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飲み込まない

 29歳と30歳の間で私は随分焦っていた。
 女子として若いとされるかされないかギリギリの20代から30代へのカウントダウンが始まる中、棚ぼた案件として好意を持ってくださる方がいて、素敵なタイミングで、お付き合いすることになった。
 遠距離恋愛で、月に1度ほどお互いの場所を行き来するような関係だった。 付き合った当初は、私は29歳になったばかり。結婚もほのめかせてくれる、嬉しい出会いだった。母親にも報告した。母親は娘が片付くぞととても喜んでいたと思う。
 ただ私はその人を本当に好きだったのか、29歳だから焦っていたのか、今となると闇の中である。なぜなら、その人の名前を呼ぶときになんとも言えない"違和感"しかなかったからだ。Aさん。Aさんと声に出して言う前に、頭の中で確認する。「Aさん、Aさん・・・よし」と思って、ようやく「Aさん」と呼びかけることができる。ただ、自分が発した恋人の名前も、自分の声ではないような気がして腑に落ちなかった。
 そんな違和感より結婚だ!と思っていた私は、きっと彼氏になった人自身を見ていなかったと思う。自分中心で物事を考えて、彼氏が独立して起業しようとしていることもあまり真剣に考えていなかった。そんなことより私とはいつ結婚してくれるんだと言う圧をかましていたのだと思う。

 やはりそんな圧を受けていると、それはそれは爆走で逃げたかったと思う。幸いなことに(!)遠距離恋愛。起業準備で忙しい、出張も重なり、当分距離を置きたい、と言うことでフェードアウトされかけていたのを、フェードアウトはないだろ、と大阪まで来てもらい、しっかり別れ話をした。別れ話の後に仲良く串カツを食べに行き、爽やかに別れた。
 そうしたかったのだが、やはりそこは29歳の足掻きが出てしまい、いざ東京へ帰ろうとしている人を再度呼びつけ、泣きじゃくってなぜ別れなければいけないのか詰問した。今思うと黒歴史でしかない。人に黒歴史あり。
 振られると言う経験は誰しもあるが、その振られ方が腑に落ちず(今思うとシンプルに圧から逃げたかったんだろうと思う)、かなり引きずった。仕事なんてどうでもよくなった。自分の何が悪かったのか、その時は見えていなかった。
 
 別れて1年ほどし、高校の同級生に出雲旅行に誘われ、女子3人で旅に出た。久しぶりの高校友達で話に花が咲き、最近の恋愛の話になったときに、私は酔っていた勢いもあり、泣きながら件の話をした。この事実を1年以上飲み込めずに毎日を過ごしている、前に進めないと。するとその友達はこういった。

「飲み込まなくていいやんそんなん。ペっ!てしたらいいねん」

自分の経験は飲み込んで、自分の中で処理して前に進むのが当たり前と思っていたが、飲み込まなくていいという発想がなかった私には心底驚いた。どんな自己啓発本よりも役に立った言葉だった。

 そこから、自分は付き合っていたこと、別れたことを思い出すたびに、「ペっ!!!」として考えない、そんなことよりも他の優先すべき自分のことを考えるという選択を取り続けた。
 身の回りが軽くなり、仕事にも力が入るようになり、仕事がきっかけで新しい出会いがあり、今は29歳で思い描いた以上の楽しい日々を過ごすことができている。
あの旅行がなければ私はどうなっていたのかなと時々考えるが、それもまた「ペっ!!!」として、前に進み続けたいと思う。

#あの会話をきっかけに

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