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MISTER MIRACLE解説(6) テーマ編①

☆2019年度 アイズナー賞 受賞おめでとうございます!


・Best Limited series (最優秀 短編作品賞)受賞:MISTER MIRACLE

・Best Writer (最優秀ライター賞)受賞:Tom King

・Best Penciller/Inker or Penciller/Inker Team(最優秀ペンシラー/インカー又はペンシラー/インカーチーム賞)受賞:Mitch Gerads

アメコミ界のアカデミー賞ことアイズナー賞受賞作家コンビによる、アイズナー賞受賞のどメジャー大人気タイトル、それが「MISTER MIRACLE」です。


というわけでお待たせしました。これまで「MISTER MIRACLE」の各話について解説して参りましたが、今回からは物語全体を振り返る「テーマ編」です。前回やや消化不良になってしまった『反生命方程式』の正体、『神』とはどんな存在か、そして『神の顔』とは何なのかを探っていきたいと思います。前回の更新からだいぶ時間が経ってしまいましたが、その間にも新たな発見や気づきがあり、まさに書きながら思考を整理しているような状態でした。それだけ内容の濃い記事になっているかと思うので、どうぞお楽しみに。

※ネタバレ注意!!

本稿は「MISTER MIRACLE」に関する重大なネタバレを含みます。必ずコミック本編を最後まで読んでから、この解説・考察をお楽しみください。



これまでの解説はこちらからどうぞ↓



☆この解説・考察のスタンスについて



改めて確認しておきたいのは、私の解説はあくまで「私はこう読んだ」というもので、この解釈が絶対と言うつもりはありません。 フィクションに対する考察は、読者に対してその作品を楽しむ上での一つのものの見方を提供するものですから、私の論を鵜呑みにする必要もありません。

とはいえ、私自身のスタンスを明確にするなら、「スコットは既に死んでいて、幻覚や妄想の中にいた」という解釈には否定的です。

この物語が死んだスコットの夢や幻覚の中で語られたものなら、ダークサイドを倒した後に現れたメトロンやその他の死者たちもまた、想像・妄想の産物ではないのか? 彼が死んでいたのなら、オーベロンが「人生は辛いこともあるけど大丈夫だ」と彼を励ますことにどんな意味があるのか? 最終話までに積み上げられてきた彼とバルダ、ジェイコブらの歩みが、非常に空虚なものになってしまうだけでなく、様々な疑問が浮かびます。

何より重要なのが、スコットが死んでいることを前提にした場合、作中で語られた『神の顔』や『反生命方程式』に対する思索との間に、有機的な関係性が結べなくなることです。つまり作品全体を通したテーマが浮かび上がってこないのです。むしろ彼が生きていて、全て現実に起きたことと考えるほうが、様々な点で合点がいくように思えます。



こうした考えのもと、前回の解説では『神=虚構』というキーワードを手がかりに、「スコットは虚構としての神ではなく、実体を持つ人として生きることを選んだ」という結論に至りました(詳しくはこちら)。ここでいう『虚構』とは「実体を伴わない、今ここにはないもの」、ざっくり言えば「目に見えないもの」を意味し、概念、フィクション、過去や未来の事物や仮定の話なども含まれます。

とはいえ、「スコットは死んでいた」と解釈すること自体は、あながち突飛なことではないとも思います。なぜなら本作を読んできた私たち読者は、そしてスコット自身が、彼の実在や彼が生きる世界に対し、様々な疑いを抱いてきたからです。


☆箱の中に彼は在(い)るのか?

作中のスコットによる「脱出パフォーマンス」の場面は、私たち読者に奇妙な不安を覚えさせます。「彼は本当にその中にいるのか?」と。水槽の水が真っ赤に染まり、彼の姿が見えなくなったとき、或いは箱が落下して潰れるまでの刹那、或いは電車が樽に突っ込むその直前まで、彼は本当にその中に存在していたのでしょうか?


『シュレディンガーの猫』という思考実験があります。箱の中に、一匹の猫と、放射性物質とガイガーカウンター、それに反応する青酸ガスの発生装置を一緒に入れて密閉します。中の様子は外からは見えません。放射性物質は1時間のうちに原子崩壊する可能性が50%あり、もし崩壊したならガイガーカウンターが反応し、青酸ガスが発生して猫は死にます。1時間後、箱を開けて猫の生死を確認します。 
猫が死んでいた場合、1時間のどの時点でガスが発生したのかまでは知りようがありません。そして箱を開けるまで、この猫は生きているのか死んでいるのか、断定できない曖昧な状態にあるのです。スコットの脱出パフォーマンスもまた、箱が開かれる瞬間までは、彼の実存は非常に曖昧な状態にあるため、私たちは奇妙な不安に襲われるのかもしれません。



作中には他にも、『シュレディンガーの猫』のように存在が不確かなものが描かれています。


第1話


・病院のテレビに映るスコットは、その箱の中にいるわけではなく、ただの映像。

・オライオンがスコットに教えたかったことは何だったのか? 彼は真意を告げぬまま去ってしまいました。

・バルダの瞳の色も、かつては青だったのか、もともと茶色だったのか、今となっては分かりようがありません。

・密室状態のスタジオに現れたオーベロン、彼は幽霊か幻覚か?


第2話

・ニュージェネシスの城のシャワーは、お湯が見えない。

・深夜に訪れたメトロンが伝えたかったことは何か? 真意を伝えないまま彼は去りました。

・グラニーはスコットに「自分はハイファーザーを守ろうとした」と告げますが、その直後にバルダに殺されてしまいます。それが真実だったのかどうかは、今や誰にもわかりません。


第3話


・スコットが幼い頃にグラニーから聞いたという物語。第二次大戦の頃のドイツ、ある少年が、自宅の地下室にユダヤ人をかくまっていることをうっかり漏らしてしまい、彼らはガス室送りになります。この少年が「地下室にいる」と言わなければ、ユダヤ人がそこに存在するとは誰も思わなかったはずです。さらに、少年の直接の死因がガスによる中毒ではなく、死体に押しつぶされたことだったとは、ガス室を開くまでは誰にもわかりませんでした。

・フォレイジャーは、バグ(虫)の女王がオライオンに処刑されたとスコットに打ち明けますが、直後にライトレイに襲われてしまいます。彼が言ったことは真実なのでしょうか?


第4話

・スコットの自宅に届いた荷物。バルダは「マイクか何か」だと推測しますが、開封するまではそれが何か確認しようがありません。

・ハイファーザーはスコットに、彼の本当の名前を教えてくれませんでした。なぜ教えてくれなかったのかは、今となっては確かめようがありません。


第5話

・太陽の光を反射して輝く湖には、おそらく汚水が混じっています。

・天文台、星は空に輝いているはずなのに、今は見ることができません。


第8話

・電子レンジ。目に見えないマイクロ波が、カップの中の水を温めています。


第9話

カントーがスコットに話したレオナルド・ダ・ヴィンチに関する話は、その場ででっち上げた嘘でした。彼が打ち明けるまで、スコットはそれが事実だと信じていました。


第10話

・ジェイコブの誕生日会についてバルダは、「赤ん坊の彼はその日のことを覚えていられない、忘れてしまう」と言います。物心がつく前の記憶を、ほとんどの人は覚えていません。


このように「それが真実かどうか、確かめようのないもの」「そこにあるはずなのに、姿の見えないもの」が、作中にいくつも散りばめられています。物理的に目に見えないことだけでなく、忘れられた過去や、他人から聞かされた嘘や信じられないような話も、真偽を確かめようがありません。その人の「記憶」や「心」という箱の中にしまわれたまま、取り出すことができないのです。
このように『存在・実在を確認できないもの。真偽がわからないもの』と出会ったとき、人はそれを信じるか否か、そのどちらかしかできません。それは嘘か真実か。それは存在するのか、しないのか。箱の中の猫は生きているのか、それとも既に死んでいるのか。


☆何を信じるか


スコットは第1話でこう言っています。

「何もかも最悪だ。何もかも」
「説明できないけど、何か悪いものが在る」
「何か悪いものが僕の中に」
(中略)
「わかるんだそれが… 僕はそれを… それから…」
「どう逃げたらいいかわからない!」
「僕は逃げられない」


(引用:MISTER MIRACLE #1 ,Tom king, Mitch Gerads, DC COMICS より拙訳)


彼は、それが何かはわからないが「自分の中に何か悪いものが在る」という感覚があり、それから逃れることができないと怯えています。自分という箱の中に在るのに、自分ではその中を覗くことができません。彼はそれが『在る』と信じました。芥川龍之介が「或旧友へ送る手記」に記した『ぼんやりとした不安』のような感覚に襲われていると言えます。そしてスコットは、これを『反生命方程式』の仕業だと信じました。



第4話の裁判の場面で、オライオンはスコットに、自分が何を信じているかを「嘘か真実か」の二択で答えさせました。その結果、『反生命方程式』とは『憎しみ』であり、「自分は反生命方程式そのものだ」と彼に答えさせようとしました。

私は前回の解説で『反生命方程式=現世の苦しみ』と結論づけましたが、『現世の苦しみによって引き起こされる負の感情』と言ったほうがより正確で、それは『憎しみ』であり『ぼんやりとした不安』だとも言えます。いずれにせよ、注目すべきはその正体よりも『どんな効果を及ぼすか』だったのかもしれません。


☆疑いから抜け出すために。




『我思う、故に我あり』

哲学者のデカルトは自身の存在も含めて、「あらゆるものが本当は存在していないのではないか」と疑いました(方法的懐疑)。そして「自分の存在を疑っている自分が、今ここに存在することだけは疑いようがない」と、自分の『意識』を発見しました。しかし、これには続きがあります。『意識』があるだけでは、自分が存在することの証明にはならないからです。

「彼は瓶の中に浮かぶ脳ミソかもしれないし、あるいは夢を見てるだけか、悪魔に操られているのかもしれない」
「だから、彼はそこから抜け出す必要があった」
「そこで新たな論拠を用いた」
「神についてだ」



(引用:MISTER MIRACLE #5, Tom king, Mitch Gerads, DC COMICS より拙訳)


『神の存在証明 』:神は全能(全てにおいて良いこと)であり、存在することはしないよりも良い。だから、神は存在する。

「そして神が存在するなら、そして神が良い存在なら、私達を瓶に閉じ込めたりしない」
「夢の中にいさせたり、悪魔に手渡したりしない」
「こうして彼は疑いから抜け出すことができた」
「我思う、故に我あり」
「神は存在する」
「世界は…とにかく世界も存在する」


(引用:MISTER MIRACLE #5, Tom king, Mitch Gerads, DC COMICS より拙訳)


デカルトのこの論は後にカントらによって批判されます。「神は全能である」と前提にした上で、「全能」の定義に「存在する」を含めてしまえば、『神』という概念には既に「存在する」が内包されていることになる。つまり「神は存在する。なぜなら私が『神』と言ったから」というトートロジー(同語反復)が成立してしまうからです。

しかしスコットは「このトートロジーが正しかったら?」と考えました。

「『我思う、故に我あり』」
「つまり、人が『私』について考える」
「そして『私』という言葉にも、その存在や思考が含まれているのなら」
「これもまたトートロジーだ。『私がいる、故に私がいる』」
「だから人が神を捨てるとき、人は自身を放棄している」
「人がまた疑い始めれば、全ては疑いとなる」
「神がいないなら、私もいない」
「そして私が存在するなら、神も存在する」
「僕らが自分を、自身の顔を見つめるとき、そこに神の顔を見出すんだ」


(引用:MISTER MIRACLE #5, Tom king, Mitch Gerads, DC COMICS より拙訳)


人は、神という虚構を信じることで疑いから脱し、『自分は今ここに存在する』と信じることができます。 全能の神は『私』を瓶の中に閉じ込めたりせず、長い夢から覚まし、悪魔の手から救ってくれます。『私』を覆い隠す箱を開け、疑いや不安を払い除けてくれます。だから人は神の姿を見失えば、私は『私』を見失ってしまいます。

しかし、その神という虚構を存在させているのは『私』自身です。そのため私が『私』という概念(意識・アイデンティティ)を見失えば、同時に神の姿も見失ってしまいます。私が『私』を疑えば、同時に神を疑うことになり、この世界や、あらゆるものの実在が不確かなものになってしまうのです。

それはつまり、『神は私の中に在る』ということ。 だから人は自分の顔を、自分の心を見つめるとき、そこに神の顔を見出す、ということです。


ところで、オライオンによる裁判の際、スコットは神であり父親であるハイファーザーを憎んでいると供述しました。自分に本当の名前を教えてくれなかった(名前をつけてくれなかった?)ことへの不信感だけでなく、自分を「悪魔に手渡した」=ダークサイドに渡したことで、彼にとって父は『良い存在』とは思えなくなっていたのかもしれません。



☆反生命方程式


第3話で、スコットはこう語っています。

「僕は時々、何が現実かわからなくなる」

(引用:MISTER MIRACLE #3, Tom king, Mitch Gerads, DC COMICS より拙訳)


さらに、第1話でハイファーザーはこう言いました。

「その方程式を用いれば、ダークサイドは現実を歪めることができる」
「人々の心を」


(引用:MISTER MIRACLE #1 ,Tom king, Mitch Gerads, DC COMICS より拙訳)



反生命方程式は、人の心の中に「何か悪いものが在るのではないか」という『疑念』を植え付けます。人が『私』を疑えば、神をも疑うことになる。世界もまた疑いに変わり、やがて何が現実かわからなくなってしまいます。そして「悪いものが在る」と信じてしまえば、自分も神も世界も、あらゆるものが最悪に思えてしまう。これこそが、反生命方程式の効果なのだと考えられます。


私の中に、
何か良くないものがある。

私の顔に、
私は邪神の顔を見出す。


私の中に、

ダークサイドが在(い)る。 


☆次回は「反生命方程式から逃れるにはどうすればよいのか」そして『神の顔』について解説します。なるべく早めに書こうと思いますので、更新をお楽しみに。


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おそばBOYうどん太@脚本読解

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