やりたいことが出来ない人生をやめる【序章】

やりたいことはある。だけどそれが何故か出来ない。

僕の20代は、ずっとそんな感じだった。もちろん何も行動しなかったわけではない。「やってみよう!」と情熱を真っ赤に燃やし、いろんなチャレンジをしてきたし、その繰り返しを経て、身に付いたものだってある。成長だって色々としたと思う。

でもやっぱり、20代を振り返ってみた時、「やりたいことやってきたな〜」という感想にはならない。「あれもこれもやれなかったなぁ〜」と思ってしまう。

仕事が忙しくなってしまったり、プライベートでトラブルがあったり、そもそもそんなに器用じゃなかったりするからなのだろうか…。こうなった理由を振り返ったところで、混乱ばかりして終わる。

10代の頃からずっとやりたかったダンスだって、結局できないまま30代になった。いつかかっこいい体になって海で泳ぐ、という目標も、なんだかんだ叶っていない。仕事だって、いくらか自信がついた部分はあるけど「望んで今の仕事を掴んだ」というより「流れ流れてこうなった」という感じだ。

僕はただの”へたれ”なのだろうか。

そんな不安さがぎり始める。でもそれも違う気がする。というか違ってほしい。だって何度も「今度こそ!」と立ち上がってきたのだから。立ち上がることは本当に気力と体力がいる。だから”へたれ”とまで、自分を卑下する必要はきっとないはずだと思った。

だけどこのまま混乱していては、また10年が一気にたってしまうのだろうと恐ろしくなった。そして今度はついに、「人生はこんなものだ」と言うのかもしれない。

30歳になってすぐの夜、そんなことを考えていたら頭と心が沸騰して

「そんなのはマジで嫌だな…!!!!!」

と叫んでしまった。

でも人間本気になると冷静なもので、そこからは「とにかくやり方を180度変えよう」と必死に頭を働かせはじめた。自分の頭からでてきたことは全部やったからインプットだ。そう思った僕はまず、大好きなけんすうさんのツイッターを読みあさることにした(そこかよ)。

そしてこのツイートを見つけたのだ。


「いや、マジそれやねん、けんすう!!!」


思わず自室にて、タメ口をきいてしまった(けんすうさん、尊敬してます)。

モチベーションというのは、夢を見れば自ずと湧くものだし、持ってていいものだと思う。だけど行動する上では全くあてにならない。それは何度も「今度こそ!」を経験してきた僕だからこそ、痛いほど理解できた。

僕は「モチベーションではなくて、習慣を信用する人生」に変えると決めたのだった。習慣候補を試験的に導入してみて、違えばやめる。良ければより良くする。それのみにフォーカスすることにした。

そうして今、少しずつだが自分が変わり始めていると実感している。このままPDCAを回し続け、良い習慣にまみれた人間になりたいから、内省(C)の機会としてnoteを書くことにした(マガジンにまとめることにしたので、ぜひフォローしてほしい)。

きっとどれも「誰かの役に立つ」というにはおこがましいレベルの内容だと思う。でもこれは、僕が生き抜くための生存戦略だ。まず自分が「やりたいことができている人」になるために、自分のために、続けていきたいと思う。

第一回目となる次回は、「やりたいように生きていると、やりたいことはできない」という話について書く。

今の慣れきったその生活スタイルに問題があるから、いつまでもやりたいことが出来ていないんだよ、という話だ。それを実感するために、まるまる1週間やりたいように生きてみた後に感じた絶望感について書くつもりだ。

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ぅちもやっちゅーねん!(倖田來未)
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Naoki Ota

やりたいことができない人生を辞める

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