世界がデスゲームになったので楽しいです。短編

波の音が、回る。自分の周りと、脳内を、グルグルグルと回り続け、気持ちが悪くなってきた。体も熱い。太陽の熱さと自分の体から放出される暑さ。どちらで暑いのかもう、彼は分からなくなっていた。

助けを呼ぼうと思えば、すぐだ。持たされているレシーバーを使えば、ここから百メートルも離れていない沖に浮かんでいる船から迎えがくるはずだ。でも、それでも彼はそれを使わなかった。

なせなら。彼は助けたいと思ったからだ。守りたいと思ったからだ。彼女を。彼のクラスメイトを。

常春 清という、その名前の通り清らかで、高潔で、真面目で強くて立派な彼女。彼女と許嫁という古くさい時代錯誤の結婚相手との結婚を妨害するために、彼のこの島にいる。

事の顛末は、6日前にさかのぼる。一億円の借金を返済する代わりに、婚約の妨害をして欲しいと頼まれて付き合うフリをすることになった偽りの彼女。ロナとデートのフリをしていた帰りの事だ。デート中に、彼の本当に好きな女の子。同級生の百合野 円に会ってしまい、気落ちしていた彼は、自分よりも沈んだ顔をしているセイに出会った。

強い常春さんにしては珍しいなと思いシシトはセイにはなしかけた。そこで、彼は聞かされたのだ。セイには許嫁がいて、その相手と夏休みの間同棲しなくてはいけないと。

許せない、とシシトは思った。自分の好きな相手と一緒になれない悲しみやツラさをシシトは良く知っていたからだ。

だから、シシトはセイの祖父に直談判し、セイの許嫁を解消するように訴えた。

そのための条件が島で一週間セイと共に生活するというモノだった。

なんで自分がセイと生活しなくてはいけないのかシシトには正直分からなかったが、セイの許嫁を解消できるなら、それくらいは大丈夫だと思いその条件を受け入れた。

ただ、それが過酷だった。初日に水と食料を妨害役のセイの道場の先輩達に奪われ、衣服もなくなった。おかげでお腹は空くし、衣服が無くなったことで水着姿のままのセイの形の良いお尻とおっぱいをつい凝視してしまい、シシトは毎日セイに殴られるはめになったのだ。鼻血が止まらない。

そんな状況で一週間生活するなど、サバイバル経験のないシシトには本当に過酷だったのだろう。シシトは熱を出して倒れてしまった。

「……駕篭君。大丈夫?」

そう言って、セイが海辺に落ちていたペットボトルを利用して作ったお椀に水を入れて持ってきてくれた。

「……ありがとう。ごめん。常春さんばかりにこんな事させて……」

「いいのよ。シシト君じゃ水辺まで行けないだろうし……私はこういうの慣れているから」

そう言って、セイは悲しそうにシシトの横に座った。それだけセイの大きくてハリのある形の綺麗なおっぱいがプルンと揺れる。

ただ、それに興奮する元気はもうシシトには無い。

「……飲める?」

そう言って差し出された水に、シシトはゆっくりと口をつけた。

「大丈夫?」

「うん。ありがとう」

お椀を置いて、シシトはにこりと笑った。

そして、思う。

(……マズい)

氷なんて無い。だから水は当然ヌルいし、器も洗剤なんてもちろんないため水洗いしただけだ。ゴミはもちろんついていないし、セイはかなり丁寧に洗ってくれたのだろうが、気分として美味しく飲めるわけがない。

それでもシシトは笑ってお礼を言った。お礼を言わないとこんな体調で殴られでもしたらたまったモノでは無いからだ。

(俺……なんでこんな事をしているんだろう?)

そんな後悔のような思いがシシトの考えをしめていく。

許嫁を解消するように言ったのは、自分だ。セイの許嫁解消の条件に同行すると頷いたのも、自分だ。

(でも……俺関係ないよな?)

別に、シシトはセイの事を好きでも何でも無いのだ。なのに、なぜここまで苦しい思いをしなくてはならないのだろう。

(あー……早く家に帰りたい)

そう思ってシシトは目を閉じる。とにかく楽しい事でも考えようと思ったのだ。そうすれば時間は早くすぎる。

シシトは自分が大好きな女の子。百合野 円の笑顔を思い出すことにした。

(あー百合野さん……可愛いなぁ制服姿もいいけど、この前見た私服姿もステキだったなぁ)

そう考えると、脳内 百合野 円の服が、シシトは頭の中で次々と変わっていった。制服や体操服、シシトの学校になるメイド服のようなカフェの衣装まで、色々と。

(……うわわわぁ!? ダメだ! ダメだ! こんなイメージ百合野さんに失礼だ。別のイメージを……)

だが、そんなシシトの思いは届かなかった。シシトの脳内 百合野 円は、とうとう水着姿になった。

(……うひゃぁぁああ!?)

シシトは脳内のイメージを消そうとするが、中々消えない。脳内 百合野 円はセパレートタイプの、桜色の水着来ていた。よく似合っている。しかし、しばらくすると、シシトは違和感を覚えた。それがなぜか、シシトにはすぐに分かった。

(……あ、これ常春さんの体だ)

大きくてハリのある形の良いおっぱいに鍛えられた四肢、そしてプリンとしたお尻。それは紛れもなくセイの肢体だ。どうやら、直前にみたセイの水着姿の印象が強すぎるようだ。

(あぁ、ダメだ。俺は別に常春さんの事が好きでもないんだ。こんなイメージしちゃダメだ。絶対ダメ)

ブンブンとシシトは頭を振る。

「……シシトくん!? 大丈夫!?」

すると、隣にいたセイから慌てたような声が聞こえた。シシトも慌てて目を開ける。

「どうしたの? 苦しい?」

「いや、大丈夫だよ」

セイの目が潤んでいる。シシトは慌てて自分は平気だと伝える。少しエッチな妄想をしてしまっていたなんて言えるわけが無い。

ただ、セイはさきほどよりも落ち込んでいる表情になってしまった。どうやら、シシトが強がっていると思ったようだ。

「ねぇ……もう、やめよう」

突然。セイがそんな事を言い始めた。

「え……? 何を」

「この試練。私のために、駕篭くんが苦しむ必要なんてないわ。レシーバーを使えばすぐに助けが来るし、もうやめよう」

セイの発言に、シシトはムカついた。

「……ダメだよ。そんなの」

「でも、このままだとシシト君が……」

「ダメだって!」

シシトは、怒鳴っていた。ビクっと、セイの体が跳ねる。

(……確かに、俺は常春さんの結婚に関係無いけどさ!)

シシトは、そのまま、続ける。

「常春さんは、立派だ。強い人だ。常春さんは、水も食料も自分で探せることが出来るんだ。だから、結婚相手も自分で見つける事が出来る。絶対出来る。だから、許嫁なんてそんな知りもしない相手と結婚なんてする必要は無い」

「……でも、このままだと」

「俺は大丈夫だから。あと一日くらい、頑張れるから」

ハッキリと、でも弱々しく言ったシシトに、セイは口を閉ざし、また開く。

「……どうして? なんで私のためにここまでしてくれるの?」

セイの目を見て、シシトは答える。

「『幸せにしたい』から。俺は常春さんを『幸せにしたい』」

(……友達として)

そう答えたシシトに、セイは涙を浮かべていた。

それから、二人は隣り合って眠り、一夜明けて、無事に一瞬間無人島で生活をして、セイの許嫁の話は解消されることになったのだ。


「……良かったのですか?」

眼鏡をかけた男性が、筋骨隆々の壮年の男性に尋ねる。

「しょうがなかろう」

筋骨隆々の壮年の男性がセイの祖父である常春清竜。眼鏡をかけているのはセイの父親 常春清一郎である。彼らは、セイとセイの想い人であるシシトを乗せた船の一室でお茶を飲んでいた。

セイとシシトは別の部屋で眠っている。

「セイに相手がおるなら諦めるつもりじゃったからのう。今時許嫁なんて古いのは百も承知よ。まぁ、あんな弱っちい雑魚を連れてくるとは思わなかったが……」

苦々しい顔を浮かべて、清竜がお茶をすする。

「しょうがないと言っているわりには、あまり納得されていると思えませんが」

ふっと笑い、清一郎もお茶を口に運ぶ。

「当たり前じゃろう。コレであの小僧を家に呼ぶ口実が一つ減ったのじゃぞ?……たくっ、元々はあのモンマスの餓鬼があの小僧と自分の娘を結婚させるつもりなど言い出したから……おかげでセイとあの小僧を見合わせることが出来なかったんじゃぞ? ったく」

残念そうに、清竜は息を吐く。

「本当にお父さんは気に入っているのですね、彼を」

「当たり前じゃろう? あんな鍛えがいのある奴なんぞ、初めてだからのう」

カラカラと清竜は笑う。

「それに……気に入っているのはお前もじゃろ?」

清竜の問いに清一郎はふっ笑みを返す。

「まぁ、それは。お父さんほどではないですがね。それにしても、お父さんはあの子はどうするのですか?」

「あの子とは誰じゃ?」

「あの、セイが連れてきた男の子ですよ」

清竜は眉を上げる。

「……どうもせん」

「どうもせん、とは?」

「祖父の言葉に逆らってまで連れてきたのじゃ。儂が口を出すことじゃないじゃろ。それに……あんな雑魚に興味も無い」

清竜の言葉に、清一郎は苦笑する。

「……一応あの子はおとうさんが出した条件をクリアしたのですが?」

「クリアと言ってもほとんど寝込んでいたじゃろうが。まったく、我が孫娘のくせに、セイは本当に男の見る目が無い」

大きく、清竜は息を吐いた。軽く頷いて、清一郎も清竜に同意する。

「……あの子は、生き残れるでしょうか。アレが始まっても」

清一郎の問いを清竜は鼻で笑う。

「無理じゃろ。あの雑魚一匹では。セイや……誰か別の者が助けでもしないかぎり、な」

そう言って、清竜はお茶を飲み終えた。


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