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他人の小遣い稼ぎに堪えられない人達

こんにちは。
10110000110110001010000000001010001001110001110001です。
呼び方はみなさんにお任せします。

有料記事ですがすべて読めます。
良かったら投げ銭お願いします。

小銭を稼ぎと指摘されました

はてなブックマークコメントにこのようなコメントがありました。

投げ銭機能を使っていることに対してのコメントでしょうか?

私としては稼ぐ稼がないはあまり考えていないのは、正直なところです。確かにこないだの記事に関しては、たくさんの投げ銭をいただき、ちょっとしたレストランでコース料理を食べられるくらいの金額にはなりましたが、さすがにそれで生活をできるほどのものはもらっていません。

1000字で1万円の原稿料をいただく仕事をしたこともありますが、それに比べたら、私のような無名の人間がやるには、noteで稼ぐのは非現実的でしょう。稼ぐことを考えるならば、地道に会社勤めする方がいいでしょう。

「とりあえず投げ銭機能は置いてみるとしよう」という軽いノリで始めただけに過ぎず、「カネが払う」かどうかは、読んでいただいた方々が、個人の判断で決めていただければ良いと思います。

他人の稼ぎに堪えられない人達

ただ、読者がお金を払うことと私がお金を受け取ることに、第三者が口出すのは、それはどうなのかなーと思って見ていました。それこそ「他人の幸福に堪えられないフェミニスト達」と同じ心理状態になっていませんか…?

私がカネを稼ぐことも、価値を感じて払う人の双方が納得すればいいだけですので、外野が何を言っても意味はありませんね。他人事です。

しかし、人が投げ銭を置いているのを見ると、つい言ってしまう人がいるように感じられます。

評論家の商売が成立するならOKでは?

世の中にはあらゆるコンテンツを評論することで、生計を立てている方が多くおられます。

書評家、映画評論家、野球評論家、サッカー評論家、美術評論家、経済評論家、政治評論家、漫画評論家など、様々な評論家がおられます。これはスポーツの解説者、TV番組でのパネラー、Youtuberなど多岐に渡ります。

では、インターネットを観察して、様々な人間像を観察して、批評を行うことで、小銭を稼ぐことは悪いことでしょうか?書評家や映画評論家などとやっていることは変わらず、実際に私と似たような文章を書いて、大手のメディアで掲載されている方々もいます。

「ツイフェミを貶すことで小銭を稼ぐ」という指摘をされていますが、そのツイフェミさんは、頼まれてもいないのに勝手に幸せな時間を過ごしている戌一さんとふくしひとみさんの夫婦を批評していますね。

「私は批評しても、私を批評したらダメ」というのは通用しないと思いますが、これでは他人に批評されてブロックしてしまった、映画評論家の小野寺系さんと変わりません。

少額でも経済は回った方がいい

最後に「投げ銭」をつける意義について、個人的な考えを述べておきます。

文章を書いて原稿料を頂いたり、手料理でお金を稼ぐ経験がある私の立場として思うことは、自分が人よりも長けていると思うことがあるなら、多少なりとも小銭を稼ぐくらいは、むしろ歓迎すべきと考えています。

少額でも投げ銭していただくと、私の好きなカフェ、サウナ、ピンボール、スポーツ観戦などにお金を使うことができます。コロナ禍で飲食店やイベントが難しい状況に陥っている今、みなさんから頂く投げ銭を元に、自分の好きなコンテンツを助けてあげることができます。

自分の好きなものにお金を使うことで私も豊かになり、自分が使うことでお金を受け取る側も豊かになります。投げ銭をしていただくと、少額でも私の周りの方々の収益に繋がります。

他人の小遣い稼ぎにケチをつける人には、こういった考えに至らないでしょう。一個人のちょっとした小遣い稼ぎが、誰かの助けになることを考えると、ケチをつける人達の浅はかさと視野の狭さを感じざるを得ません。

インターネットが普及すると、ただでも楽しめるものが増えてきているのは事実ですが、少額でも投げ銭していく文化が根付いていったら、多くの人々の助けに繋がるのではないかと感じます。

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