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vol.69「蟻地獄はミサイルに勝てない」(『生誕の災厄』E.M.シオラン 出口裕弘:訳/紀伊國屋書店/1976年刊)

vol.69「蟻地獄はミサイルに勝てない」

みなさんこんにちは。
今週は奇書です。

「奇書なこと」がなにかの説明になっているとは思いませんものの、この本は哲学書ではないし、エッセイですらないので仕方ありません。アフォリズムとか言うみたいです。

タイトルどおり、「人間は生まれてくることが一番不幸なアクシデントだよね」と考えている思想家の、名言集みたいな本です。
内容自体にはたいして共感しないのですが、「あんまりうかつに命を誕生させないほうがいいんじゃないの」とか、「産んでくれない方がよかったけど」とか、素直な感想がもっと気軽に言える世の中になったらいいな、と思うので、紹介することにしました。

E.M.シオラン、『生誕の災厄』。
では、どうぞ…。

新海誠の『星を追う子ども』という映画には、こんなセリフがあります。「人間というのは、生まれてくるだけで幸せなんだよ」主人公たちが冥界まで旅していく物語で、このセリフが発せられるのですが。
このセリフはあまりにもうかつで、いくらでも攻撃できるので、やっぱりここでは扱いません。すくなくとも生んだ側のセリフではないし、生まれたばかりの赤ちゃんのまえで発するべきセリフでもありません。…そういうシーンで発せられちゃうんですけれど。つまり赤ちゃんしか聞いていない、反論者・批判者がいないところでひっそりと言われるので、卑怯なのもあいまって、よくない。そういうセリフです。

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キリスト教、いやユダヤ教だったか…。両方だったかもしれませんが、人間が生れ落ちるこの世界を「涙の谷」とか表現していました。哲学者プラトンは、この世界を「イデアの影にすぎない」とか言ってますし。ダンテは「煉獄」よばわり。
評判悪い、レビューで星1つにもなりそうなこの世界に、人間は絶えず「道連れ」を生み出しております。毎秒1人…以上?生まれているとか。

これって自然なことなんでしょうか。食べログでひどい評価をくらっている飲食店に、果たして友達を連れていくものでしょうか。じっさい奇人扱いされるか、いやがらせだと思われるでしょう。ましてや、重くて臭くて生暖かい、この肉体が「強制ドレスコード」指定されている現世。デートには向きません。

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vol.58「彼女の生き様、バッチリ見な!」で書いたことですが、「楽しく元気に生きていく」という選択には、論理的にたどり着くことはできません。南アフリカ共和国の哲学者、デヴィッド・ベネターの『生まれてこないほうがよかった』という本にもあるとおり、人間は誕生した瞬間から、「幸せになるか!?不幸せで終わるか!?」の瀬戸際に立たされます。いっぽう生まれてこなければ、幸不幸の可能性以前に、存在しませんから、プラスもマイナスもなく徹頭徹尾ゼロ。つまり、「不幸になる」リスクを負わずに済むわけです。
これでは、生まれてくること自体が「ひとつのギャンブル」であります。参加は強制。しかも「"リタイア"はダメ」ッてことになってますから、ルール違反をしないかぎり続行せざるを得ない。…まあ、悪質な営業形態ではあります。
などなど、生誕のなかに「フェアさ」とか、「クリーンな契約」とか、「基本的人権」を求めようとすると、どうしても論理性が失われてしまいます。なのになぜ、「生き続け、生む」選択をする人が後を絶たないのでしょう。ああ人類よ。

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動物は遺伝子のキャリア(容れ物)に過ぎない、とか。ラディカルシニカルな表現をすることもできますけれども。結局「生むか!?産まないか!?」「生きるか!?リタイアか!?」という選択の機会に、リアルな現実に対峙したとき、求心力を持っているのが「生きて生む方の物語」だという、それだけのことなんだと思います。決め手は求心力、エンタメ性、カリスマ性に過ぎない。「生きて産め!」ということをほざ…メッセージを伝える文学なり物語は、たくさんあります。巨匠の作品もたくさん。そして、とりわけポップです。
いっぽう「産むな!死のう」という文学も、あるにはありますし、巨匠もいますが(太宰とか)、どうしても「アナーキー側」「逆張り」という前提で支持されているように、思えてなりません。要は、作家の力不足です。

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シオランだってそうです。力不足、魅力不足です。本書「生誕の災厄」は、名言集のような本だと冒頭に述べましたが、じっさい整合性のない、徒然で、勝手な内容です。「生まれてこない方がよい」というテーマに、関係ありそうなことを書いてみれば、いきなし「今朝見た夢の話」とか、「知り合いのXさんの話」とかを始める。知らんわ!
哲学が哲学たる要因には、客観性というものがあるはずです。「生きてみた印象」「産んでみた感想」は全て(あるいは半数)の人間が持ち得るものです。それらは個別具体的で、他人と共有することは容易ではありません。豊かに生まれ、生きた人にとっては「ラビアンローズ」(バラ色の人生)になるでしょうし、あるいは宮沢賢治のように、豊かさのせいでいっそう不幸になることもあります。環境要因と個人要因が作用しあい、複雑なプロセスを経て「人生観」が多様化していきます。
そこで、「人生観」に客観性普遍性抽象性を足して、「フェアさ」なり「人権」なりに近づいて、他人に主張できるものに加工しなきゃいけない。その抽象化の助けになるのが、論理性です。「そんなのあんたの勝手でしょ」に対して、「いや勝手ではないのです、あなたも関係ありますよ」と返せなければいけない。それをシオランはまったく断念している。本書はわりかし、「シオランの勝手」なのです。

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この本の特質をまとめると、「蟻地獄」に例えることができます。流砂のなかに踏み込んだ対象は確実に絡め取るが、流砂の外に対してはまったく無力。

日常のなかに虚しさを見出し、都度「やっぱ生まれてこない方がいいわ」ということを再確認する。この繰り返しが本書の構造です。
つまり無加工無添加の「イベント」があり、直に「やっぱ生まれてこない方がいいわ」という「解釈」が接続されている。多くの人は「はぁん、そんなことがあったのね」と思いつつ、「なんでそんな結論になるわけ?」に終始するでしょう。イベントとその解釈をつなぐ「論理」が、多くの場合スキップされている以上、「わかる人にはわかる」本でしかないのです。

ただ、「産むな!死のう」というもともとマイナーな考えを表明する本が、「わかる人にはわかる」、つまり「新たな読者層を獲得する気のない」内容に仕上がっちゃったらば、あいかわらず「反出生」は肩身の狭い考え方のままです。この場合の「わかる人」側は、「人間は生まれてくるだけで幸せなんだよ」などとほざ…メッセージを伝える不感症無批判不能な作品に対し絶えず劣勢を強いられ、「周りの共感を得られない孤独」を強いられる羽目になります。

「なんであんなのを、みんな喜んで見ていられるんだ?」「おかしいのは僕の方か?」「もっとマッチョでパーな思考になった方がいいのか?」

…みたいなことを考えるようにもなります。

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とはいえじっさい、僕がここで書いたような側面は、シオランは自覚しているっぽい感じはあります。シオランは「あえて反論できる雑な一文」を読者に投げつけているのですが、反論者はまいど「反論するための根拠」を、みずから確認せざるを得ません。すると、自然と「生きていくこと」を支える論拠が、脆くてつまらないものだと気づくことになります。シオランの、「後の先をとってやる」という狙いは感じられます。
僕は先ほど本書を「蟻地獄」に例えましたが、このとき「蟻地獄の射程」は「本書を手にとってしまった人全般」になります。ということは、もともと内容に共感していない人も射程に入っているから、「わかる他人はわかる」以上のレンジは持っていることになります。さっきは言い過ぎてしまいました。許されよシオラン。"天国"に行ったら詫びに行く。

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しかしまあ、「本書を手にとってしまった人」でも、やはり射程としては短い。近距離過ぎです。なにせ、さっき引き合いに出したのは新海誠。話の筋とか、そもそも監督の名前を知らない人にすら映画を見せられる、射程が超超超長距離の"4億人爆破"ミサイルランチャーです。
やはり「語り」の形式は重要で、よくわからない名言集よりは物語、そして物語よりはビジュアルです。こんな分厚い本じゃ、アニメ映画ほどには絶対届かない。
とはいえここから、いきなりアニメ映画にジャンプするのは無理でしょう。次のステップはおそらく小説か、ギリギリ漫画。演劇は射程が短くて、コストが高いのでちょっと…。どちらにしろ、射程を伸ばすために物語を獲得する必要はあります。
でも、シオランは死んじゃったから、ほかの誰かがやるしかない。「生きていくことはすばらしい幸せだ」という虚偽を言わずして、人を「生きさせるだけのエネルギー」を秘めた物語。いいですね、見てみたいものです。

結局確かなのは、自分で書くのがいちばん早いことだけ。

(おわり)

現在を生きる人間にとって、時間の大半は隠されています。過去にも未来にもたどり着けないのに、「生まれてくるだけで幸せ」という「過去」も、「きっと君は大丈夫」という「未来」も、慰め以上にはなりえません。
…とすれば、幸せは「今この瞬間笑っている」人間にとってだけ、「リアル」たりえます。
嫌なことはしない。それは論理的に正しいことです。ただ、全国の小中高生は、正反対の方向へ進まされている。この現状には呆然とします。さては、あんまり頭を使って生きてないな、教育者たちは。

では、次の水曜日にお会いしましょう。

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