軋む会話輯(4) ポスティング

閑静な住宅街にあるマンションのエントランス。集合ポストが設置されている。管理人室らしき小窓は閉っておりカーテンがかかっている。壁には荒っぽい手書きで書かれた、チラシの投函を禁ずる貼り紙。

大きなリュックを背負った青年が入ってくる。学生かあるいはフリーターといった風貌。

青年は周囲を見渡した後、リュックから住宅リフォームのチラシの束を取り出し、集合ポストに一枚ずつ丁寧に入れていく。

すると、突然、勢いよく小窓が開き、無精髭を蓄えた中年太りの男が顔を出した。管理人のようだ。

管理人:(怒鳴りつけるように)おい、てめえ!何やってる。
青年:あ、はい・・・・・・。
管理人:はい、じゃねえよ。何やってるか聞いてるんだよ。
青年:あの、チラシを入れさせていただいて・・・・・・。
管理人:チラシだと?てめえ、あの貼り紙が見えねえのか?
青年:(周囲を見ながら)貼り紙?
管理人:とぼけてんじゃねえよ。
青年:はい?
管理人:お前、あの貼り紙、見なかったのかよ?なあ?え?
青年:すみません、ちょっと・・・・・・。
管理人:ちょっと、じゃねえよ。なあ。
青年:はい・・・・・・。
管理人:読んでみろ!
青年:え?
管理人:あの貼り紙に何て書いてあるか読んでみろって言ってんだよ!
青年:あ、はい。え~と・・・・・・。
管理人:字が読めねえのか?
青年:いえ、読めます。あの・・・・・・。きょ、許可なくビラ、チラシを投函することを厳・・・・・・。
管理人:声が小さい!
青年:(前より大きな声で)許可なく・・・・・・。
管理人:もっと!
青年:(更に大きな声で)許可なくビラ、チラシを投函することを厳禁す。投函した者は見つけ次第110番する。
管理人:よし。お前、今まで入れた分、全部回収しろ。
青年:あ、はい。

青年はチラシを抜き出そうと左端のポストの前に立ち右手を投函口に入れようとする。

管理人:わざとらしいことやってんじゃねえよ!チラシ取れる訳ねえだろ。
青年:(振り返りながら)あ、でも、こちらが申し訳なかったので、12枚きちんと回収させていただきます。
管理人:12枚って何だよ?
青年:あ、既にポストに入れてしまったのが12軒のお宅で・・・・・・。
管理人:憶えてるのかよ?いい加減なこと言ってると本当に警察呼ぶからな。
青年:いや、数え間違えてなければ12枚のはずです。集合ポストに入れるときは必ず枚数数えながらやりますから。
管理人:ちっ。どうでもいいけどよ。取れっこねえよ。
青年:いえ、ちょっとお時間ください。

青年はポストの狭い投函口から器用に細い手を差し込む。4枚回収したが、5つ目である105号室のポストからはなかなかチラシが引き出せない。青年の右手の甲は擦り傷で出血している。

管理人:おい。もう止めろよ。
青年:いえ、あと8枚ありますので。
管理人:いいよ、もう。血が出てるぞ。
青年:大丈夫です。105号室は入れるとき奥に押し込みすぎたみたいで、なかなか取り出せなくて。とりあえず、違うところを試してみます。
管理人:よせよ。ポストに血がつくから。
青年:いえ、今度は左手でやりますから。

青年は左手でも遜色なく巧みにチラシを引き抜いていく。2分ほどで残りのチラシを全て回収する。そのあと105号室のポストを再度確認してみるが、諦めたように振り返る。

青年:終わりました。申し訳ありません。105号室だけはちょっと無理みたいで。
管理人:いいよ。それにしても随分器用なもんだな?
青年:いえ、慣れていますから。
管理人:回収にか?
青年:ええ。特にこういう、管理のしっかりされているマンションで投函するときには注意しますので。
管理人:ふっ。管理のしっかりねえ。で、注意って何だよ。
青年:はい。チラシは基本、斜めに入れるんですが、奥のほうまで入れずに、角の部分が挿入する入り口のところに残るように入れるんです。そうすると、あとから引き抜きやすいんです。あ、でも105号室は失敗しちゃって。
管理人:考えてるんだな。会社から言われてるんか?
青年:いえ、自分の判断です。
管理人:まあ、どうでもいいが、ウチには二度と来るなよ。今度来たら警察呼ぶぞ。
青年:はい。申し訳ありませんでした。
管理人:分かったらさっさと行け。
青年:はい。

青年はリュックから2通の封筒を取り出した上で、リュックを背負った。

青年:あの・・・・・・。
管理人:まだ何か用か?
青年:お詫びと言っては何ですが、こちらを。
管理人:何だよ、それ?
青年:あの、お詫びのしるしに、管理人様とあと105号室のお宅に。
管理人:そんなもん用意してるのか?
青年:あ、はい。稀にこういうことがありますので。
管理人:何が入ってるんだ?
青年:あ、それはちょっと・・・・・・。あとでご確認ください。お詫びの文面とつまらないもので。文面と言っても予め書いてあるものですから失礼かもしれませんが。
管理人:そんなことはどうでもいいよ。じゃあ、せっかくだから置いてけ。
青年:ありがとうございます。

青年は管理人に一通の封筒を手渡す。

青年:そしたら、105号室の方の分は、ポストに入れてしまっていいですか?
管理人:あ?え?ああ、いいよ。
青年:(大きな笑みを浮かべて)ありがとうございます!
管理人:はは。しょうがねえな。
青年:(105号室のポストに封筒を入れて振り返る)それでは失礼します。
管理人:ああ、二度と来るなよ!

青年は立ち去る。
管理人は、封筒を開ける。そこには定型的な文面の詫び状と5000円札が一枚入っていた。

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大杉顕

連作短編 軋む会話輯

現代における不条理な会話の数々。
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