「とりとめのない」台本

「映画」
憂鬱な坂道を、みみずが進んでいく
どれだけ悪いことをしたのだろう
砂漠で傘をさす、割れた花瓶に水を注ぐ
意味のないことを積み重ねて
地下鉄の空気にやられて
終点の、自動販売機の灯りに跪いて
鉄の味を

何も知らず生きていくだけで、どうしてこんなにも痛いのだろう
守りたいものは、いつもどうして見えなくなるのだろう
ここはとても寒くて、ついには、あらゆるものが凍ってしまった
時間が止まってしまった

わかり合って、想い合って、どうしたというのだろう
ここではもうすべてが凍りついて……
血を流す必要もなくなった
残酷で、意地が悪くて、昨日の過ちをもう忘れている
きみに、どうか、鐘の音がなるような、切り取られた映画のシーンのような、
何一つ後ろめたさのない祝福を。
誰よりも祝福を。


「ガイドビーコン」

どろりとした宇宙のような粘液のような体液のようななかで
ざわめくしるべ
地下から這い出す虫
どうしても、何を犠牲にしても確かめたかった
ぶどうは甘いに違いない

さかさまのぼくらが手に持つ灯り
めがけて飛んでね
百年、千年、万年、億年
人がいなくなって
恐竜の家族がまた生まれて
空を見上げる
さかさまのぼくらが手に持つ灯り
なにも照らせない弱々しいひかり
早く帰りたいね
早く会いに行きたいね
地球が壊れて
ちりだけになって
どろりとした液体だけになって、最後、甘いぶどうだけが残った。


「楽園の君」

満天の夏の、風を切る自転車で、長い道を会いに行く。

きみがいつも話した家族の記憶は、優しい兄と、優しい母と、優しい父と、それですべて終わる。
コンクリートの匂いがする、十字路の、遊歩道の部屋。
十年はここに住みたいと言っていた。
一人で暮らしていくと言っていた。
本当に欲しい物を、つかみに行くと言っていた。
死ぬときはこれ以上ないくらいのものを作って行きたいと言っていた。
憎んでいるのは奪っていったもので、それはぼくの大切なものも奪おうとしている。

遊ぶにはもう狭すぎる世界だから
きみは微睡んでしまった
逃げ出すにはもう広すぎる世界だから
きみは季節を迷った
終わってしまえばいつもそうだ
未来の顔で過去が振り向く

食べかすばかり散らばったベッドの上。
遺体はどこにもない。


「nazo is question」

 わたしはとてもとても長い夢を見ていました。喜びが鳴る音に包まれ、あなたの背中を抱きしめ、ふかいふかい海の底、光の届かない場所に出来た、トマトの形に似たまるい空間で、いつともしれぬ時を、ただひたすらに過ごすだけの夢。
 過去ではなく未来でもない、心臓の鼓動があらゆる方向にひとりでに歩いていきながらも、必ず元の場所に戻ってくる。そうして循環する意識のなかで、あなたは笑っていましたね。いままさに熟れんとする果実のように、あなたは笑っていました。つながる部分は徐々にただの肉になって、誰のものでもなくなっていきます。この身が震えるほどの感動のなかで、わたしは少しでもこのひとときを逃すまいと、あなたに語りかけました。
 むかし遊園地で働いていた頃の話です。わたしは、ボートが回転する遊具を動かしていました。それは、少し離れた場所にあるジェットコースターや、大きなアトラクションに比べれば子供だましにもならないようなチープなものでした。それでもわたしは、夕景が反射する水面と、少しくたびれたボートが重なる風景がとても好きで、いつも進んで担当するようにしていたのです。
 ある日、障がいを持った男性と、その母親がわたしのもとにやってきました。夕暮れでした。いつもどおり遊具の説明を終えると、二人をボートに案内し、場内を回りながら安全確認を始めます。その日は空気が澄んでいて、沈みかかった太陽の光が、水面に突き刺さるように幾重にも重なり、わたしはひかりの城のなかにいる気分でした。守られているのかもしれない、良くわからないのですが、そんなことを思いました。
 運転室に戻り、スイッチを入れるとボートはゆっくりと動き始めます。ゆっくりとゆっくりと、大きな哺乳類を思わせる動きで、波紋のなかをボートは進んでいきます。二人はいままで乗った遊具の疲れを癒やすように、ボートにその身を任せていました。水はいとしいものをいたわるようにボートを運び、ボートはゆりかごのように二人を運んでいきます。どんな会話をしているのか、わたしにはわかりませんが、小さな子どものように体いっぱい喜ぶことはなくとも、二人は笑っていました。それは滑稽なものを笑うではなく、気恥ずかしさに頬をほころばせるではなく、収まりきらぬ慈愛に形をつけるための笑顔でした。まわりの歓声と遊具の音が届かない空白の場所で、ひかりの城のなかで、まるで二人に向かってすべてが笑いかけているような……わたしは涙が溢れそうになるのを必死にこらえて、その光景を見守っていました。こんなにうつくしいものが見られるなんて、もしかしたら、わたしはこの瞬間のために生まれてきたのではないのだろうかと、そんなことを考えていました。
 話し終えたときには、もうわたしのおなかとあなたの背中は一つになっていて、これでもうお腹が空くことはないんだなと、ぼんやり、そんなことを思います。いや、あなたはまだお腹が空くのかしら、ならわたしの分も、沢山食べてちょうだいね。でもその前に、すべてが溶けて、つながって、なにもわからなくなるかもしれませんね。そうしたら意識はどこに行くのでしょう。とてつもないスピードで何処かに帰っていくのでしょうか。産まれたところに? 天国に? 地獄に?
 呟くわたしを、あなたが笑っているように見えました。その顔を見ようと乗り出そうとしてわたしは気付きます。しまった、もう沢山のところがつながってしまって、顔を覗き込むことが出来なくなってしまった。ああ、せめて前からいくんだったと言うと、あなたはとうとう声をあげて笑いました。口からこぼれた気泡は連なってすうっと上に向かっていきます。意識も記憶も感情も皮膚も内臓もすべて乗せて、泡は上へ上へ。地上を超え、空を尻目に大気圏をすり抜け、宇宙のその向こうの宇宙のその向こうの宇宙のその向こうの誰かに向かって。
 もう何も怖いものはない。そう思いました。わたしたちの体はもう人のそれではなく、肉にも満たない吹けば飛びそうな綿のようになっていて、きっと次に考えることが、すべてのおわりでしょう。
 決して生まれ変わらず、いまこの瞬間のまま端から端まで余すことなく消えていきたい。誰にもならなくていい、何にもならなくていい、幸せなど知らなくていい。
 ねえ、同じことを思ったかしら?

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