しいおじさんでした。

当時は児童全員で育てる花として、朝顔がありました。小5のある夏の日、玄関の横にずらりと並べてあった朝顔を眺めていると、不思議なことに気がつきました。

僕の朝顔の鉢だけが、みんなの朝顔よりも発育が悪く、背が低く、花も1つしか咲かなかったのです。

他のクラスの子の朝顔の鉢も見て回りましたが、やはり、僕だけの鉢が発育が悪く、なんだか悔しくて、そばで掃除をしていた用務員のおじさんに

「僕の朝顔だけが元気がないのはなんで?」

と聞いたのです。おじさんも、理由がわからなかったらしく、

「うーん。どうしたもんかのう・・・」

と頭をひねるばかり。おじさんは、ちょっと思案すると、この鉢を1週間ほどワシに預からせてほしいと言いました。つまり、おじさんが用務員室で育ててみると言うのです。

それはちょうど夏休み前で、本当は朝顔を自宅へ持って帰るというルールがあったのですが、僕は喜んで「お願いします」とおじさんに預けて、1週間ほどが経ちました。

ちょうど登校日です。おじさんがにっこり笑顔で、朝顔の鉢を抱いて、僕を手招きしています。僕の登校を待っていてくれたのです。

おじさんが抱きかかえている朝顔は、びっくりするくらいの数の花が咲いていたのです。大きく伸び、ツルもはみ出ているほど育っています。僕は歓声をあげて、その不思議な朝顔の鉢に飛びつきました。

「なんで? なんで、なんで、なんで?」

僕はなんで? しか言えませんでした。僕が育てていても伸びなかった朝顔が、おじさんが1週間育てただけでこんなにも伸びて、花が咲くなんて不思議で仕方ありません。

おじさんは、なんでかのう。とずっとニコニコしているだけで、答えを教えてくれません。しつこく聞きましたが、本当になぜだかわからないようなのです。本当に不思議なことですが、絶対理由があるはずだと思って、僕はしつこく聞きました。

きっと水の中にすごい栄養の入ったものをあげたんだろう、とか、特別日当たりの良い場所に置いておいたんだろうとか、自分が想像できる理由をおじさんに聞きまくったのですが、何ひとつ変わった事はしていませんでした。

僕はその日から、おじさんは魔法使いじゃないかと疑いはじめました。だから、時間のある限り僕は、おじさんの跡をつけ、追っかけ、用務員室まで行って、茶菓子もいただいたりして、その魔法の秘密を引き出そうと必死になりました。

なんならおじさんを丸ごと、夏休みの自由研究の題材にしようかと思ったくらい、僕の興味は尽きませんでした。

夏休みのプールで学校に行く時も、おじさんは学校に詰めています。ある日、ひとしきり遊んで、疲れて、プールから上がって一休みしていた時、50メートルほど離れた二宮金次郎像の向こう側にいるおじさんが見えました。

金網越しに、僕はじーーーっと観察。すると、ああ、そうか。そうなのか! と、僕はようやく、魔法のヒントを見つけたのです。

学校には、様々な木が植えられています。そして、花々も美しく咲いています。その一つ一つに、おじさんはなんと、語りかけながら、ポンポンと幹を叩いたり、花をちょんちょんとつついたり、撫でるように触ったりしていたのです。

植物に対して、心からの愛情を注ぎ、語りかける。この動作があまりにも美しく、神々しく僕には見えました。プールが終わるなり、用務員室へ駆け込んだ僕。

「おじさん! おじさんって、僕の朝顔にも声かけた?」

一瞬おじさんは不思議そうな顔をしていましたが、答えてくれました。

「うん、話しかけたなあ。あんたのご主人様が寂しがってるぞ? ってのう」

それから? 他には?

「うん、かわいい花を咲かせや。かわいい花を咲かしたら、ご褒美がいっぱいもらえるぞーっちゅうての」

それで? それで?

「咲いたらお前さんのことを、あー美しいなあってみんな笑顔で見てくれるぞ。あーかわいいかわいいって、笑ってくれるぞって」

子ども心に、僕は大きな感動を覚えました。花に喋りかけることによって、もしかしたら朝顔の成長も、変わるのかもしれない。

その感動は、大きくなっても忘れることはありませんでした。

そこから、大学の時のお話に飛びます。

夏休み、学童保育のアルバイトをしていたのですが、朝顔の鉢植えを持ってきた子どもがいたのです。うまく育たないから困っているとのことでした。

僕は、おじさんの魔法を思い出して、早速実験してみることにしました。朝顔には小さいつぼみが3つ、ついていたのですが、それはまだ小さすぎて、翌朝咲くかどうか分かりません。

でもこれを、言葉をかけることによって大きく咲いたら面白いぞ! と思って、僕はその日、学童保育の施設に泊まり込みました。

部屋の電気を消し、月明かりが漏れる場所に鉢を置き、朝顔に語りかけ始めたのです。

「つぼみさん。もし明日咲けるなら、大きな花を咲かせてね。僕が今夜、ずっと見てるからね。それにしても君のツルって細いんだねえ。もうちょっと太くならないの?」

そう言ってすぐのこと。細いツルが1本、絡まっていた棒からパンっと外れて、ふわっと動いたのです。

「うそっ!?」

僕はびっくりして、むしろ、朝顔のツルに悪いこと言ったのかな? とすら思いましたが違いました。なんとそこから、本当にゆっくりですが、時間をかけて、円を描くように、ツルがゆらゆらと周り始めたのです。

そして観察を始めてから3時間ほど経って、ツルは鉢の中に立っている棒にしっかりと絡みつき、さらに伸びていきました。

「少しずつですが、確実に伸びてる! いいぞ!」

口に出して、僕の喜びを伝えます。

するとさらに、つぼみが心なしか、大きく太く膨らんだような気がしたのです。もちろん、それも急な動きではないので、なんとなくしか分かりません。

朝の4時ごろになって、僕はさすがに眠くなってきました。

「ああ、もう寝ちゃうかもしれないよ〜。ごめんね〜」

と言ってしばらくすると、パチっと小さく音がしました。つぼみが膨らむ音なのか、これから花が咲く音なのか分かりませんが、確かに音がしました。

それで眠気が飛んだ僕は、つぼみがいつの間にか3つとも、僕のほうに向かっていることに気づきました。

「確か、あっち向いてたよね。最初! すごい!」

と言いながらドキドキして眺めていると、つぼみがパクと開きかけたんです。

もう完全に眠気はありません。朝顔の変化の面白さが、僕を夢中にさせていました。

「3つとも花が咲いたら、最高だよ!」

と語りかけながら、待ちました。

朝の7時半、花は見事に開きました。ツルの動きも止まり、しっかり棒に巻きついて、何事もなかったかのように静かにからまっています。

それは本当に、魔法がかかったような時間でした。

子どもたちが来てから、その観察の様子をキラキラの目で話していたら、ボクも今日見てみよう! 私も観察したい! と朝顔は大人気です。誇らしそうに咲く花は、とても美しく、一気に大人気になったわけです。

当然のように、その朝顔は、他のどの朝顔よりも大きくたくさん花をつけ、喜びに満ち溢れて咲き誇りました。

僕たちは、「きっとどんな花にも、心があって、めちゃんこ愛することによって、僕たちに大きな喜びを与えてくれる存在になるんだね」と、話したものです。

用務員のおじさんの教えは、あなたが大好きだよ〜という気持ちを惜しみなく、(植物でも人間でも)与え続ければ、それはちゃんと伝わって、ちゃんと喜びとして帰ってくるんだよということだったのだと思います。

その証拠に、おじさんは先生を差し置いて誰よりも人気で、いつでもみんなに愛されて、いつでもニッコニコでしたから。それは、児童みんなが、おじさんが自分たちを全力で守ってくれているし、愛してくれていることがわかっていたからです。

そして、僕たちを大好きでいてくれたその時間の何十倍も、僕たちはみんなおじさんのことが大好きでした。

あなたに、今日も幸あれ。


<お知らせ>

一緒に、愛の花を咲かせましょう。
※ 5/19の座学1回目は、日程確定となります!

5/10、11と、宮崎での人形劇も決定しました。是非お越しください!


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