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借りてはいけないWeWork

プロローグ

2018年7月24日。その年の夏は暑く、東京は35度を超える猛暑日が続いていた。その日の夜は、WeWork GINZA SIX(通称G6)の入居者数名とWeWork Japanの CEOクリス・ヒルを囲んでの会食の予定だった。

当時、WeWork本社は新橋にあったが、CEOのクリス・ヒルだけは、銀座の拠点G6に社長室を構えていた。

WeWorkは窓からの採光を遮らないために、オフィスの間仕切りは全てガラスの壁面になっている。通路からの見通しは良く、社長室の様子をうかがい知る事ができた。20名分の席が入る広さの部屋とその隣の手狭な小部屋を併せて使っていた。

大きな窓に面したその部屋は、日当たりも良好で、銀座の街を眺望する事ができた。

備え付けの机は全て撤去されていた。がらんとした広い部屋の中心に、ゆったりとしたソファが置いてあった。壁側に洒落た家具が置いてある程度。小部屋にはワインセラーが備えてあった。まるで米国のクラブハウス的な雰囲気が漂よう贅沢な空間。ドラマ『スーツ』のセットのような部屋だった。

借りていた部屋が社長室に近かった事もあり、クリス・ヒルをしばし見かける事があった。

WeWork Japan CEO クリス・ヒル。
スペイン系米国人で、丹精な顔立ちとスキンヘッドが目を引く強面。鍛えあげられた厚い胸板に、太い二の腕でガタイも良い。一見すると近寄り難い雰囲気があった。

ハリウッド映画ならさしずめ、XメンのプロフェッサーX。昔の海外ドラマなら『刑事コジャック』。彼の声を吹き替えるなら、森山周一郎の低くかすれた渋い声を思い起こさせる。

そんな大柄の男がオフィスエリアを颯爽と横切るとWeWorkのスタッフに緊張感が走った。

歩きながら、オフィスの隅々まで目を光らせていた。サービスが行き届いているか常にチェックしていた。クリーンネスは当然、BGMの選曲、コップの置き方、椅子の並べ方、小物の置き方ひとつ、WeWorkブランドのマネージメントは徹底していた。

最初は見た目の印象と雰囲気から堅物な気難しい人だと感じていた。

そもそもWeWorkとは何か?米国のシェアオフィスで、創業の地であるニューヨークではスターバックスより数が多いと言われていた。ソフトバンクが巨額の投資をした事で、鳴り物入りで日本に参入してきた。
通常オフィスを借りる場合、数ヶ月の補償金が必要だ。WeWorkの場合は補償金も煩雑な手続きの必要もない。サブスクリプションの月契約をオンラインで済ませる事ができる。即日入居が可能という利便性の高さ。清掃、バックオフィスなどサポートを代行してくれる。ただし賃料は高額。他のシェアオフィスの何倍も高い。コミュニティでのオープンイノベーションが高付加価値の理由とされていた。 


さて、当時のWeWork G6の入居者の様子と言えば、オープンから1年が過ぎた頃で、やっとメンバーが定着した感じだった。毎日顔を合わせてるうちに入居者同士の結束力が生まれていた。
米国からきたシェアオフィスに飛びつく、新しもの付きのイノベーターの諸群。経営者、スタートアップの起業家、フリーランス、新規事業責任者とエッヂの効いた多彩な顔ぶれだった。

Do What You Love 好きなことやろう
WeWorkのブランドメッセージ

スタートアップな自由な空気感の中、ビジネスの垣根を越えた人付き合い、和気あいあいとした雰囲気があった。仕事の合間には冗談を言い合い、夜遅くまで酒を酌み交わす、困ってる人には手を差し伸べる助け合いの心があった。

スタッフとも等しく良好な関係だった。
サービスを提供する側、受ける側という対極的な立場ではない。一緒コミュニティを盛り上げる同志だった。

サードプレイスとして、本当に居心地の良いコミュニティができていた。

日々充実した毎日の中で、競うようにイベントを主催した。飲みのパティー、真面目なビジネスプレゼン、エクササイズイベント。3ヶ月先までスケージュールが埋まるまでになった。
私も月に1〜2回、多い時は毎週開催していた。WeWorkの中でも1番数多くのイベントを企画したと思う。

コミュニティの功労者、そんな話しがクリス・ヒルの耳にも入り、ある日、スタッフの紹介で先方から挨拶にきてくれた。
それをきっかけに気さくに声をかけてくれるようになった。


話をしている時は、常に相手の目を見て、笑顔を絶やさず語りかける。見た目とのギャップに、チャーミングさを感じる。人を惹きつける魅力ある人柄だった。

また何度か入居者からクリスへのプレゼンに立ち合わせてもらう機会があった。熱意のこもった眼差しで静かに傾聴する姿勢、惜しみなくアイデアを語る頭の回転の速さ。オポチュニティーロスをなくす、決断の速さ。常にメンバーのビジネスチャンスを思いやる方だった。ビジネスに真摯な姿勢と聡明さに感服した。

そんなこんなで、クリスとは親交を深めていった。

7月24日…銀座のスペイン倶楽部で親睦を深めるためにG6コアメンバー何名かをお誘いをいただいていた。

当日の朝、浮かない表情でクリスが現れた。会食ができなくなった旨を謝られた。

矢継ぎ早に
「すまん、クレイジーなCEOが急遽東京にくることになって…」

英語が苦手な自分でもクレイジー CEOはハッキリ耳に残った。クリスは、あからさまに落胆の色を隠さず、複雑な表情で、やれやれ…少し戯けて見せた。

Crazy CEOこと、アダムニューマン。
破天荒な逸話は、枚挙に暇がない。
酩酊させた投資家に出資のサインをさせる。
ソフトバンクの孫さんと会ってわずか28分で巨額投資を受ける。
イギリスの原っぱで世界中のWeWorkスタッフを呼んでの社内フェス。まるでウッドストック。羽目を外したSEX、ドラッグ、野糞、新興宗教のグルまで登場。
とにかくやる事が派手だ。
スタートアップの起業家には、スティーブ・ジョブスのように狂った常識破りを期待してしまう所がある。アダムも負けず劣らず。

その1日のG6は戒厳令下にあった。ピリッついたスタッフの態度に、察するものはあった。

最重要な事項が極秘裏に進められていた。
クリスと会話のすぐあとで

孫正義が視察にくる…

そんな情報でオフィス内は、静かに色めきたった。10時。孫さん一行がオフィスの内覧に訪れた。

この日、G6には、ソフトバンク会長の孫正義、副社長のマルセロ・クラウレ、同じく副社長の佐護勝紀の3トップが勢揃いした。

13時。WeWorkのフロアのエレベーターホールでエレベーターを待ってると、偶然、この3人に鉢合わせした。恐縮して、エレベーターを譲ると、マルセロが手招きをしてエレベーターに同乗させてくれた。背の高い2人に挟まれ、孫さんは、小さく見えた。


18時、かなり遅れてアダム・ニューマンが到着。

エレベーターから降りてきたアダムは、モジャモジャの長髪をキャップでおさえるように被っていた。白のポロシャツぶかぶかのパンツ、背中には黒いデカいリュック、デカいベッドホンがぶら下がっていた。
手にはスケボーこそもっていなかったが、ラフなスケーターのような格好だ。
デカいリュックはUber eatsの配達員のようだ。



さえない格好の外国人は渋谷はたくさん歩いている。彼がミリオネアとは誰も思わないだろう。

ファーストインプレッションは、無邪気さを感じるさわやかな好印象の米国人。青年と呼ぶには、すでに40歳、実年齢よりはるかに若く見えた。

スタイリストと着替えて帰ってくると、さっきは気づかなかったが、かなりの高身長で、モデルのようなルックスが映えていた。

早々に帰ると思われたが、その後、孫さんとアダムとの極秘会談は深夜1時過ぎまで続いた。

G6でも人気の少ないH会議室はガラスを紙で隠された。会議室に近づくことさえできなかった。

一部始終を知ることはできなかったが、
時たま休憩で現れてるアダムに焦燥感が漂っていた。かなり追い込まれた感じだった。アダムがトイレで絶叫して壁を叩いてるところが目撃されていた。

午前1時過ぎ。会談は終わった。
帰りぎわ、孫さんがトイレに来たところを狙って握手をしてもらった。ほろ酔いで赤ら顔の孫さんは、ニコニコ満面の笑みで握手してくれた。一言、二言、頑張ってくださいねと声をかけてくれた。

アダムの鬼気迫る姿をみた後の孫さんの仏顔。
アンビバレンツな狂気を感じた。

大きな商談が成立したのだろうか?気を良くしたアダムは快く写真を撮ってくれた。


その一年後…アダムはWeWorkを更迭される

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