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I'm crying for you.

余白のある歌詞が好きだ。

それを書いた人が、どういうつもりで書いたのか、それも知りたい。でも、はじめて耳にしたとき、そこでこの歌詞はどんなことを伝えたいのかな、という自分で考える余白が絶妙な歌ほど、心に残る。

たまに、自分が字面でとらえていた意味とは、少し違った意図でこの歌詞は書かれていた、と言うようなことがある。そういうことを知ると、そういう解釈の違いを許容しうるこの歌詞の余白の広さや深さに、おどろく。

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明け方4時頃、恵子がトイレに起きようとして倒れ、物音に気づいて呼びかけるも、意識なく、救急車にて搬送。脳梗塞との診断で、現在処置中。仕事が大変だろうし、こちらは大丈夫だからすぐに駆けつけなくても良いが、連絡乞う。

父から、明け方に母が昏倒し、救急車で運ばれたという知らせを受けたのは、10年前の冬のことだった。

そうか、父は母のことをこういうときには名前で呼ぶのだな、自分も大人になったものだ、などと思いながら、両親というのはいつまでも元気であたりまえに、そこにいるものだという根拠のない自信が、事実によって脅かされていることを受け止めようとしていた。とりわけ、不健康な要素のない母が倒れるというシナリオはまったく想定していなかったので、かなり動揺した。

病室で点滴につながれた母は、片麻痺の影響で少し顔が歪み、憔悴しきっている様子だった。処置の最中も、「このまま死に損なって足手まといになるくらいなら殺してくれ」というようなことをずっと言っていたらしい。

母は気遣いの人だった。訳もなく気遣いの人だった。父が他人のことなど我関せず、ゴーイングマイウェイな人なので、それはそれでよいコンビではあったのだろう。僕の「ひとさまに迷惑をかけないように」生きるマインドのほとんどは、母から受け継いだようなものだ。

その気遣いは、けして「ひと様」のことを思っての気遣いではなく、母の、弱き己を護るための術だったのかも知れない。今、己の身体の自由を奪われ、自分のために忙しい子どもらの時間を奪い、心配のまなざしを向けられる羽目になっていることを、母は心底呪っているようだった。看護師がなにくれとなく世話をしてくれる、それすらも病的に疎ましがっていた。

自分から見えていた「母親」の実像が、大風に吹かれて、軋む音を聞いた。

医師の説明を聞き、容態は命に別状はないこと、今後、リハビリに向けて準備をしていくことなどを意識あわせし、向こう数週間の動きが少し見えてきたところで、実家のある街を後にした。もっともこのあとその予定通りにはことは運ばず、この脳梗塞の原因が判明し、片肺を1/3切除する羽目になるのだが。

高速道路を、東京に向かって車を走らせた。スピーカーから、浜田省吾の「悲しみは雪のように」を繰り返し繰り返し、流しながら。

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「悲しみは雪のように」は、母親が脳梗塞で倒れたことをツアー先で知った浜田省吾が、移動中に作った歌であるということを、ヒットしただいぶ後、それこそ母が倒れる数年前くらいになって知った。その上、高校のときに現代文の授業にも出てきた、誠実とは何か、かなしみとは何か、欺くとはどういうことかを哲学的に問うてくる、吉野弘の「雪の日に」という詩がモチーフとなっているということも。

君は怒りの中で 子どもの頃を生きていたね
でも時には誰かを 許すことも覚えて欲しい
泣いてもいい 恥じることなく
俺も独り 泣いたよ

誰もが泣いてる(I'm crying for you)
涙を人には見せずに(You're criying for him)
誰もが愛する人の前を(He's criyng for her)
気づかずに通り過ぎてく(She's crying for me)

Tシャツにジーンズにバンダナにサングラス、というだけであまり聴く気になれなかった浜田省吾の歌詞に、熱さや青さだけではなく、深い慈愛を見た気がした。家族を想う、という意味での、たとえばさだまさしのような詩的で叙情的なものではない、もっとリアリティのある、ビターな慈愛を。

好き、という言葉では括ることのできない、僕の大切な曲のひとつである。

ありがとう!
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おろち

書き重ねた雑文を淡々と/衝動は嘘を付かない/記事に対するコメントはTwitterまで

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