『呪術廻戦』のパンダから考える作品の魅力

呪術廻戦のパンダに癒される。

ユルくて大らかで気遣いもできる。出てきて和む頼れる先輩。そして腕っぷしも強い。
単なるマスコットに留まらない人格者(人じゃないけど)っぷりは作中の貴重な良心だ。

だがしかし、パンダの本当の魅力は別にある。
如何とも言い難いシンパシー。この信頼と安心感はまるで竹馬の友のようで、寄らば大樹の陰というが、寄りかかるなら僕はパンダの腹がいい。

そしてこれは存在しない記憶なんだけど、僕とパンダはずっと友達だったんだよね。
そう、友達。間違いない。僕とパンダは十年来の友達のはずなんだ。

そしてこの夢女子の妄想めいた感覚は、アニメ化によって公式に肯定されることになった。
「何を言っているんだ?」と首をかしげる皆様に、印籠のごとく提示したいCV:関智一
感動した。猛烈に感動した。あなたにこの意味が分かるだろうか?
関氏の出演作は数あれど、相良宗介でもロブ・ルッチでも勿論スネ夫でもなく、演技の方向性は『シュタインズ・ゲート』のダル。もう一度聞こう。この意味が分かるだろうか?

『シュタゲ』のダルといえば、ビア樽の如き風体で秋葉原に入り浸る古風なオタク。
そう、オタクなのだ。
公式がパンダにオタクの声を当てている。
つまりパンダは公式にオタクだった!

勿論さ、作中になんら言及はないんだよ。
見落としているだけれも知れないけど、作中に直接のオタ描写は一切なかったはず。
でも僕はあいつがオタクだって確信していたんだよ。ちょっといい焼肉の奢りを賭けてもいいくらい確信していた。パンダがオタクじゃなかったら、鼻でスパゲッティを食べ、逆立ちで町内一周してやらぁ、という勢いでパンダ=オタク説を信じていた。

そしてついに公式が答えた。「パンダはオタクです」と。


つまるところ、パンダは概念だったんだ。
抽象的な「気のいいオタクの友達」としての概念。
ある程度裕福な家庭と比較的平和な学校でのびのび育ったタイプの、根が穏やかで育ちのいいオタク。彼らになんとなく共通する細やかな気質や言動の癖を持ち合わせた、動く概念。

皆さんのオタクの友達の中にパンダみたいな奴は何人かいると思う。その中にパンダが紛れていたとしても何ら違和感がないと思わないだろうか。むしろ僕の中では、その面々の中に既にパンダの顔がある。一緒にDSでポケモンをした記憶がある。

呪骸に込められた陰の気、それはオタク達が放ったものだったに違いない。

良いキャラクターは勝手に動き出すというが、オタクの描写が一切ないのにもかかわらずオタバレしてしまうパンダは間違いなく良キャラだ。そして彼を生み出した作者の力量には唸らざるを得ない。

何故かちょくちょく真希に言及する際の、細かな仕草や口調、あるいはタイミング。これがオタクの友達の一人が、気に入っている同級生をそれとなく話題に出す時にそっくりなのだ。モデルなのかと疑うくらいに。
具体的にどこがどう似ていると言うよりも、言及し切れないほどの細かいところが毎度毎度ことごとく似通っていて、全体として何となくソックリな印象になる。このリアリティを生む描写力が凄い。

本当に良いキャラクターっていうのは、こうでなくちゃならない。


作者は単行本で『呪術廻戦』を「暗い漫画」とコメントしていたけれど、なるほど暗いキャラクターの扱いが特に秀逸だ。

パンダの他に素晴らしいのは順平と漏瑚で、どちらの最後もこれ以上ない程に的確だった。作中で彼らの望みは叶わないのだから、彼らが迎える結末には描かれた以上の形はない。あれが彼らの最良の最期だと断言できる。

キャラクターの死、つまり生存できない登場人物の理論的な帰結を暗示するには、それまでのキャラクター描写で方向性を示し切れている必要がある。一つの描写たりと逃してはならず、描写のうえで一コマたりとも無駄にはできない中で、読者に提示すべきルーツ・現状・思想・目的を余すところなく描ききり、心のうちの真なる欲求を暗示したうえで、最後にそれらが手向けられる形で散らせる。

かなり緻密かつ理論的に作品を組み上げなくては成し得ない作劇だが、精巧な人物描写で次々と成功させているところが、近頃の漫画の中でも特出して実力を感じる点なのだ。
世間ではセンセーショナルな展開や一部キャラクターの活躍ばかりが取り上げられる形でブームになっているようだけど、『呪術廻戦』が面白いのはそういった要素から一段深く潜ったところにあるように思える。

順平と漏瑚は散る定めにあったし、パンダはまあユルい癒し系だけれど、真希、野薔薇、そして本誌で術式を失った東堂など、乗り越えねばならぬ逆境を持ったキャラクター達はまだまだ居る。
作者の緻密な描写力・構成力が、今後どのような描写を積み重ね、その果てにどのような展開が待つのか。彼らが示す自身のストーリーの帰結はどのような形であるのか。

本誌では2部に突入したというけれど、今後も目が離せない。

コミュニケーションと普通の人間について知りたい。それはそうと温帯低気圧は海上に逸れました。よかったですね。