「真面目」に生きることが再評価される時代。

少し前まで、「君は真面目だね」と言われるとあんまりいい気分がしませんでした。

でも、不思議なことに今は「いい気分」でいられます。

今日はこの辺の話を少し。

真面目のルーツは漢詩

いい気分でいられるようになったのは、真面目のルーツを知ってから。

語源を調べていくと、真面目(まじめ)というのは「柳は緑、花は紅、真面目(しんめんもく)」という漢詩からきていることが分かりました。

この漢詩は、「柳には緑、花には花の色があり、それぞれ個性を発揮している」という意味で、要するに「自分らしく生きている」と解釈できるということ。

このとき、普段何の気なしに使ってしまっている「真面目」というのは、元々持っている意味のものとは全く違うものだということを知りました。

良い気分がしない真面目は「糞真面目」

実は、良い気分がしない真面目というのは「糞真面目」のこと。

糞真面目は「まじめで融通がまったくきかない様」という意味なので、融通がきかず皮肉を言うときに私たちが使うあの真面目です。

糞真面目というと、真面目を強調する副詞のように聞こえるので、その意味を知らずに、糞真面目=真面目として使ってしまっている日本人は7割くらいいるんじゃないでしょうか。

実際、僕もルーツを知るまではそうでした。

それに、今回の真面目のように本来の意味とは全く違うものとして、使われている言葉が意外とあって、自分も注意しなきゃなと心を改める機会にもなりました。

「真面目」に生きることが再評価される時代

そういえば先日、僕が大好きなタオル屋さんのIKEUCHIORGANICの牟田口さんがこんなツイートをしていました。

この経営者の方が、どっちの意味で真面目を使っているのか真意は分かりませんが、きっと「しんめんもく」の方だとなんとなく感じたんです。

それで、このツイートを見た時に今回の記事のタイトルと内容を決めました。こんな感じで「真面目に生きよう」と思う気持ちが再び強くなりはじめている今日この頃です。

さいごに

新しい元号は「令和」に決まりましたね。

「令和には、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つという意味が込められております」

「厳しい寒さの末に綺麗に咲き誇る梅のように、日本人ひとりひとりが美しい花を咲かせられるような時代に」

実は「真面目」についてブログに書こうと思ったのは、新元号発表日(4/1)の朝でした。

それで昼に「令和」に込められた想いを知り、同時性を感じてちょっとびっくりしていたんです。

最近読んだジブリの鈴木敏夫さんのインタビュー記事にもこんなことが書かれてありました。

昭和は激動の時代でした。戦争に負けたあと、みんな真面目に生きざるを得なかった。頑張って復興して、平成を迎えるわけですよね。そのころには、平和と豊かさを背景に、あらゆるものを楽しむ時代になっていた。それが平成の最大の特徴じゃないですか。じゃあジブリは、軽佻浮薄(けいちょうふはく)な世の中にどういうものを提供していくか。だって、お客さんたちはみんなその軽佻浮薄さに乗っかっちゃっているんだから。

平成の次の令和という時代は、「真面目に生きることが再評価される時代」にきっとなるはず。

少なくとも僕はそう信じています。

それでは今日はこの辺で。いつもnoteを読んでくださっている方々にとって、何かしらの参考になったら幸いです。それでは今日はこの辺で!

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田中 新吾

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