風を意識するようになった人生。

背中に追い風を感じたら思いっきりのりたい。

でも、向かい風を感じた時はじっと我慢して備えようと思う。

心地いいそよ風が吹いている時は、部屋の中にいるのはもったないから外に出ようと思う。

お酒を飲んだ帰り道は、夜風に吹かれて涼しげなメロディーを聴きたい。

こんな風に、人生において「風」のことを意識するようになったのは2年以上も前のこと。

野菜の無肥料栽培について学習をしていた時だった。

畑に立ち、最初に見るべきもの、感じるものは「風」

少し前に、イケウチなひとたち。というメディアで「これから必要なのは環境再生型農業である」とパタゴニア日本支社長の辻井さんが力強く語っていたが、まさにこの必要性を感じたことが無肥料栽培を学ぶキッカケだった。

教わっていたのは日本全国で大人気の出張セミナーを展開する岡本よりたかさん。自然界の摂理、原理原則に基づき構築された独自の実践ロジックは、それはもう目から鱗が落ちるものばかり。

その中でも特に印象に強く残っているのが「風」の話。

岡本さんいわく、無肥料栽培において最も大事なのは、太陽でも土でも水でもなく「風」というのだ。もちろん全て大切な要素なのだが、畑に立ち、最初に見るべきもの、感じるものは「風」だということ。

これがなぜかというと植物は風によって成長するから。その風を畑の中にどのように取り入れるかを考えることが非常に重要だと言っていた。

植物は強い風が当たると茎を太くしようとする。植物にとって茎を太くするというのは「栄養成長」を行うという生理現象らしい。でもこればかっりになってしまうと実をつける、種をつけるといった「生殖成長」があまり進まなくなってしまう。だから作物に強い風が当たるのはあまりよくないことを知った。

逆に風がぜんぜん当たらないとどうなるのか?作物がヒョロヒョロになってしまい実をつけないばかりか、突然強い刺激があるとポッキリ折れてしまう危険性もある。

よって、畑に風が吹いてきたらその風をどう食い止め、どう分散させ「やわらかい風」をつくり、畑の中に流していくかが重要なポイントになるということを教えてもらった。

このロジックにもとづいて畑を作ると、普通の畑(畝が平行に何列も並ぶ様子)とは姿がだいぶ変わってくる。強い風をいったん受けるための畝があったり、やわらかくなった風を畑の中に回すための通路ができたりする。

結果、畑の見た目はだいぶユニークになる。場所によってはミステリーサークルのような円形の畑になっていたり、函館五稜郭のようになっている畑も見せてもらった。いずれもその土地土地の風の特徴を把握し「やわらかい風」を植物に与えるためにデザインされたものだった。

岡本さんから教えていただいたこの話が妙に肚落ちしてしまい、この時からすっかり「風」を意識するようになり、僕の人生に「風」が加わった。


それから、色々なところで「風」を意識するようになった


「刹那」というGReeeeNの楽曲がある。個人的にはGReeeeNの中でも5本の指に入る大好きな曲である。その歌詞の中に「風」があることを強く意識するようになった。

悲しいときは 枯れるまで泣き 

うれしいときは 腹抱えて笑い 

切ないときは 風を感じて 

高く飛べる日を 待てばいい

切ないときは風を感じて 高く飛べる日を待てばいい。このフレーズには今まで何度も救われてきた。


大好きなスタジオジブリの広報誌は「熱風」という名前だ。そもそもジブリとはイタリア語で「サハラ砂漠に吹く熱風」を意味する。日本のアニメーション界に熱風を起こそうという思いを込めてネーミングされたことは有名な話だ。ジブリの名作として知られる「風の谷のナウシカ」にも「風立ちぬ」にも「風」が付いていることを強く意識するようになった。

更に、宮崎駿さんは「風の帰る場所」という書も書いている。きっと宮崎さんは「風」という自然現象に影響を受けている一人なのかもしれないと勝手な妄想を広げ、それと同時にスタジオジブリをもっと好きになった。


風物詩、風習、風土、風俗、のように地域のパーソナリティーを表す言葉にはなにかと「風」がつく。人間はどうしても目に見えるものに意識がいきがちだけれど、目に見えないそこに流れている「風」こそがその地域の1番の魅力なのかもしれないという仮説を持つようになった。

どんな風が、どんな風に流れているのか。訪れた地域で自分なりに言葉にしてみたらもっと地域を面白がれるのかもしれない。こんなことも考える。


有機物は「風」通しが悪いところに置いておくとすぐに腐敗してしまう。だからこそ有機物を扱う上で風通しを考えることはとても大事だ。風通しのいい社会に、風通しのいい組織に、と皆が口を揃えて言うのは、風通しが悪いと腐敗してしまうから。これに尽きる。

逆に適度にオープンで、風通しのいい状態におかれている有機体は腐ることはなくいい具合に熟成・発酵していく。風通しという言葉にも自分なりの意味を持つようになった。


サカナクションが「多分、風」という12枚目のシングルを発表した時の高揚感は今も忘れない。TVCMに使われていた時から好きな楽曲だったので、フル音源を聴いた時は最高だった。そして、風を意識するようになってから余計にこの曲が好きになった。好きな曲なだけに、サビの山口一朗さんの声が高すぎてカラオケでは歌い切れないのが残念で仕方ない。


つい最近も「風」を意識することがあった。こないだ、週6以上サウナに通うガチサウナー(フィンランド式サウナ公認アンバサダー)の方にお会いした。その人はにわかサウナーの僕に夜な夜なサウナの魅力を余すことなく教えてくれたのだが、それはもうエキサイティングな時間だった。

よく耳にするようになった「ととのう」とは、サウナにいる時でも水風呂に入っている時でもなく「風」に体が当たっているときに訪れる現象。つまり重要なのは外気浴であり、それはつまり「風」なんだと教えてくれた。なるほどここでも「風」。改めて意識を深めることになった。


ある一つのことを意識することで、それに関する情報が無意識のうちに入ってくるようになる現象のことを「カラーバス効果」と言うが、これはまさしくカラーバス効果である。まさか「風」でカラーバス効果を実感することになるとは思いもしなかった。人生とは何があるかほんとうに分からないものだ。


こうやって風を意識する時間が増えて分かったこと、それは風は意識するだけでもなんだか心地がいいということである。別に風に当たらなくてもいい。風のことを考えてイメージするだけでもなんだか気分がいいのだ。これは自分にとって凄く大きな発見だった。

これからも色々な「風」を意識して生きたい。


風任せに生きる

ちなみに、こんな感じで風を意識するようになってから「風任せに生きたい」と思うようにもなった。

「風任せ」とは、その時のなりゆきにまかせて行動するということである。

「なりゆきに任せる」と聞くとどうもネガティブな印象を持ちがちだが、別に何もしないことではないと僕は思う。

むしろ「なりゆきに任せる」からこそ、今目の前にあることを大事に思ってそれに全力を注いで取り組むことができる。そういう生き方なのだと思う。

目標をもって生きるのも当然よい。

しかし、目標にとらわれすぎると「今」が疎かになってしまうように思う。今が疎かになると「今を生きる」ことができなくなってしまうのではないだろうか。

であるならば、目標は持たずに「なりゆき」で生きる方が僕にとってはずっといい。なぜなら今に力を注いで、今を積み重ねていきたいから。なりゆきとは何もしないことではなく今を生きること。少なくとも僕はそう思う。

目の前のことを黙々と淡々とやっていたら、今の地点まで来てしまっていた。そんな感じでいいし、そんな感じがいい。

だから僕は風任せに生きようと思う。

おわりに

今、自宅用に「風鈴」を買おうと思っている。

色々と自分でも探してみたのだが、結果的にプロダクトデザイナーの友人に教えてもらった「虹色風鈴」が第一候補だ。

今年の夏はお気に入りの風鈴で風のリズムを感じたい。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

頂いたサポートは新しい視点を増やすための費用(書籍の購入や会食など)として、活用させていただきます!

超オススメしたい漫画=ブルーピリオド!📘📘
18

田中 新吾

マーケティング会社でキャリアを積み、現在はコミュニケーションデザインという領域で活動しているコミュニケーション・ディレクターです。いつもチョコバナナのことばかり考えてます。座右の銘はI'm all ears. 詳しくは http://html.co.jp/Shingo_tna

㊹天風姤(てんぷうこう)に帰納NOTEまとめ~易(易経)~

易(易経)ではどの卦にあたるのか?㊹天風姤(てんぷうこう)の卦に帰納できると思うNOTEをまとめています。㊹天風姤(てんぷうこう)という卦は、「新たな出会い」「遭遇する」というようなことについて書かれた卦です。
1つ のマガジンに含まれています
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。