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ブルーノ・マーズの「ありがとぅ」

があの瞬間の世界で一番セクシーだった。

先日ブルーノ・マーズのライブに行ってきた。昨年は一人でライブに行っていたため、友人と一緒なのは新鮮でテンション高め。ブルーノ・マーズを知って15年以上になるけど、生で聴ける日が来ると思わず、とても楽しみにしていたら、私は動くブルーノの虜になった。

まず、ほぼ全曲踊ることにびっくりして、ダンスのうまさに感動しっぱなし。
それで気づいた。私は耳でばかり聴いていて、歌っている姿を全然見たことがなかった。

そういえば最近耳でしか知らないアーティストが多いかもしれない。こんな素晴らしいパフォーマンスを知らないのは、私の人生の損になると感じたから、これからは耳だけじゃなく目でも音楽を楽しもうという気持ちにさせてもらえた。

ただ、これまで知らずにライブで初めて見ることになったのは贅沢な感動体験だと思った。そういえば、今まで行った海外アーティストのライブは、ローリング・ストーンズ、ポール・マッカートニー、ジャネット・ジャクソン、シガー・ロス、マルーン5、ボブ・ディラン、エリック・クラプトンだから、キレッキレにずっと踊り続ける海外アーティストを初めて見て、より新鮮に感動したのかもしれない。

なんてことをブルーノ・マーズのパフォーマンスにノリノリ乗りながら考えていた。
ライブというのは会場の外のことは一旦忘れられて、目の前の夢のような光景に没入していい時間だからたまらなく大好きで、それでも頭は動いてるから感動しながらもいろんなことを考えている。

それがまたライブという非日常のおかげで、普段思いもしないことや忘れてた記憶が不意に蘇ったりするから、それも含めてライブが好き。

そしてそんな思考も完全に止まる瞬間を作ってくれるのもライブだった。

歌い終わったブルーノがスタンドのマイクに左手をかけたまま、少し右を見ながら甘い微笑みで
「ありがとぅ」と言った。
「ぅ」はもうほとんど吐息だった。
この瞬間の世界で一番セクシーな「ありがとう」を聴けたと思った。
すべての思考が止まったまま「ありがとう」の余韻に浸る。好きなだけ浸っていいのもライブの醍醐味だ。

感じたまま友達にすぐ共有できるのは一人じゃないライブの良さで、帰りもずっと感激の話は終わらない。
この友達と行けて良かったという余韻にだんだん変わっていく。

ライブの記憶って、思い出そうとするとその時の座席から見ていた景色が浮かぶ。今回の東京ドーム三塁側から見たブルーノと右側にいた友達のことは、またいつかの不意の蘇りに登場するだろう。

今はブルーノのどの曲を聴いても、ライブパフォーマンスが頭に浮かぶ。ずっと浮かんでたらいいのにって思うけど、だんだん薄れていくんだろうね。

でも薄れていくって知ってるから、不意に蘇ってくれた記憶を離さないようにぎゅっと抱きしめたくなる。

ブルーノ・マーズ、ありがとぅ。

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