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追いかけていたいのに。

ベランダで喫い始めた煙草は、もう3本目になる。右手に握った携帯電話は、どこにもつながっていない。

雨ざらしの小さな椅子に腰掛けて、道を隔てた向こう側の、二つの建物の間から、赤い帯と銀色の車体をした私鉄の窓の光が右へ左へ行き来して流れてゆくのをぼーっと見るともなく見ていた。

徐々に、ベランダで喫う煙草の本数が増えてゆく。もともとそうヘビースモーカーではなかったのもあって、この部屋に来るようになってからしばらくは、きみを抱くことに夢中で煙草のことなど忘れてしまうくらいだった。だいたい、次の日の昼過ぎにふたりで外に出て、食事をする店で禁煙席にするか喫煙席にするかを聞かれてはじめて、煙草のことを思い出す、そんな感じだったのに。

ふつうに幸せな思い出を二人で積み重ねて、たまにけんかをして、月日が流れていって。その間に、きみはすっかり僕にとっての快適になってしまった。そして、恋人の快適を追い求めるきみの気持ちは、僕がどんな方向に歩みを進めようとしても、ぴったりくっついて僕のすぐ後ろをついてくる。最初は、きみのほうがずーっと先の、まるで手が届かないくらい遠くにいたような気がしたのに、いつの間にか僕が追い越してしまった。

ここに来る限り、わたしといる限り、何も心配しなくていい。
全部分かってるから、全部用意してあるから、安心していていい。

きみには何の非もないこと。それなのに、なんだか得体の知れない居心地の悪さをぼんやり感じてしまう、この気持ちををどう説明したらいいのだろう。ここでどっぷり安住して、釣った魚に餌をやらない男になれればいいのだろうが、それでは何も満たされない。それは自分自身が一番良く分かってる。

ただ、追いかけたいだけなのに。やっとのことで追いついて、振り向いた笑顔を見たいのに。それが今では、いつも後ろに感じるきみの息遣いから少しずつ、僕は逃げようとさえしている。

ただの倦怠期か、それとも悪い予感なのか。4本目の煙草に火を付ける。何となく、嫌な夜。

(「何となく嫌な夜」Original:斉藤和義)

ぶざまな日々にキッスを
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おろち

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