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vol.63「時代の空気を映す文学」(『漱石文明論集』三好行雄・編/岩波文庫/1986年刊)

vol.63「時代の空気を映す文学」

みなさんこんにちは。
今週は漱石です。

漱石の雑文には独特の魅力がありまして。

この連載の初期のころは、漱石っぽく崩した文章をこころがけていました。

あこがれゆえに。

…不毛な試みでしたが。

夏目漱石、『漱石文明論集』。
では、どうぞ…。

本書は、漱石が生きていた時代に刊行されたわけではなく。

後世、漱石の講演とかの、文字おこしを。
雑誌等からかき集めたものです。

漱石の軽妙な語り口が、
小説以外で味わえる。

それに、こういった講演や書簡は、たいてい(ぶ厚く重い)全集に収録されるだけですが。

本書は文庫本で、取り回しも利きやすい。

リラックスした雰囲気で楽しめます。

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とはいえ、本書に収録された文章は、ほとんど〈青空文庫〉にアーカイブされています。

そして、〈青空文庫〉はアプリで読める。

取り回しの観点でいえば、
文庫がスマホに勝てるかというと。

ちょっと本書を買う意義を見失います。

もとは、授業のテキストに指定されていたから買ったのですが。

スマホで済ませればよかったなと、思います。

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『TED TALKS』という本があります。

世界中で大規模な講演会を開き、スピーチの有用性を示し続ける非営利団体、TED。

その公式の、プレゼンの指南書です。

この本では、とにかく事前の準備が大事にされています。

自分の話を聞いてくれる人たちへの、感謝の念から、綿密かつ丹念なリハーサルを重要視するのです。

この高潔なストイシズムには、うっとりさせられます。

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いっぽう、本書における漱石の講演では、
あんまり準備はしてなかったようです。

体だけ持ってきて、あまり話す内容は持ち合わせてないんですけれども

といった前置きから始まる講演の、多いこと多いこと。

『TED TALKS』の著者、クリス・アンダーソンが聞いたら激怒してしまいます。

たいていの講演では、
漱石もちゃんと原稿を用意しているので、

話すことなんか、そんなに無いです

という物言いは、謙遜の意味合いが強いのですが。

内容が大味だったり、
ロジックが曖昧だったり。

粗さは感じるので、
謙遜ばかりではないでしょう。

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ところで、本書は「文明論」を集めていますが。

漱石の時代における〈文明〉とは、
かなり特別な意味合いを持ちます。

なんといっても開国したて。
明治維新、文明開化の時代ですから。

学問・文化・法律・兵器の輸入ラッシュ。

たくさんの学生を海外に送り、
少しでも多くの知識のを持ち帰らせる。

漱石もロンドンに送られ、
鬱屈した留学生活を経験しました。

つまりは、風潮によって、
〈文明=西洋文明〉になっている時代。

いやいや、他所からもらったものだけで、
日本の文明が発達したと言えるだろうか
西洋の「皮相」だけを
なぞっているように見える

と、漱石は異をとなえます。

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しかし、
時代の〈空気〉を論じることは、
まったく困難を極めます。

〈西洋文明〉を輸入し倒して、
日本古来の文化が脆弱になっている
それにともない、
日本人にも卑屈さが表れている

などと。

そんな〈空気〉があったとして。

文化が弱体化している

とか、

日本人が卑屈になっている

といった〈変数〉を、いかにして表現するのか。

どうやって実証的に論じるのか。

なにがどうなったら、
文化が衰弱しているようだ

とか、

これがこうなったら、
日本人は卑屈になっている

といった「エビデンス」を獲得することが、
たいへん困難になってしまうのです。

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だから、こういった〈時代性〉を論じるときは、個人の感性に拠らざるを得ないところがあります。

明確なエビデンスを提出して、
グラフなり表を作って、と。

論理性を固めることで、
説得力を得ることは難しい。

よって〈語り口〉それ自体で、
説得力を得なければならない。

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ファシズムという〈時代の空気〉を分析することも、まったく困難を極めたようで。

オーウェル『ファシズムとは何か』によると、
ファシストとは

共産主義でも、保守主義でも、
トロツキストでも、カトリックでも、
反戦主義者でも、戦争支持者でも

当てはまりうるというのです。

教義や社会体制といった、
明確な指標では捉えきれない〈空気〉。

それを、

丸山真男は、
『現代政治の思想と行動』で精神的に。
アーレントは、
『全体主義の起源』で哲学的に。
オーウェルは、
『一九八四年』というSF小説で。

それぞれ描写を試みました。

どれも名著です。

けれど、ファシストの定義に成功しているとはちょっと言えません。

みな、周到かつ丹念に練り上げられた提言ですが、教科書に載せられるほど「科学的実証的」かというと、そうではなく。

別の長所を得ることで、説得力を獲得しています。

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そして、漱石も同じことをしました。彼は学者ではなく、政治家でもなく、小説家です。

しかも、朝日新聞で連載していました。

日々、〈時代の空気〉に寄り添って、
文章を書き続けたようです。

社会の〈空気〉に違和感を感じた時、

近頃の若い者は覇気がない…

とか、

昨今の政治家は小物ばかり…

とか、ぼんやりした悲観をすることはできます。

そしてそれは、
ある程度の真実を含んでいます。

けれども、
そういった「ぼやき」は、
手軽過ぎて、無責任です。

ぼやくにしても、それこそ徹底的に、勉強して執筆して、「よいもの」を作ってみせる。

その延長に『こころ』や『一九八四年』があるはずです。

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せっかくSNSが発展・普及した時代。

ネットにデータが残るわけですから、
こういった〈空気〉を集約するには、
便利すぎる時代になりました。

ならば、時代を映す〈文学〉が発展するにも、
たいへんなチャンスと言える気がします。

新時代の漱石は、もしかしたら、

ビッグデータを扱うデータサイエンティスト

から生まれるかもしれない。

この点は賭けてもいいくらい、
けっこう自信があります。

(おわり)

仮面ライダーの新作発表記者会見が、つい先ほど行われました。

主人公はAI部門のリーディング企業の社長。

新しい時代の価値観に向き合って、新しい正義を構築しようという意気込みを感じます。

実にすばらしい文学観。
9月が待ち遠しいです。

では、次の水曜日にお会いしましょう。

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