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悪口に同調しない人の強さと信頼感ハンパない

新卒から勤めた建設会社を退職後、短期バイトをしていた。そのバイトが終わり、数ヶ月自宅警備に徹した後、職業訓練に通った。

職業訓練とは、希望する仕事に就くために必要な職業スキルや知識などを習得することができる公的制度で、国の委託を受けて民間企業(訓練校)が口座を開いている。受講は無料だし、条件を満たせば訓練校までの交通費も出る!(詳しくは管轄のハローワークへ)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/jinzaikaihatsu/hellotraining_top.html

そのときの体験はいつかおいおい書いていくとして、そこで出会った人について書いていく。

社会不信ニート、職業訓練へゆく

わたしは会社を辞めてから、希望も自信も働く意欲も何もなかった。それに加え、退職して間もなく流行り病が猛威をふるい出した。そのため、どんな窮屈な思いをしてでも会社に残ればよかったとさえ思ってしまっていた。
もう戻れない、だからこそ何か始めなければダメだとは心では思っていたし、失業給付も切れそう。焦燥感に駆られていたが、YouTubeを観て現実から目を逸らす毎日だった。

そんなぐ〜たら逃避生活をしているとき、妹から職業訓練の存在を教えてもらった。手に職を付けられるWebデザイナーを養成するカリキュラムが良いのではないかと勧められた。すぐに訓練に行くことを決意し、ハローワークで手続きをした。

母の小綺麗な服を拝借して面接を終えた。正直スーツを着るのがめんどくさかった。手応えはなかったがなんとか受講の許可が降りた。
(面接時に服装指定とかはないが、好印象や本気度を伝えるためにも、スーツorオフィスカジュアルで行った方が良いと思う。みんなスーツだった)

神引きした隣の席の人

初登校の日、とても緊張していた。家族と病院以外の人と関わるのが久しぶりであったからだ。絶対テンパってしまうだろうなとドキドキしながら電車に揺られていると、一番乗りで教室に着いてしまった。

登校初日は席が出席番号順だった。少し年上と思われる女性が隣に座った。ハリネズミ柄のトートバッグにパーカー、ロングスカート、スニーカーとシンプルな装いをしている。しばらく互いに無言であったが、オリエンテーションが始まった。アイスブレイクで、今の気持ちを2分で絵に描いて隣と交換し、それについて会話をすることになった。
わたしはくたびれたウサギ、彼女は歌っているヒヨコの絵を描いた。リアルな心模様を描いたつもりだ。わたしの下手な絵と比べなくても彼女は絵が上手だった。サラッとイラストを描ける人だった。でも、絵心皆無なウサギを笑わない。かわいらしいヒヨコをつい褒めてしまうと、彼女は謙遜するということもなく、そのまま受け取り「ありがとうございます」と微笑んだ。

そのまま自己紹介に移った。彼女は海外で働いていたが、流行り病の影響で帰国し、日本で働こうと職業訓練を受けることにしたそうだ。ロードオブザリングが好きでニュージーランドまでロケ地巡りに行ったらしい。実写映画『アラジン』でアラジン役のメナ・マスードという俳優が好きで、嬉々として彼のインスタグラムを見せてくれた。おしゃんな趣味があり、輝かしい経験をしてきた彼女は、まぶしく見えた。
一方、わたしは人に言えるそれっぽい趣味などなかったので、その当時ハマっていたお笑い芸人の話をした。恥ずかしかった。だけど、彼女は吃ってしゃべるわたしの話をずっと目を合わせて聞いてくれた。終始穏やかに話を聞いてくれる彼女に驚いた。ちなみに彼女の中のお笑い芸人は、武勇伝でブレイク中のオリエンタルラジオで止まっていた。わたしの話に共感も面白さもないことは確かだった。

ここでは彼女を凛さん(仮名)と呼ぶことにする。

わたしが授業で変なことをしでかしても、凛さんは笑わない。解凍したzipファイルの処理方法を授業中聞きそびれてしまったとき、わたしの席まできて膝を突いて同じ目線で教えてくれた。こちらが行くべきなのに。凛さんはわたしがよく理解できていないことも休み時間に教えてくれた。授業の合間のわずかな10分だ。凛さんの心の内は定かではないが、休憩したいに決まっている。すごく優秀なのに、自信過剰になっておかしくないくらいデキる人なのに。それを鼻にかけない。凛さんは話すとき、自分の手を止め相手の目を見て話す。凛さんはアイデアをデザインに落とし込むセンスも抜群でクラスメイトや講師の先生方からも一目置かれていた。ちなみに凛さんはモリサワフォントを激推ししていた。そんな人と出会ったのは、はじめてだった。

不満爆発のトルコ料理店

訓練にも慣れてきた頃、クラスメイトと凛さん達に誘われてランチをすることになった。メンバーは凛さんと他のクラスメイトとわたしの4人だ。他のクラスメイトをここではAさんとBさんと呼ぶ。カッパドキアへ一人旅をしたことのあるAさんが、お店探しをしてくれた。行き先はトルコ料理店に決まった。凛さんも外国の美味しい食べ物をたくさん知っていた。一方、わたしとトルコの接点は世界史の薄い記憶のみである。初めて食べるトルコ飯が楽しみになった。

約束の日になり、集合し入店した。店内はトルコ一色。幾何学模様の壁、色鮮やかなランプの照明、床に届きそうなテーブルクロスと、雑居ビルのワンフロアだとは思えない。席に着くと、各々メニューを吟味し食べるものを決めた。ウェーターは、注文メモを取ることなく、その場で大きな声で厨房へ伝えるスタイルを採用しており思わず笑ってしまった。

注文を終えた後、ものすごい勢いでBさんが口火を切った。
Bさんは授業に対してすごく意欲的だった。カラフルな蛍光ペンでノートとテキストはキラキラ彩られていた。そして、社交的で話している人の輪に自分から入っていける積極性があった。ありすぎた。でもBさんは、正直なところ授業についていけず、飲み込みも悪かった。予復習もうまくいっていない。だから、不満が溜まっていた。そしてBさんは、ターゲットがいてもお構いなしでわざと本人の耳に届くよう愚痴を撒き散らすモンスターであった。もう手がつけられないくらいの。その毒牙は誰に対しても反射的に向けられる。好戦的で理不尽クレーマーのような生徒に、温厚そうな講師も手を焼いていた。

Bさんを象徴する忘れられないエピソードがある。かつてBさんが入ったトイレでペーパーの芯が取り替えられてなかったことに対し、Bさんは足速に教室に戻ると大声でブチギレた。その叫びはフロア全体に響き渡った。名指しこそしないが、わたしがその犯人だとされた。冤罪だった。わたしはその時トイレットペーパーを使い切っていない。教室からトイレまでの導線ですれ違ったから、わたしが芯を交換しなかったと考えたんだろう。Bさんの辞書にミュートという言葉は存在しない。そんな悪意を丸ごと豪速球で飛ばしてくるBさんが通常運転で大爆発した。

その爆発内容は、主に担任講師についてで、自分に冷たい、授業の進行が速すぎる、若い女の子には優しい、など留まることを知らない。

たしかに、訓練内容の難易度は人によって異なると思う。でも、わたしが通っていた訓練のカリキュラムは初心者でも大丈夫なようにパソコンの立ち上げから説明してくれた。丁寧に何度も繰り返し基礎を教えてもらえる。魔理沙と霊夢も納得のゆっくり加減だ。講師に質問する時間も設けられている。授業についていけないのは、本人の怠慢であるか、本当に向いていないかである。

隣の勇者はアストロンを唱えていた

ここぞとばかりに暴れ回るモンスターを前に、Aさんは始まった〜という感じで半ば諦めモード、小心者のわたしは懸命にいなそうとした。というか、飲食店でキレ散らかすのは普通にマナー違反だ。

一撃で困り果てたわたしは、横目で凛さんを見た。レストランでも隣の席に座っていた。

凛さんは、Bの目をじっと見て黙っていた。

和やかを想定される場はたちまち凍った。当該モンスターは氷属性なのかもしれない。

現実のエルサの前にし、わたしは沈黙を恐れてしまいソンナコトナイデスヨとほら吹くことしかできなかった。

その間、凛さんは一切応答していなかった。適当な相槌すら打たない。まるで時が止まってしまったようである。

テーブルを吹雪かせていることにやっと気づいたBは
「えぇ〜引いてる?私のせい?」と放ち、口をつぐんだ。

嵐は一応収まった。曇り空まで持ち直したテーブルでは、モスクの美しさなどを文化的で教養を感じられる話題にシフトした。なんやかんやしてるうちに食前から後味の悪い話を聞かされたわたしたちのもとにも、注文したケバブが運ばれてきた。

好物を目の前にしたAさんはテンション爆アゲになっていた。Aさんは食事が何より大好きなようで、いろんなお店を食べ歩くことが趣味である。彼女は誰よりも今日のランチを楽しみにしていた。余談だが、卒業後ひとりちゃんこ鍋をしている写真がLINEで送られてきた。

凛さんもそんな彼女を見て笑っていた。いつか訪れたいトルコ観光の話をしながら、ランチは終わった。店を出るときBは「また行きましょうね♪」と裏切ることなく締めくくった。

その後は授業があるため、何事もなかったかのようにわたしたちは教室へ向かった。その道中でもBさんはコソコソと聞こえるかもしれない声量で凛さんのことを揶揄していた。もう、どうしようもない。

誘ってもらえたから行ったものの、この日のランチは非常に嫌な思い出となった。しかし、思いがけない収穫もあった。

それは他人の聞きたくない話は聞かなくてよいということ。起こり得る事象全て、何もかも受け止めなくて良いのだと。不快になるくらいなら。たったそれだけのことに今まで気づかなかった。

凛さんは同調しないを態度で示せる人だった。
わたしはまたしても凛さんから大切なことを教えてもらってしまった。

凛さんはその後も相変わらずだった。あの日のランチの話題に触れることもなかった。そして、卒業間際に内定を得て就職した。

就職をしていないわたしは今凛さんに合わせる顔がない。
でも、またぜひ伝説の勇者と再会したい。そして、今度こそ一緒においしくケバブを食べたいと思う。




この話を書くとき、悪口の定義やらなんやらをググってたら見つけた記事。https://diamond.jp/articles/-/278257

こんな話を書いておいてアレなんですが、誰しも愚痴をいうときはあると思います。

おまけ

オリエンテーションで描いたウサギ


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