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「社会」

「社会」とは、またでかすぎる主語だな、というのが僕のこのテーマに対する第一の感想だ。そして、こういうものは大抵毒にも薬にもならない結果に陥る可能性を孕んでいる。あなたの会社でもやってませんか?「人権に関する標語を考えましょう」みたいなあれ。何のために続けてるのかね。誰かの仕事がなくなるから?あ、それは、言わない約束でしたかね。

ひとつだけ思うことがあるとすれば、「若さ」を敬い、尊び、彼らが全力で駆け抜ける道をその他大勢が開けてあげられるような、そんな社会になってほしいかな。それは最近、この年になってとみに思うこと。

自分自身が一番なりたくないのは、「"年長者であると言うだけで向けられる畏敬"を当然とする人間」だ。このまま、みんな今のままの脳みその中身で時間が過ぎると、この国は「年寄りと言うだけでふんぞり返りかねない老人」だらけになる。まあ、若い人は逃げ出すだろう。

前回のCMの話のときにもちょっと書いたけど、年寄りがどんどんどんどん多くなり、テレビの画面にあわせて広告もわかりやすくなり、老人に対するホスピタリティはどんどん上がっていく。それ自体は、まあマスのニーズへの対応であるから至極当然のことではある。

エスカレーターの手すりにつかまろうキャンペーンや、働き方改革の話ではないけれども、みんなでそろって「安心・安全」を掲げ始めると、倒れそうなスピードで走りたい人の肩身がせまくなる。だからこそ、これからは倒れて転んでも立ち上がれる世代の人たちに、全力で走ってもいい道をどうやったら安心・安全と共存しながら確保してあげられるのかということが、むしろ大切なんじゃないの、と天邪鬼な僕は思うのだ。

とりあえず。「優先席」の対象から「おとしより」をはずしたり、「敬老の日」をなくすところから始めればいいのでは。あれ、みんなマイノリティと想定した年寄りを守ったり、敬ったりするためにあるもんでしょ。あと何十年かしたら、「年寄りです」なんていうのは「田中です」とか「鈴木です」くらいの意味にしかならないものになると思うから。「年をとってればそれだけで護られるべき」みたいな空気は全力で払拭していかないと。

少なくとも、年寄りになって何気なく優先席に座ってて、前に着席して仕事したそうな若者が立ったらつい席を譲りたくなるような、そんなジジイに僕はなりたいな、と割とまじめに思っている。そういうことができるように、できるだけ元気でいる、自分がラクするための方法を金で買えるようになっておく。でないと、「社会」の「生産性」はあがらないよ。

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おろち

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