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金曜の夜、午前3時。

いわゆる「夜のお店」と呼ばれるところにはあんまり興味がない。

特に、いわゆる「クラブ」とか「キャバクラ」と呼ばれるような、お気に入りの女性をつくってその子会いたさに通い詰めるような業態には、男として全く魅力を感じない。それはまあ、根も葉もない話だが、費用対効果が不明確すぎて、なじめないのだ。男のロマンでビジネスに乗るほど、僕の性欲はファンタジーではない。

かといって、風俗営業のようなお店も、これまたビジネス過ぎて、いかにお金があろうともあんまり気が向かない。一応、40過ぎの独り身のおじさんであるので、じゃあお前は実際行ったことがあるのかないのかどうなのか、みたいなところはあまり掘り下げないでほしい。

そんな感じなのだが、むかし一度だけ、いわゆる「ラウンジ」に通い詰めていた時期がある。ほんの短い間だけだったけど。

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就職が決まって、最初の配属地は絶対帰って来たくなかった地元だった。それにより、いろいろな人生設計に狂いが生じた。学生の頃から付き合ってた恋人とは、300kmの距離の前に隙間風が吹き始め、ほどなくしてお別れとなった。絶対帰って来たくなかった地元のために働くのは苦痛ではあったが、土地勘や人の繋がりというのは面白いもので、なんとなく仕事も面白いかな、なんて思い始めたそんな頃。

取引先からの接待で、中心街ではない、郊外の集合店舗の一角にある「ラウンジ」に連れていかれた。その頃から全くこういうお店に憧れがなかったが、ホステスの服装や内装の賑々しさ、そして、払いに見合わない酒の味にうんざりを通り越してぼんやりしてしまった。我々はふたつのテーブルに分かれ、僕を含めた若手男子3人と、上司を含めたおじさんチームとでテーブルが分けられ、そこに1人に1人ずつ、ホステスと呼ばれる女性が隣に座る、という形に落ち着いていた。

ちなみに、僕以外の若手男子2名は、どっちも東京生まれのシティーボーイである。しかるに、僕らと同じくらいの年恰好のホステスさんは、最初お世辞に近い憧れを現すようなシナを作ってみせたり、学生時代の東京での生活の話を聞いたりと興味を示していたが、そのうち僕だけが地元の人間だとわかると、割と「地」に近い話をし始めた。そうそう、僕以外の男子2名はバカではないので、ホステスさんが盛り上がれるようなスタイルのほうが、結果的にお話が面白くなるのだ、よかったよかった、等と思っていた。

結局、そのテーブルはみんな若すぎたのだろう。ホステスさんは1人がぼくらよりも2つ上、残りの2人は1つ上と同い年、だということが判明すると、ラウンジというより合コンみたいなノリになってしまった。決して結ばれることのない、合コンごっこみたいな感じである。まあ、人のお金だから何も言うまい、とさしてうまくもない水割りを飲みながら笑顔でしのいでいた。

おじさんチームは遊び慣れたもので、ガハハハという下品な笑いと、うふふふという人工的な笑いが交互に飛び交う、大変場にふさわしい空気になっていたが、こちらはというと、合コンごっこも疲れが見え始め、各々隣に座った男女がお話をしながら、おじさんチームが疲れるのを待つ、みたいな感じになり始めた。

ふと、僕の隣にいた彼女が、

「おろちさんは、何高なん?」

と聞いてきた。僕が何高だよ、と答えると、ふーん、頭いいんだね、と聞き飽きた感想を述べた。そっちは何高なの?と聞くと、彼女は僕が小さいころに過ごした街の高校の名前を答えた。

へえ、ずっとその辺に住んでるの、と訊いたら、そうだという。あれ、さっき同い年って言ってなかったっけ。俺もその辺の小学校に1年だけ通ってたよ。何小なのよ。彼女が答えたのは、僕の通ってた小学校の名前。

クラスまでは確認しなかったけど、そうなると○○って知ってる?とか××はヤクザになったらしいよ、とか△△は警察に捕まったとか割と物騒な情報量多めの話が彼女から提供された。そうかー、彼女もいろいろと世間にもまれる環境でここまで来たのだな、と推察しつつ、ふと思い出したのだ。

果物屋のマイコちゃんのことを。

目の前の彼女が、自分の高校の名前を言ったとき、ああ、マイコちゃんと同じ高校だな、というのはちょっと頭をよぎった。頭の中を高速回転させて迷った挙句、どうせ行きずりどうし、えい、と思ってマイコちゃんのことを訊いてみた。そしたら、名前は聞いたことあるし、顔もなんとなくわかるような気がするけど、よく覚えていない、とのこと。

ただ、あそこのお店で果物を買ったことはあるなあ、と彼女が水を向けたので、ちょっと酔っ払った僕は、マイコちゃんとの関係を、割と手短に話した。その話に、彼女がどう反応したかは、不思議なことに覚えていない。というか、最初に会ったその日の彼女の顔や、着ていたドレスの色も、全く覚えていない。

おじさんチームは完全に出来上がって、呼んだタクシーもやってきてお開きの時間。女の子たちが、かわるがわる名刺を渡してくれる。ほう、こういうところで名刺をもらって名前を憶えて、それで次に誰を目当てにするか決めるシステムなのか、と感心して、僕はその名刺を無造作にスーツのポケットに入れて、タクシーに乗り込んだ。

帰宅して着替えて落ち着いて、貰った名刺を机の上に広げてふと見ると、僕の隣に座った彼女の名刺にだけ、何かが書いてある。よく見ると、印刷された源氏名の横に、マイコちゃんの名前の漢字5文字とメールアドレス。

恐る恐るメールを送って、マイコちゃん本人だとわかるような話をたくさん交わして、それから、僕は彼女に会いに行くようになった。

気のいいお父さんが、早くに事故で死んでしまったこと。
それが原因で、継ぐ前にお店が立ち行かなくなり、果物屋を閉めたこと。
結婚して、子供が一人いるけど、旦那が自分を殴った挙句出ていったこと
昼間の仕事もしたけど続かなくて、お酒も好きだしこの仕事をしていること

初恋がかすんでしまうような、何一つ受け止めきれることのないそんな話をただただ聞くために、僕は何回通っただろう。通ってきた僕を、マイコちゃんはどんな風に思っていたのだろう。彼女、いやマイコちゃんに今の僕ができることは、残念ながら何もないんだな、と思うまでに、しばらく月日がかかって、僕はさよならもいうことなく彼女に会いに行くのをやめてしまった。

ある金曜の夜、午前3時。遅めに会いに行ったときに、お腹がすいたから何か食べに行こうよ、おろちくんに奢らせたりしないからさ、と言われて、ふたりでラーメンを食べに行ったことがあった。その帰りにふと、あの果物屋の2階の、暗がりでのできごとの話になった。初恋の記憶の答え合わせ。

一度だけ、大人のキスをした。宝物のような、ほんもののキスをした。今、幸せだったらいいなあ、と切に願う。

嬉しいです!
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おろち

書き重ねた雑文を淡々と/衝動は嘘を付かない/記事に対するコメントはTwitterまで

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