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撮影リポート 「のぞき見ドキュメント 100カメ 週刊少年ジャンプ」

「100カメ」というタイトルの番組です。

はいその通りです、100台のGoProで同時に収録することが前提の番組でございます。そう聞いただけで、この酷暑でも背筋が涼しくなりますね。1台1台に込めた熱い想いを書いていては私も皆さんも途方に暮れるので、準備編と設置編の2段構えでこの撮影を報告させていただきます。

〜準備編〜

5月末、Iカメラマンより着信アリ。番組開発部の番組で100台のGoProを使い「週刊少年ジャンプ」の編集部を観察する企画が進行中。折笠氏参加サレタシ。とのこと。
概要としては、GoProHERO4に128GBのSDカードを挿し、720P設定で外部バッテリー供給すると約12時間連続収録でき、それを100セット設置するロケ。その撮影のご依頼。「おりちゃん、こういうの好きでしょ?みんなロケで忙しいからお願い!ねっ♡」とは全く一言も仰ってはおられませんでしたが、勝手にそう理解し、「へぃっ!ガッテン承知の助!」とお引き受けさせて頂く事になりました。
6月初旬、IカメラマンとHカメラマンによってテスト撮影が行われ(別ロケで折笠は参加できず)、約30台のカメラで検証した結果の詳細な資料を引き継ぐ。
Kディレクターと打ち合わせにて伝えられたことは、マンガ編集者という職業の真価とは新連載を立ち上げることであり、その新連載と打ち切られる連載とが天秤にかけられる会議の日の悲喜こもごもが番組のハイライトで、その日に向けて東奔西走する編集者の人間模様を100の視点から観察する番組であるということだった。
話を聞いてもまだ「100台のカメラ」という言葉に現実味を感じられないでいたがKディレクターのキラキラした瞳の奥に、その後訪れる地獄の編集を引き受けた人間の湧き上がるような強い覚悟を感じ、その長い航海の船に私も乗船したことを実感した。

6月18日、Hカメラマンと共にGoProの準備が始まる。準備会場である制作打ち合わせ室にはレンタル業者から山ほどのGoProとポータブルバッテリーが届いている。これがまた、ひとつひとつ丁寧に梱包してあり、開封だけで1日が終わってしまう。
Hカメラマンは、先日のテスト撮影で30台ですら機材が混乱した経験を踏まえ、「このロケのキモは機材整理である!」と段ボール紙をカッターで切り揃え、ボテ箱にぴったり収まる格子状の仕切りを作り上げた。蚕棚のように綺麗に並んだ四角い空間が不思議な清々しさを感じさせていた。「これ、カメラマンの仕事じゃないよね。」とは思っても口に出さないような奥ゆかしい二人ではなく、悲鳴混じりのため息を吐き出しながら初日を終える。


6月19日、撮影前日である。打ち合わせ室のドアを開けるとツブツブの集合体がこちらを見ている。GoProだ。カエルの卵か樹木に植え付けられた昆虫の卵のようで、「おはよう、GoProちゃん。」思わず声をかけ、飼育者(親?)になったような錯覚に目眩を覚える。とにかく作業を進めなければ。
本日中にGoPro本体の設定と、設置のための工作を終えなければならない。
二人で作業を分担し、私は全てのカメラを720P30fpsに設定→時刻合わせ→SDフォーマット。Hカメラマンはカメラ設置のための工作と箱詰めをすることにした。この日は大学生アルバイト2名にも参加していただき、GoPro出荷作業がスピードアップされた。
さて、カメラをどう設置するか?俯瞰カメラなどは安全を考えポールに固定してしっかりとクランプすることになるが、これだけの数の三脚や雲台を揃えるのは現実的でなく、設置の所要時間は4時間を予定しており作業効率を上げる必要もある。考えた末、粘土で固定することにした。GoProとポータブルバッテリーの間に粘土を挟む。これならば編集部の散らかった机の上に置いても簡単に角度を合わせられる。

机の上など平置きできる所はこれでほぼ解決した。廊下の壁に設置するものは壁が鉄製で磁石が効くので磁石付きクリップで固定。その他にブックエンドを利用したり、アルミ製の自在針金を使って任意の位置に固定できるような工作をした。東急ハンズと100円ショップがあってこそ成り立つロケである。大学生アルバイトお二人の協力もあって無事にGoProの出荷準備が整った。蚕棚の中に行儀良く並んでいるGoProちゃんたちが、まるで羽化を待ち望んでいる子どもたちのように見える。
「おやすみなさい、GoProちゃん。」そっと蓋を閉じ、消灯した。

〜設置編〜

6月20日、撮影初日。
神保町にある集英社の週刊少年ジャンプ編集部。全世界の漫画ファンが憧れる週刊少年ジャンプはここで生まれる。この混沌とした空間で20人の男たちが日本最大部数の雑誌に作品を掲載するためにシノギを削っている。同じフロアには他の雑誌の編集部も整然と並んでいるが、少年ジャンプ編集部のエリアだけ原稿の封筒がモリモリと積み上がり茶色い集合体を形成しており、古墳のような神秘で異様な匂いを放っている。汚いんだけど雰囲気がある。混沌と整頓が奇妙なバランスで 成り立っている空間。この男たちのタダモノではない戦闘力をひしひしと感じる。
さて、どういう狙いで視点を決めていくか?
漫画が作られるのは作家のアトリエであり、ここではない。見えるものといえば、打ち合わせをし、ひたすら電話をかけ、カップ麺をすすり、くだらない冗談を言い合う男たちの姿のみ。視覚的に「おおっ!」と思わせるような瞬間は見当たらない。 しかし、あの「週刊少年ジャンプ」が生まれるのは確かにここである。この場所の重要性と視覚的な動きの無さが大きく乖離しているが、それでもここにある何かを100台のカメラで掴み取らなければいけない。

最近、人間観察の番組が増えている。素の人間の姿は滑稽であり、共感もする。しかし、この番組はドッキリ番組のように仕掛けを用意しているものではなく、現場に手を加えない観察者として記録をし、そこから何を読み解くことができるかという、自然系ドキュメンタリーに近いものだ。そして、自然ものと同じように、その生態系を深く知っている専門家がいることが大切で、事前取材がいかに深まっているかがこの動きのない現場で何を捉えるべきなのかという道標になることは、視点が100になろうが今までやってきた番組の取材となんら変わりはないということだ。今回もKディレクター、Sディレクターが20人の男たちを深く取材しているという屋台骨があるからこそ成り立つものであることは同じである。
欲を言えば、その取材の段階から撮影担当の私も同行できれば技術からの提案としてもっと切り口を増やせたのかもしれないと思う。普段のドキュメンタリーであれば、取材しながら被写体と心理的な距離を詰めていき、何を伝えるべきなのかを感じ取る時間があるが、今回はそれがない。
もともと制作サイドはそのつもりで事前取材も同行して欲しかったそうだ。私が参加できたのがロケ直前となってしまったのが反省点だった。
とは言え、Kディレクター、Sディレクターの二人の頭脳がこの舞台を面白がっているので、二人が狙っていることを漏らさずキャッチできるよう設置していくことにした。
基本は顔。編集者20人のデスク上のPCモニター付近からしっかり顔を捉え、出来るだけ手元が見えるように設置。
連載が始まったばかりの人や、グループのリーダーなど、動きがあるような重要な人には別角度からデスク全体を捉えるカメラを追加。
また、人物の移動をゲームの「バイオハザード」や「ガキの使い笑ってはいけない24時」のような、客観的なカメラをリレーして追っていく手法を使えるよう、廊下やエレベーターホール、給湯室、会議室など編集部の周りを出入りする人の動きそのものを捉えられるように設置した。
その他に、キャラクターのフィギュアや、そこここに貼ってあるグラビアポスターなどをちょいちょい入れ込んで、「ジャンプ」だからこその男子の匂いがする空間を感じてもらおうとした。

全て設置し終えて改めて思うのは、「編集部」という雑誌における心臓部を全てさらけ出すことに許可を出した集英社の寛大さだ。情報防衛システムの穴が企業の根幹を揺るがすことに繋がりかねない昨今において、振り切れた判断をする会社である。むしろ、そういった堅苦しさがないからこそ世界中の人々が夢中になる作品が生まれ続けるのかもしれない。

6月20日から7月4日までの間で4回の収録を終え、100台のカメラを振り返ってみると、もちろんひとつひとつ丁寧に画角は決めていったのだが、こだわって狙いを作り込むよりも、ちょっと雑に置いたように見える映像の方が映っている出来事に真実味を持って感じられることに気がついた。
「ここで出来事が起きるよ!」といったキマった構図で作り手の意図が感じられてしまうよりも、たまたま画角の隅で捉えられたり、人物が後ろ向きでまともに顔が見えなかったりする完璧でない映像の方が作り手のバイアスを感じず、現場の匂いのようなものをダイレクトに体感できる効果があるようだ。しかしこれは、適当に設置してもいいということではなく、しっかりした取材を基に被写体の導線を入念に推察したからこそ得られたものだと思う。
適当に仕掛けることと、そう見えるように仕掛けることは似て非なるものだ。
そう考えると、100台のカメラで現場の出来事を全て捉えておいて編集室で中身を拾っていく本作の作り方は、ディレクターに言われるままにカメラマンが思考を放棄して淡々とオペレーションさせられるような、カメラマンの存在を否定するような企画ではなく、固定カメラ全体として場を捉えることの統一性や意外性の緩急の付け方は感性の部分であり、むしろひとつひとつのカメラの画角を決めて仕掛けていくことが楽しかった。
「伝えたい」という、撮影する喜びの根源においてはGoPro100台でも変わりないと思う。100倍とは言わないが。
始まる前までは、『お前は、100台のカメラをどういう意図で撮影したのだ?』という仮想の先輩カメラマン像が脳内に登場し、呪いのような脅迫観念が自分を追い込んでいた。
終わった今も、それに答えられるほどの自分のカラーは出せたとは思えないが、あの空間を感情や匂いごと映像で保存したという感覚が達成感となって残っている。
後日編集室に顔を出した時、Sディレクターに開口一番「面白くなるよ!」と言われ、その横でゲラゲラ笑いながら編集しているKディレクターの姿を見たとき、肩の荷が下りたのを感じると共にこのチームに参加させていただけたことを心から嬉しく思った。
番組は現在編集中。映像尺2,400時間、64テラバイトの膨大な素材と格闘する編集室に激励を贈りたい。

最後に。

100台のカメラ、バッテリー、SDカード、それらに関わる多種多様な周辺物品を何ひとつ紛失することなく完璧に管理されたHカメラマンの機材管理能力は530000ですよ。

※本稿は2018年7月30日に執筆したものです。

追記
2019年8月21日22:00〜100カメ続編の放送があります!
http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=19801

2019年8月20日に再放送が決定しました!
https://www4.nhk.or.jp/P5050/2/

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