玉川堂が伝統工芸と呼ばれる理由

新潟県燕市にある工場の中は「カンカンカン!カンカンカン!」という、金鎚の甲高い音が休みなく鳴り響いている。

玉川堂(ぎょくせんどう)

伝統工芸を好む人であれば一度や二度、耳にしたことのある名前ではないでしょうか。今回のnoteでは、この玉川堂が200年を超えた今もなお「伝統工芸」と呼ばれる理由について考えてみたいと思います。

玉川堂という老舗企業

創業1816年。玉川堂は、銅板を槌(つち)で打ち起こし、味わい深い茶器や酒器を作り出す鎚起銅器(ついきどうき)を200年以上の間作り続けている。

玉川堂の商品はすべて手作りですが、職人も21人と大変少ないです。ですから当然、大量生産はしていません。受注生産がベースで一つ一つ精魂込めて作品を完成させています。燕市にある工場では、営業時間ならいつでも予約なしで見学ができるようになっています。2015年に私が初めて訪れた時も、予約なしでお邪魔してしまったのですが、快く見学を受け入れてくれました。

こうやって自由に見学を受け入れている目的は「鎚起銅器の価値を知ってもらうこと」にあります。工場に行くと見ることができる見学者用の制作プロセスのサンプルがあるのでその写真を載せておきます。1枚の銅板を木槌で打ち起こした後、金槌で叩いて縮めていきます。これを「打ち絞り」と言うそうで、この作業にめちゃくちゃ時間と労力がかかるらしいです。これがあって1枚の銅板は立体的な形状へと変わっていきます。

訪問した時には、やかんの価格についての説明もしてもらいました。注ぎ口部分を後から取り付けた物でも5万円以上はする。そして、1枚の銅板からやかんの先まで打って作った「口打出(くちうちだし)」だと50万円くらいになるのだと。2つの完成品と値段のみではその金額差を理解するまでに時間がかかるのですが、工場での手間をかけた作業を見れば「なるほど。こりゃ50万円の値がつくわけだ....」と理解が一気に進みます。それほどに、玉川堂の品々は個別性があり真似のできない職人技から生み出されているということです。


伝統とは何か

「伝統」と聞くと多くの人が「古いもので昔から代々受け継がれてきたもの」と連想するのではと思いますが、その意味をよく見てみると意外と誤った認識していることが分かります。

あるものを他に伝える,または与えることで,一般に思想,芸術,社会的慣習,技術などの人類の文化の様式や態度のうちで,歴史を通じて後代に伝えられ,受継がれていくものをいう。またある個人または集団,時代などの特性が受継がれていく場合をいうこともある。しかし形式のみが伝えられる場合は伝承と呼び,伝統とは区別して考えられることが多い。この意味から M.シェーラーは様式化された伝統を死んだ伝統とし,様式化せずに精神的態度のなかに流れているものを真の伝統と呼んだ。*コトバンクより

「伝統」と「伝承」は似ているけれどその持っている意味は違います。「伝承」は形を変えずに伝わっていくものだけれど「伝統」にはその時代時代に合わせて変化をしてきた歴史がああります。受け継がれていくのはその精神。要するに、伝統の継承とはそのままの形を保持する必要はないということです。

今の時代を生きる人たちが時代にあった「形」を残せばいい。伝統と呼ばれ続けるには、古きよきものを受け継ぎながら新しい手法も取り入れて挑戦していく姿勢を示す必要がある。今いるものが変えていかなければ伝統は守れないということ。これが「伝統」の正しい意味です。

この前提で、200周年を機に取り組んでいる施策を見ていくと、今もなお玉川堂が「伝統工芸」と呼ばる理由が見えてきます。


200周年を契機にブランディング

玉川堂は2016年に創業200周年を迎えるということで、2014年から200周年に向けたブランディングプロジェクトをスタートさせています。

CI(コーポレートアイデンティティ)

打つ。時を打つ。 The Beat of Time.

鎚起銅器は、使い始めたその日から使い続けることにより、色合いが深まり艶や味わいを増し、より美しく育っていきます。また、銅器なので割れたり、欠けたりしにくいのも大きな特徴です。新品の時が一番美しいのではなく、それを使い込むことによって、何年、何十年とたった銅器が、新品よりも美しく育ちます。そのような商品は、ガラス、プラスチック、陶磁器では、なかなか存在しません。銅器は時とともに成長する生きた器。玉川堂が産み出す鎚起銅器は、過去を守るのではなく、未来をつくりだすためにある商品と言える

ここを着想点に「打つ。時を打つ。」というコーポレートスローガンが生まれています。

VI(ビジュアルアイデンティティ)

そして、CIをビジュアルで表すものとして、玉川堂の商品を代表するデザインである「大鎚目(おおつちめ)」をモチーフに新しいロゴマークを制作。

※画像拝借元:http://www.gyokusendo.com/about/slogan

従来の漢字のロゴは、いわゆる日本の老舗感が強かったのですが、新ロゴは、老舗であることを前面に出すのではなく「打つ。時を打つ。」という普遍的で本質的な価値を、国や言語を超えて、一目でわかることにこだわられたそうです。加えて、日本を代表する伝統工芸としての裏付けを感じとれるように、日の丸も意識されている。海外からの注文も増え、当時の売り上げで3割くらいが海外からのもの。燕から海外へ。グローカル戦略をより一層強く意識したと言っていいと思います。


東京初の直営店とGINZASIX

と、ここまではリブランディング案件ではよくあるCI・VIのお話なのだが、これだけでは玉川堂の打ち手は終わらない。なんと、この当時から「体験価値の向上」にも取り組みだしているのだ。

その思想は2014年にオープンした玉川堂初の直営店、東京青山の骨董通りに面する青山店によく現れている。

※画像拝借元:http://www.gyokusendo.com/about/aoyama

コンセプトは360°見渡す限りの大槌目。お店の前に行くとまず、玉川堂にしか生み出せない、あの大鎚目柄の門が出迎えてくれます。そして、店内に入ると壁・天井・床も全てが大鎚目柄の空間となっていることに気づく。商品の展示棚を見てみると、型が同じでも一品一品の違いがわかるように360度調光でき、これは日本初の展示方法らしいです。このように入口体験から店内体験まで、一貫して玉川堂の特徴を感じることができるようになっています

そして今年の4月。「GINZA SIX」の4Fに2店舗目となる直営店「玉川堂銀座店」を出店。行ったことのある人も既にいると思うのですが、この店構えも前例を見たことがありません。

社長含め全ての職人が一枚一枚鎚目を打った銅板を全ての内装に使用しており玉川堂の新たな世界観を店舗全体で表現しています。銅板は合計で400枚以上あるそうです。「全てが銅」ということはもうお分りの人もいると思いますが、商品同様にオープンしたその日から、お客様が足を運んでくれる度に、色合いが深まり艶や味わいが増し、お店はより美しく育っていくということです。5年後、10年後に訪れたらお店の様相の変化を感じずにはいられないでしょう。銀座店は青山店よりも一層、鎚起銅器の価値を体験できるお店なのかもしれません

よくよく見ると、沢山の槌目が打たれていることが分ります。まだ行ったことのない方は今度是非「社長の名前入りの板」探してみて下さい。

ブランドショップは大抵の場合、レイアウトや展示に差はあれど、全体のイメージに関してはブランドコンセプトに沿ってトンマナを合わせてくることが多いのですが、玉川堂はそれには当てはまりません。むしろ全く別のブランド?とも思える程に見た目が違います。それでも、行けばどちらの店舗でも玉川堂にしかない特別な価値を360°体験出来るようになっています。

勝手な想像ですが、これらはサービス・プロダクトの使用体験・購買体験・コミュニケーションを定義するXI(エクスペリエンス・アイデンティティ)的なものがあって生まれたものと考えられます。

※XIについてはこちらの記事も参照ください。

今後は海外でも直営店を展開する計画のようで、そこで玉川堂のブランド認知度を高め、最終的には世界中から燕本店へお越しいただき、工場見学をした後に商品を購入するという流れを作るという考えです。

この流れが作られれば、地方の一企業のブランディングが地方創生に途轍もなく良い影響を及ぼしている好例として、世代を越えて語り継がれることになると思います。(現に日本の中、東京⇄燕間ではそれが発生している)


伝承か伝統か

伝統とは「古きよきものを受け継ぎながら新しい手法も取り入れて挑戦していく姿勢」と最初に述べましたが、ここまでのブランディングプロジェクトの例でわかる通り、玉川堂のそれはまさにこの姿勢です。

7代目の玉川基行(七代目当主)社長のこのインタビュー記事でも、伝承工芸なのか伝統工芸なのか、その分水嶺は「経営」「ものづくり」を合致させられるかどうかだ。そのようにおっしゃっています。

 「伝承」は、親から受け継いだことを、繰り返し継いでいくこと。「伝統」はそれに革新を加え、その革新を連続させていくことであると認識しています。今の伝統工芸の世界は、99%が「伝承工芸」となっており、モノづくりを重要視しているだけとなっています。しかし、いつの時代も時代に応じた流通改革やブランディングがないと、ものづくりそのものも衰退していきます。ものづくりと経営を上手く合致させることが、本当の意味においての「伝統工芸」と考えています。


最後に

ローカルで動いていると「伝統」といったことに高い確率で遭遇します。何故ならば、その地域には過去から連綿と受け継がれてきた様々な物事の歴史があるからです。地域づくりをしていく上では軽視することは出来ません。

注意しなければいけないのは、文化と産業を同じ「伝統」という言葉一括りで考えてしまうと、前者は受け継がれていくけれど、後者は時代の移ろいとともに衰退していくということ。伝統芸能と伝統工芸では伝統の意味が違うと思います。何故ならば、前者は伝承の意味の伝統として語られるけれど、後者はビジネスですから、時代が変われば顧客の価値観も変わるからです

玉川堂がある新潟燕三条のように、地場産業がある地域についてはその産業が地方創生の鍵になります。しかしながら「後継者が見つからない」「技術はあるのに人気が集まらない」などの課題だらけ。そんな時にまず初めに考えるべきは、それを「伝承」とするのか「伝統」とするのか、という「決定」にあるということを玉川堂は私たちに教えてくれている気がします

以上、マルナオに続き、玉川堂のことも好きすぎてつい書いてしまいました。この記事が誰かの何かのお役に立ったら幸いです。それでは今日はこの辺で。


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田中 新吾

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